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9 歌ってみる(本番)



「はい、一名で。うーん、とりあえず一、いや念のため、二時間でお願いします。あ、機種はなんでもOKでーす」

「はい、わかりました。一名、二時間ですね。……それでは、お部屋は17番になります」

「はーい、ありがとうございまーす」


 受付を済ませると、あたしは店員さんからマイク入りの籠を受け取って案内された部屋に向かう。

 さすがに土曜日のカラオケBOXは、まだ昼前だというのにほぼ満室と大盛況みたいだった。


「あー、でも、なんとか空いててよかったー。これで満室ですって追い返されてたら、なんのために来たのって感じだもんね」


 ちゃんと予約のTELくらいしておけって話だけど、まさか一晩で完成できるなんて思えなかったから全然しょーがない。なにも考えず突撃しちゃったのも、徹夜テンション(厳密には睡眠時間五時間)のせいにしておけばいいわけだし。

 なんにしても、無事部屋を確保できてよかったねってことで。後は、このテンションのまま突っ走れるかどうかだけど。


「ま、このあたしだからね。なんとかなるでしょ」


 根拠もないまま軽くすませた勢いのまま、あたしは17番のドアを開ける。普段使ってるパーティールームとは違って、部屋はそんなに広くない。ま、今日はあたしひとりだし、これからやることを考えたらむしろ狭い方がいいかもだから、これはアリ寄りのアリじゃないかな?

 なんてことをぼんやり考えながらディバッグをソファに放り投げると、あたしはひとまずメニューを確認する。それから壁のインターホンでジンジャエールを注文すると、マイクの電源を入れてちょっと発声練習をしてみたり。


「うん、悪くない悪くない。これならうまくできそう、かな?」


 喉の調子は確かめたから、後はスマホとノートの準備をしないと、だ。

 あたしはいそいそとバッグのチャックを開けると、中から歌詞ノートを取り出してできたてほやほやの歌詞が載っているページを開ける。それから録音アプリを立ち上げたスマホを、「うーん、この辺りかな?」と悩みながら、机の対角線の角っこに置いてみた。


「あー、あー、テスト中テスト中、ただいまマイクのテスト中~♪」


 最後にちょっと節をつけてみたりしながら、マイクの声出しをしてみる。でもって、スマホのところに戻って録音状態を確かめる。聞いてみたところ、どうやらちゃんと無事にできているみたい。スマホの位置も、とりあえずこんなところでよさそうだった。


 ――さて、これで準備は整ったから。後は、本番に移るだけだけど。


「…………うー、ん?」


 だけど、そこであたしはちょっと躊躇してしまう。なぜか一時停止ボタンが押されてしまったみたいに、身体がフリーズしてしまったのだ。……どうやら、このあたしとしたことが、緊張してしまっているらしい。


 で、でも、しょうがないよね。カラオケで歌うのはいつものことだし採点だって何回もしてきたけど。こうやって録音して、さらにはそれを世間様にさらそうとしているんだから。少しくらい緊張しちゃうのも、あたりまえの話に決まってるよね。うんそう、絶対にそう。だからあたしがこうなっちゃうのも普通に決まってる……はず。

 仕方なくこきこきと肩の骨を鳴らし、深く深呼吸して、リラックスを試みるあたし。


 最初はすぐに録音(収録?)(レコーディング)するつもりだったけど、ここは一曲適当な曲を入れて歌ってみて、緊張をほぐした方がいいかもしれない。

 そう思ったあたしはほったらかしだったデンモクを手に取り、適当な曲をリクエストする。通信と再生のための時間だけかけて、画面に曲のタイトルが表示されて音が流れ始めた――ところで、部屋のドアがノックとともに開いて店員さんが入ってくる。


「失礼します。ジンジャエール、お持ちしました。ご注文は以上で」

「あ、はい、よろしいです。それでオッケーです」


 あたふたと、敬語なのか自分でもよくわからない返事をしてしまうあたしに、店員さんは特になんの反応も見せずにグラスを机に置くだけおいて、そのまま部屋を出て行ってくれる。

 それを黙って見送ったあたしは、ひとりになったところでぷはあぁぁぁっとばかりに大きく息を吐いた。


 うんもう、ダメ。ダメというか、よかったーと言うしかないよね。

 ドリンク注文してるの、なに忘れてんのさあたしってば。もし、もしもだよ。ふつーにレコーディング始めてたら、その最中に店員さんいらっしゃいしてたの? オリジナル曲をアカペラで歌ってるところを目撃されるとか、なにそれ羞恥プレイ過ぎでしょ。あたしってばそんな特殊性癖とか持ってないノーマルですから、そんなことにならなくてホントよかったぁーーっっ。


 なんてほっと胸をなで下ろしたあたしは、ついでにジンジャエールをずずっと啜りこんで一息つく。気づけば曲はもう終盤に入ってたけど、もうどうでもいいや。だって緊張なんて、とっくにどこかに消えちゃってたんだから。

 なんだか冷静になってしまったあたしは、そこでようやく思い出してバッグの中から最後のアイテム――古いipodを取り出した。繋いだままだった有線のイヤホンを耳にはめ込んで、ipodの電源をオンにする。立ち上げたWetubeで呼び出すのは、当然『SIN/KAI』の画面だった。


 ちょうどカラオケの大画面では、他人(だれか)の曲が終わったところ。ここからはあたしの出番だ(イッツマイゴー)


