自然
目覚めたのは森の中だった。
小鳥の囀りや、森のささやかなざわめきが来訪を歓迎しているようだった。
元配信者クラリ…石巻賢治は目を覚ます。
「あ、あれここは…?」
ダメージを減っている様子もステータスが下がっている様子もない。
どうやら森に寝転がっているようだ。
別のワールドに転移したのか。
「跳躍者」の効果は未だに不明。この場所がなんのかもわからなかった。
体を起こし手を見る。
墨のように黒い六本の腕は全て賢治の支配下にあった。
「は?え、なんで!?なんで腕が全部動かせるんだ!?」
ゲーム内では自身で操作できる腕は中央の二本のみだった。他の四本は自身でどのような行動をするのかを命令し、AIに任せることができた。
VRが異常に発達したからといって腕を六本動かした経験はないし、聞いたことすらない。腕が全て動かせるという違和感が突如、襲いかかってくる。
華奢な腕で遊んでいると、草むらから何かが飛び出して来た。
腕が上手く扱えず、魔法を発動する余力もない。ローブの邪神はそれを受け止めるしかなかった。
「クラリ様!大丈夫ですかー!!」
ドゴン!という音を立てて土埃が舞う。
ダメージは無いが、少し土に埋まった気さえする。
飛び出してきたのは人造機神。好々愛ラヴだった。
無表情でクールビューティな顔面パーツとは裏腹に活発な女子高生のような声だった。人の声に比べて若干不自然な声は、少し震えているように感じる。
「クラリ様が倒れてから二分と十二秒三十三!!ラヴは寂しかったぞー!」
ラヴは主人に馬乗りになりながら目を腕で隠し「おーいおいおい」と泣いているような仕草をする。彼女は機械なので涙も流れず、目からオイルが漏れることもない。
「ま、まてまて!なんでお前は喋れる?!お前はNPCじゃないのか!」
慌てて邪神は機神に返す。
腕を六本巧みに扱い全ての人差し指で彼女を指す。早くも二本腕マスターから六本腕マスターに昇格したらしい。
「私は喋れた!でも世界がそれを許さなかった!でも世界違う!私は自由!!」
ワーッハッハッハ!と手を腰に当てて、無い胸部を空に見せ笑う。
やはり表情は変わらずイラストをそのままはっつけたような顔をしている。
「まて?じゃあここは終焉の洞窟じゃ無いのか?そもそもゲームが違う?」
手を握ってみる。左腕から順番に一つづつ握ってみる。温度は感じないが、握っている感触は確かにある。
ラヴの腰をガシッと持ち上げ、右に置く。
置物のような扱いだったが、不快ではなかったらしい。
右の一番上の手の指を綺麗に閉じ、前に出す。
【召喚するは死と生の鎌/サモン・ゴットスメイル】
手の前に手のひらの倍ほどの虹色の魔法陣が展開され、魔法が発動する。目の前の草むらに畳三枚分ほどの新たな魔法陣が展開され、そこから鎌が出現した。
鎌は光を飲み込む漆黒のボディの上から光り輝く金色のツタのような装飾が眩しい。
通常の鎌と比べて異常に大きく、三メートルはあり、それが地面から三十センチくらい浮いている。
魔法の発動は可能だ。
だが、ゲームとは違い、召喚に成功した場合のウィンドウやアナウンスボイスもない。
その代わりなんとなく…本能でわかる。どんな魔法を使えるか、MPをどれだけ消費したか、一つ一つの効果でさえゲームの時では多すぎて覚えきれなかった魔法が全て理解できる。そこには謎の解放感があった。
いままで逃げてきた夏休みの宿題を全て完璧に終えたのかのような優越感もだ。
やはりここは現実世界なのか?と、右の一番上の腕を顎にあてる仕草をし思う。
さもありなん。とにかくどれだけゲームに、近いのかを確かめることにした。
宙に浮く鎌を見つめ、命令する。
「死の生の鎌よ!そこの木を伐採しろ」
鎌が「かしこまりました」と言わんばかりに会釈のような動作をした。
その後すぐに木の方へ向き、鎌が動いた。
閃光。
これほどの閃光をこれほどに豪華に使うのはこの世界でこの邪神だけだろう。
音はしなかった。切れなかったわけではない。その証拠として木が切れた。いや、森林が切れた。
邪神の前方に映る木という木は全て切り伏せられた。
木に止まっていたであろう鳥たちが一斉に飛び立つ。
「あ、あれ?お前ってそんな切れ味良かったっけ?え、あれ?」
鎌は何も言わずに宙に浮かぶのみ。
この鎌…「死と生の鎌」は、召喚できるモンスターの中では比較的上級にあてはまる。
だか、用途は中級だ。
この鎌を召喚できる頃には、敵はある程度の即死耐性を持っており、召喚できるレベルになるころには戦闘で活躍しない。その代わりに素早いことが災いして木を切る機械的な仕事が多く与えられ、ゲーム内では「木こり棒」の愛称で呼ばれていた。
ゲーム内なら、木を一本一本切るようにできていたはず。だが、今回は違う。扇状に緑が抉られている。
仕様が違うらしい。
原因を考えるよりも「とりあえず目立つのはいやだ。」と邪神は声を殺しながら思った。
五年間、Death Island以外でコミュニケーションを取ったことがなく、NPCと-返事は帰ってこないが-会話したり、流れるコメントにたまに返答するのみだった。
これで、もし自分と同等以上のプレイヤーが三人ほど集まれば詰みだ。
コミュニケーションが原因で相手の気分を害してしまったら、間違いなく死ぬだろう。
元々Death Islandはソロゲーム。
プレイヤーが満足するためか、PVPにあったら台パンを連続するような魔法やスキルが多数あり、いくら古参とはいえど、武技や魔法のゴリ押しだけで負ける可能性は高い。
「…突貫工事だか仕方ない」
手を出し、魔法陣を出現させ、念の為、補助魔法をかける。
「範囲最大化/ラージ・マジック」
「魔法確定化/ディフィニション・マジック」「魔法改変無効/モディフィケーション・マジック」
「魔法完全化/パーフェクト・マジック」
の四つだ。
補助魔法を発動するたび、魔法陣が大きくなる。初めは手のひらの倍ほどの大きさだった魔法陣が今では彼のニメートルの身体を超えている。
「時よ戻れ!【時間逆行/タイム・バック】」
魔法陣が大きく光だし魔法が発動する。
テレビの逆再生の様に倒れた木が切り株に向かって宙にうき戻っていく。
数秒後には鎌が閃光を放つ前に戻っていた。
「流石はクラリ様!お見事です!」
カンカンカンと、金属の手で拍手するラヴ。
音は結構軽い。エモートではパチパチ鳴っていたが、現実だと結構うるさい。
鎌は自身の失態を噛み締めるように花が萎れるように項垂れ、しょんぼりしている。
ラヴは鎌の手持ち部分を軽く、ポンポンと叩き、「お前も精進しな」と言わんばかりの沈黙。元々クールな表情なだけにちょっとだけウザい。
その様子を見て賢治は空を見る。
結局トップにはなれなかったな。と彼は思う。トップに近い実況者であったが、自分の実力と比べると若干劣っていた。
アイテムも最後に使用してしまったとはいえ、全回収してしまった。
この世界がDeath Islandではないのなら、自分はどのように、なにを目的に生きればいいのだろうか。
答えは今のところ出なかった。