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7 (お)歌詞を作りましょう(難易度:A) (上)


「おっはよー、夏凛。今朝はいつもより遅いけど、どったの? 寝坊でもした?」

「あ、来た来た、夏凛だ~。とりま、一昨日はありがとねー。夏凛のアドバイスどおり、ちゃんと謝って代わりのハーゲンダッツ用意したら、お姉ちゃんもなんとかデコピン一発で済ましてくれたからさー」

「ああ、おはよみんな。……うん? そっか、よかったね、ゆっこ」


 いつもより少しだけ遅く登校したあたしに、いつもどおり声を掛けてくるクラスメイトたち。なのにあたしはいつもと違ってかなりおざなりに応対すると、そのままぼんやりと自分の席に歩いていく。

 そんな、いつもとは全然違う委員長の様子に、クラスメイトたちはそれぞれ戸惑ってしまったようだった。


「えーと、あっれー? それだけ? いや、別にいいんだけどさー。もうちょっと構ってよー、夏凛ってばー」

「? ホント、どしたの? 今日の夏凛、ちょい変じゃない?」

「……この、心あらずな、様子。もしかして……『恋』?」


 ミクが出してきた単語に、クラス中が一斉に色めき立つ。自分の席に腰を落ち着けて、荷物の整理をしていたあたしの元に、有志(勇士?)たちが大挙して押し寄せてきた。


「ちょ、ちょっと待ってよ夏凛。ホント? ホントに恋しちゃってるの?」

「相手誰ー? 年上? 年下? まさか、大人の人じゃないよね?」

「ざわちん、それはさすがにないっしょ。……いや、夏凛ならそれもアリ、かも?」

「ナツキ、ちょい待ちちょい待ち。それがアリなら、相手を男に限定させる必要もないんじゃない?」

「うぁ、それは盲点すぎ。てか、それがアリなら、もしかしてこのクラスの誰かが相手ってことも……」


 ゴクリ、と唾を飲み込むナツキに呼応するように、周りのクラスメイト(おばかさん)たちも同じように息を呑んだ。……って、さすがにそれはないかなー。あとみんな、人のことをなんだと思ってるのかな?(怒)


「ちょっとー、みんな勝手なこと言い過ぎだってば。いいから、ひとまず静まれ、静まれー」


 さすがに目の前で大騒ぎされると、今のあたしも放置しきれない。みんなをいったん黙らせるために、わざと大きな声を上げてみる。


「この紋所が目に入らぬか……じゃなくって。とりあえず、あたしは恋してるわけじゃないから、勝手に相手を探したりしないでって。みんなのことは好きだけど、そういう意味じゃないから勝手に期待とかしないよーに。ナツキもざわちんもわかった?」


 確かに今のあたしは心を奪われてる状態かもだけど、対象は人じゃなくて曲なんだからそれは恋ではない、んじゃないかな。うん、似てはいるけど、恋、ではない、はず。……きっと。


「はーい、わかりましたー」

「りょーかーい、かりーん」

「んー、夏凛が恋してるわけじゃないってのは、それでいいんだけどさー。だったら、今日の夏凛が心あらずな感じなのは、どーゆーわけ?」


 ほとんどのクラスメイトはそれで納得してくれたけど、それで疑問が解消されたわけじゃないのだと、さらに追求してくるクラスメイトもいたりする。えぇい、ゆっこめ余計なことを。


「あー、それはねー……うーん、ちょっと説明しづらいなー」


 Wetubeで見つけた曲に歌詞をつけようと思って、ずっとそのことばかり考えてたから心あらずに見えたのだと。そう説明すればいいのだけど、なんとなく躊躇ってしまうあたしだった。そう、女心は複雑なのですよ。


「今、ちょっと手こずってることがあって、そっちに気を取られすぎてたって感じ……かな? それも別にトラブルとかってわけじゃないから、あんま気にしないで。うーん、そうだね……うまくいけたら、みんなにも報告、できると思うから、しばらくはスルーってことでよろです」


 説明になっているのかいないのか、我ながらよくわからないことだけ口にして、あたしはみんなに片手だけで拝み倒す。さりげなくウインクなんかもつけながら。

 するとそれでなんとか納得してくれたのか、ゆっこも仕方ないなーと言いたげな表情を見せてくれる。


「うーん、なんだかよくわかんないけど。ま、夏凛がそう言うならボクもそれでいいけどさー。でも、ホントに困ったことがあったら言ってよね。ボクじゃ頼りにならないと思うけど、それでもなにかできることあるかもだし」

「うん、ありがとねゆっこ。ホントになにかあったらちゃんと相談するから、そんときはよろしくねー」


 ゆっこのありがたい友情発言にあたしがお礼の言葉を返したことで、とりあえず話に一区切りという雰囲気になったのか。集まっていたクラスメイトたちが、それぞれに散らばっていく。

 とりあえず解放されたことにほっとしながら、あたしはうーんと背中をひと伸び。ひとまずはどうにかなったけど、現状が続いちゃうならまたなんかいろいろ構われそうだし。それがイヤなら早いところ解決しないとー、なんだけど。

 そのためには、授業はブッチして歌詞作りに全力出さないとだね。うーん、まぁ、二、三日ならなんとかなる……かなぁ?


