2 特別じゃない日常
「おっはよー、みんな元気!? 悪い子はいねぇかぁ?」
いつもと同じ朝。登校するなり、あたしはクラスのみんなにそう呼びかける。
すると、すぐそばの机で集まって話をしていた数人のクラスメイトが一斉に振り返り、笑顔を向けてきた。
「おはよー、夏凛。元気だよー」
「……うん。ミクも元気」
「ううっ、ボクは悪い子です。ごめんなさい、許してくださーい」
「なんだとぅ。悪い子はあたしが食っちまうぞ、ほらほら覚悟しろー」
「あ、夏凛。なまはげって別に人は食べないらしいよ。マンガで言ってた」
「え? うそ? マジで?」
横からの指摘に、あたしは思わずなまはげパフォーマンスを止めてしまう。
「うん、マジマジ。よくは覚えてないけど、神様? みたいなもんだから人に危害とかは加えないんだって。なんでかはわかんないけどね」
「えぇー、そうなんだー。ちょっとビックリだよそれ。あんな格好だから、てっきり悪い子を食べまくってると思ってたのに。なーんかがっかり?」
別に本気でそう思ってたわけではないけれど。あたしは話の流れ的にそんなことを言うだけ言うと、さっき悪い子だと自白してきたクラスメイトの方に顔を向けた。
「で、ゆっこ。悪い子らしいけど、いったいなにやったの? 今すぐ告白すれば罪は軽くなるかもだから、さっさと吐きなさーい」
「うぅ、ごめんなさい夏凛様。ボクはお風呂上がりに歯も磨いた後だというのに、ハーゲンダッツイチゴ味を食べてしまいました」
「な、なんですってー」
ショートカットがよく似合うバスケ部女子の告白に、あたしは大仰に叫んでみせた。
「それも半分で止められず、カップまるごとペロリといっちゃいました」
「……それは、ちょっとヤバすぎ」
「やっちゃったね、ゆっこ。もうブタになっちゃうしかないじゃん、そんなの」
「うう、体重計怖いよー。……でも、ね。もっとヤバいことがあるんだよね、実は」
ゆっこが震えながら、さらに罪を告白しようとしてくる。これ以上の罪があるのかと、あたしたちはゴクリとつばを飲み込んでクラスメイトの告白を待った。
「実は、ね。そのハーゲンダッツ。お姉ちゃんのだったんだ」
「いやぁぁーーーっっ!」
「……ダメ、それはダメ」
「マジでやっちゃったー! もう、どうして気づけなかったのかなー、ゆっこってば」
「うぅ、きっと魔がさしたんだよー。……神様仏様、夏凛様。こんなボクだけど、ちゃんと告白したんだから、きっと許されますよね?」
両手を祈る形に組み合わせて、ゆっこがあたしを見上げてくる。クラスメイトたちも真剣なまなざしで――一部はにやにや笑ってたりしながら――、あたしのことをじっと見つめてくる。
あたしは少しの間を置いて彼女たちを焦らしてから、おもむろに両手で×を作った。
「ギルティ。有罪に決まってまーす!」
「うわぁぁぁん、そんなぁぁぁぁ~~~~っっ!!」
有罪の宣告を受け、情けなく叫びながら机に突っ伏してしまうゆっこ。
だけど、同情はいけない。彼女が犯した罪はそれだけ重いものなのだから。
……というか、ぶっちゃけお風呂上がりのハーゲンダッツとか許せないよね。そこはせめてピノとか爽とかじゃないとダメだよね。え? そういう問題じゃない? まぁ、そうかもね……
「ごめんなさい、反省してます。もう二度としませんから。だから、どうすれば許してくれますか、かりんさまぁぁ」
「お風呂上がりのハーゲンダッツ。極めて重罪ですが、どうやら反省はしているようですね。いいでしょう、あたしが今から与える罰を受ければ、その罪許してさしあげます」
まるで神父様にでもなったように演技を楽しみながら、あたしはそうゆっこに告げる。それこそ託宣かなにかのように。
「ま、やっちゃったのはしょーがないからお姉ちゃんにはちゃんと謝ること。代わりのハーゲンダッツは忘れないようにね。
で、一番気になるのはカロリーだから、頑張って消費するために放課後カラオケで歌いまくろっか。二時間くらい歌い続けたら、ハーゲンダッツ1カップくらいのカロリーならなんとか消費できちゃうよね?」
可愛くウインクしながら、そう言ってあげる。
するとゆっこは感激したように目を潤ませながら、両手を突き上げて喜びを表現してきた。
「わーい、さっすが神様仏様夏凛様~♪ そんな罰ならボクも大歓迎だから、いっくらでも受けてあげちゃうよー。ありがとねー、愛してるよー夏凛♪」
「えー、夏凛とカラオケ? それって、わたしもいっしょでいいよね? わーい、これもゆっこのおかげだね。ゆっこGJ!」
「……ミクも行く。かりんのAimer、楽しみ」
「え? あたしにも歌わせるの? ゆっこに歌わせ続けないとダメなはずなんだけど……ま、いっか。とりあえずそういうことだから、放課後はみんな空けといてね~」
どうせカロリー消費なんてただの名目なんだから、別にいっかとあたしはミクのお願いを了承する。それから三人に手を振りながらその場を離れて、窓際の自分の席に向かった。
もちろん、その間も話しかけてくる他のクラスメイトたちとの挨拶は欠かさずに。
そうしてようやくたどり着いた自分の席に腰を落ち着けたところで、朝礼のチャイムが鳴り響く。
少し遅れて教室に姿を見せた担任教師に合わせて、教科書をバッグから机に移しながらあたしは朝の号令を掛けた。
それが高校生になってから一月と少し過ぎたあたしの――結城夏凛の、特別ではないただのありふれた日常の一コマだった。