1 特別になれなかったあたし――結城夏凛
自分は特別な人間なんだと、幼い頃はなんの疑いもなく信じていた。
だって、しょうがない。物心ついた時にはもう、あたしはなんでもできてしまう天才だったから。
小学校に上がってからだって、勉強も運動もずっとクラスで一番だったわけだし、顔やスタイルやファッションセンスも誰かに負けることはなかった。六年間ずっと委員長をやって、最後には児童会長なんてトップに上り詰めるくらいみんなの憧れの的だったわけだから、そう思うようになったのも当然の話だよね。
家だって遊びに来たみんながスゴいを連発するくらい大きくて、たぶんあたしの学年どころか他の学年の子たちを含めても一番立派な家だったんじゃないかな。
ママ――お母さんだって若くて綺麗で優しくて、参観日なんてお母さんを見によそのクラスの子もわざわざ顔を見せるくらいだったし。パパ――お父さんは、最近おなかが出てきちゃった? けど、昔は背も高くかっこよくて仕事もバリバリできちゃう自慢のパパだったんだから。
まさに藤原道長ばりにあたしはきっと欠けない望月なんだと、そう思い込んじゃってたわけ。
そんなわけで調子に乗ったあたしは、公立じゃなく私立の――それも一番レベルの高い中学校である白羚女学園に進むことを選んだ。……選んでしまった。
お嬢様学校らしい秀麗なデザインの立派な制服に身を包み、入学式に臨んだあたしは間違いなく有頂天だった。環境は変わってもあたしは特別な一番なんだと、信じて疑わなかったから。
でも、それがただの思い上がりなんだと、すぐに思い知らされることになる。
最初におかしいと思ったのは、入学式で新入生挨拶を他の子が任されたこと(そもそも式の前に打診が来なかったことから気づくべきだったけど、当時のあたしはそんなものがあることさえ知らなかったのだ)。
次の機会は新入生テストで学年二位になったこと。当然一位になれると思っていたあたしは、スゴいショックを受けたことを覚えている。そして、そこでようやくはじめて認識できたのだ。
本物の特別な一番である彼女――沓掛紫苑のことを。
彼女は本当に綺麗で特別な女の子だった。
腰まで届く長い黒髪はまさにお姫様みたいで、時折手櫛で髪を梳いてるときなんてみんながうっとりと眺めていたくらいモノが違った。切れ長の瞳にすっと通った鼻筋、形よく小ぶりな唇の揃った顔もまさに眉目秀麗、芸術品と言っていいくらいだった。
けれど、なによりも違ったのはその所作。
お嬢様学校だったから他のみんなもいちいち所作が綺麗だったけど、沓掛さんはその中でも水際立っていた。ひとつひとつの動作が優雅で気品があり、本物のお嬢様の格の違いをまざまざと見せつけられる。そんな毎日だった。
そんな彼女が新入生挨拶を任されるくらい成績もずば抜けているのって、反則にも程があるんじゃないの? そんな文句を言いたくなることも何度かあった。
勉強に比べると運動の方はそうでもないことなんて、あたしには救いにもならない。本格的にスポーツをやってるならともかく、そうじゃないのなら中学生のあたしたちに運動能力なんてお飾りに過ぎないのだから。
そんな彼女に勝つために、せめて弱点のひとつでも見つからないかと。こっそり観察をしてみたあたしだったけど、結果は沓掛さんの完璧さを思い知らされるだけだった。
あたしみたいに思い上がって、特別さを鼻に掛けて驕りたかぶってくれればよかったのに、彼女は人格面でも優等生だったのだ。
常に控えめで自分からしゃしゃり出てくることもなく、他人の悪口なんて一度も聞いたことがない。口数こそ少ないけれど、だからこそ彼女が一度口を開けば周りはうっとりとその美声に聞き惚れてしまうありさま(あたしだってそのひとりになってしまうほどだ)。
自分から積極的に動くことはなかったから友人はできなかったようだけど、むしろそれが孤高でかっこいいと評価は逆に上がる始末。
そんなこんなで夏休みに入る前には、沓掛紫苑の地位は不動のものになっていたのだ。
そして――その頃にはあたしも自覚していた。自覚することしかできなかった。
本当に特別なのは沓掛さんみたいな子で、あたしは全然特別な子じゃないんだと。
現実の残酷さに打ちのめされたあたしは、そこで生き方の修正を行った。本物になれないなら、せめて偽物であることを頑張ってみようと。
具体的には、クラスのムードメーカーになることを心がけた。いつも笑顔でいるようにして、できるだけクラスのひとりひとりに話しかける。誰かが困っていたらすぐに手を差し伸べて、トラブルが起こらないようにすることを。
結果は上々だった。
クラスだけじゃなく、一年生全体でも特別なのは相変わらず沓掛さんだったけど。それでもクラスで一番頼りにされる存在は、あたしになったのだから。
だからこそ、それが特別になれなかったあたしの――結城夏凛の処世術であり、生き方になったのだ。
そんなあたしのやり方でも、沓掛さんの態度が変わることはなかったのが残念ではあったけれど。それでもクラスメイトたちとの毎日のやりとりがあたしの空っぽを埋めてくれたから、それ以上彼女に踏み込むことはしなかった。
そして、あたしのその在り方は二年に上がって沓掛さんが突然転校していなくなっても変わらないまま、中学の三年間を過ごすことになる。
その期間が楽しくなかったわけじゃない。優しいクラスメイトたちと過ごす穏やかな日々は退屈ではあったけれど、それでも充実していたと言っても嘘じゃない……はず。
ただ、結局特別じゃなかったあたしが居続けてもいい場所だとも思えなかったから。残念がるクラスメイトたちに惜しまれながらも、あたしは高校は普通の公立に――鳩ヶ谷女子高に――進むことを選んだのだった。
そうして始まった高校生活はとても普通で、なにも特別なことは起こらないまま日々が過ぎていくのだろうと。
結城夏凛は信じて疑うことはなかったのだった――