 なんて、そんな不安を抱えながらも授業は始まってしまうわけで――


「この『下人の行方は、誰も知らない』という最後の一文は、芥川の作品の中でも一番有名な一文ですので、よかったら覚えておいてくださいね。さて、この『羅生門』以外に芥川作品で覚えていて欲しいのは、『藪の中』、『鼻』、『河童』。そして遺作とされる『或る阿呆の一生』でしょうか」


 教師のありがたい解説を聞き流しながら、あたしは空白のノートを見つめ続ける。本当ならそれぞれの科目用のノートがあるから、きっちり毎時間授業内容を書き写すようにしていたわけだけど。

 さすがに今の現状でそれは無理だから、こうして歌詞用のノートを新しく用意してみたはいいものの……結果は芳しくはない。三時間たっぷり使っているというのに、未だに一行もできていないのはどういうことなんだろうね。これにはあたしも、ちょっと焦ってきてしまう。


 ……まぁ、要は歌詞作りのセオリーをあたしが掴めてないってことなんだと思う。

 これがたとえば読書感想文なら、『こころ』だろうが『高瀬舟』だろうがお茶の子さいさいなんだけど。歌詞作りになると、また勝手が違ってきちゃうからさぁ、さすがのあたしもお手軽にぱぱーって仕上げちゃうのは正直無理っぽい。ホント、プロの作詞者ってどういう頭してるんだろうね。尊敬しちゃうよねー、マジで。


「これは余談になりますが、この芥川の早い死を悼んで彼の友人のとある作家が創設したのが芥川賞なんですね。では、そのとある作家が誰か知ってる人はいますか? ……結城さん、どうでしょう?」

「え? あー、はい。……確か、菊池寛だったと思います」

「はい、正解です。さすがですね、結城さん」


 褒められたのはうれしいけど、不意打ちはやめてほしいかなー、御堂ティーチャー。

 えっと、それでなんだっけ。確か、プロの作詞家スゴいって話だっけ。

 そう、だからスゴくないあたしがまずできることは、そのプロの歌詞をパク――もとい、参考にすることじゃないかな。うん、そうしよう。

 と、とりあえずの方針を決定したあたしは。ひとまず気に入ってる歌詞のフレーズを思い返してみた。


(I love you ××ぞ×の×××自由××× 息×止××××を 強制××)


 まず一番に浮かんできたのが、そのフレーズだけど。うーん、どうなんだろう、使えるかなぁこれ。さすがにまんまパクるのはなしにしても、ちょっと方向性が違うような気がするんだよね。

 静かで冷たくて重い曲なんだけど、歌詞までそっちにいっちゃうのってアリ寄りのなしかなぁって思っちゃうワケで。もう少しアゲ寄りな方向性がいいかなーってのがあたしの素の感覚だった。

 ただ、最初の『I love you」はまぁアリだと思う。ラブソングは定番中の定番だし、そういう方向性で攻めていくのは悪くないかと。


「うーん、ラブ、ラブ、ラブかぁ……」


 さっきのミクたちの発言の影響も受けてたりするかも、と思いながらラブソングっぽいフレーズを考えてみる。適当に思いついたフレーズをパパッとノートに書いてみた。


 oh,je t’aime.キミの瞳はまるで水晶のようだね どうかいつまでもボクのことを見つめて欲しい


「……って、なに書いてんのあたし。バッカじゃないの」


 自分で書いたフレーズを見返した瞬間、あたしは一瞬で正気に返ってしまう。

 いやホント、正直なし寄りのなしだってのこんな歌詞。どう考えても自分に酔いまくってるとしか思えない。今時ベタな少女マンガでもこんな恥ずかしいセリフありえないでしょ。書いた自分でさえ羞恥心で悶えそう。いや、今すぐ悶え死にたい。


 そんな衝動をかろうじて抑えながら、あたしは確かに自分が書いてしまったフレーズをマーカーでぐしゃぐしゃに塗り潰す。文字のカケラすら見えなくなるくらい、執拗に。こんなもの誰かに見られたら、黒歴史一直線になるに決まっているのだから。

 正直書いたことすら現実から消去したい気持ちで、歌詞以前の文字の残骸を見つめているあたしに、御堂先生がいつものおっとりした口調で再び話しかけてくる。


「じゃあ、この問題はそうね、結城さん答えてくれる?」


 だからどうして先生はあたしばっかり当ててくるワケ!? 愛? これも愛なの? だったら、あたしはそんな愛なんかいらないんですけどぉーーーーっっっ!!!

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