 録音アプリを改めて起動させ、マイクを手に立ち上がったあたしはステージに立った気分で仁王立ち、ipodのWetubeの再生ボタンをポチッと押した。

 イヤホンから流れてくるもう身体に染みこんでしまったピアノのメロディラインに、自作の歌メロをかぶせてあたしはゆっくりと歌い始める――




「たっだいまー」

「あら、お帰り夏凛。どうしたの、なんだかすごくご機嫌だけど。なにかいいことあった?」

「んー、な・い・し・ょ。それよりお母さん、今日は晩ご飯あたしがひとりで作っちゃうからね」


 ちょうど玄関を掃除していたタイミングだったみたい。機嫌良く帰ってきたあたしを、玄関でお母さんが出迎えてくれる。なので、あたしは気分がいいままに任せて、そんな提案を口にしてみた。


「夏凛が? それはお母さんも助かっちゃうけど、大丈夫?」

「お母さんひっどー、そこは娘を信用して任せてくれないとー。ほら、今日は久しぶりにお父さんもいっしょに食べられるから、ちょっと娘の成長を見せてあげないと、ね?」

「はいはい、わかりました。それじゃ、夏凛にお願いするわね晩ご飯。楽しみにさせてもらうから、よろしく」

「はいはい、任されましたー。じゃ、大船に乗った気分で期待しててねー」


 無事交渉が成立したので、あたしは笑顔で我が家の台所奉行にそう告げると、ようやく靴を脱いで玄関から脱出した。

 そのまま二階に上がって、自分の部屋に戻る。背負ってたディバッグとカラオケの帰りに仕入れてきたコスメが入った買い物袋を床に置いて、ようやく身軽になった肩をぐりんぐりんと回してみたり。


「さて、と。んー、アレをアップしてみる前に、とりま勉強の遅れ取り戻さないとかなぁ」


 幸い一日でできあがってくれたからそこまで影響はないと思うけど、それでも授業はまったく聞いていなかったわけだから、せめてその分の復習くらいはしておいた方がいいんじゃないだろうか。

 そう思ったあたしはスマホのアラームをセットしてから、勉強机の上の書棚から教科書を一式取り出し、昨日の分の復習を開始する。


 ――集中できたこともあって、アラームが鳴るまでの二時間で一通りの復習は終わらせることができた。うん、さすがは夏凛ちゃんと、自画自賛してからアラームを止めて教科書を元に戻す。


 そうしてあたしは一階に降りると、お母さんに宣言したように晩ご飯を作り始めた。

 メニューは、と。どうやら今日は竜田揚げの予定だったらしい。テーブルの上には、すでに材料が綺麗に並べられている。適当な大きさに切られた鶏肉も醤油とみりんにの混合液に浸けられていて、しっかり準備万端だった。

 あたしは腕まくりをしてからきちんと手を洗うと、まずは炊飯器のスイッチを入れる。それからタッパーの中の黒い液体だけを流しに捨てると、タッパーに残った鶏肉を片栗粉と混ぜ合わせて種を作っておいた。

 油を温めている間に手早く野菜を洗って、切って、小松菜はお鍋でゆがく。ナスは手間を掛けたくないから、適当にレンジで温めるだけでいいや。チンし終わったナスは、そのまま桶で水の中に浸けたままにしておく。まな板の上に置いちゃったら、ナスの色がまな板に移って大変だからね。


 そうこうしている間にアラームが鳴って、油の準備が整ったことを知らせてくれた。あたしは適当に鼻歌を鳴らしながら、種肉を適当に油の中に放り込んでいく。


「あら、夏凛。その鼻歌聞いたことない曲だけど、新しい曲仕入れたの? なんて曲?」

「んー、新曲は新曲だけど。お母さんにはないしょってことで」


 鼻歌にツッコんでくるお母さんを、あたしは適当にあしらっておく。だって、普通に誰かの持ち歌ならともかく、他人の曲にあたしが勝手に作ってみた歌だなんて言えるわけないもんね。うんうん。


「えー、お母さんが聞いてみたのに教えてくれないなんて、夏凛も冷たい子になっちゃったのねぇ。あーあ、昔はなんでも教えてくれる素直ないい子だったのに、いつからこんな意地悪な子になっちゃったのかしらねぇ。お父さんは、心当たりなぁい?」

「さぁ、どうだろうね。お母さんにないなら、僕にはちょっと思い当たらないないかなぁ」


 するとお母さんはわざとらしくふてくされると、隣に座ってくつろいだ様子のお父さんに甘えた声を掛けている。えぇと、両親の仲がいいのは娘としてもありがたいわけだけど、目の前でいちゃつくのはヤメてもらえないかなぁ……?


 なんて、そんな風に親子の交流をかわしながらあたしは料理を完成させる。ひとりでの料理はちょっと久しぶりだったけど、我ながらうまくできたと自画自賛。実際、お母さんもお父さんもちゃんと美味しいって言ってくれたから、普通に成功と言っていいでしょう。ぶい。

 そうして、後片付けだけお母さんとお父さんにお願いすると、あたしはすぐさま自分の部屋に引っ込んだ。

 もちろん、頑張って作り上げた作品を発表するために。


 ――なんて、意気込んでみたあたしだったけど。あたしの歌と始音の曲をうまく合成させてひとつのファイルに落とし込む作業に思いのほか手こずったせいで、whispersのあたしのアカウントにちゃんと投稿できたのは、結局翌日の日曜日になってからだった。

 なんだか最後にしまらないことになっちゃったけど、無事作業を完成させられたあたしは、そのことをクラスのグループRINEにも報告しておいた。

 さて、どうなっちゃうことか。月曜日のみんなの反応を楽しみにしながら、あたしは数日ぶりに安らかな眠りについたのだった。


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