6話 ギャップ
星野歩夢と名乗る美少女が僕の目の前にいる。
隣の席に座っていたにもかかわらず、態々席を立って僕の目の前までやってくるという律義さに、僕はやや重心を後方に傾けた。だって、ちょっと圧があるんだもん。僕はパーソナルスペースは広い方だし。
コミュ障の僕に話しかけてくれた彼女は、校則が緩めなこの学校においていっそ清々しいほど身だしなみを整えている美少女だった。
清楚という言葉の化身とも言えるほどに整った姿には、いっそ芸術作品かと錯覚するくらいのバランスがそこにはあった。
別に、身だしなみを整えている人が美しくないとかそういうことを言っているわけではなくて、こういう高校の制服っていうのは、校則に則った着方をしている人をあまり見ないもので。
女子というのは如何にして自分を可愛く、また美しく見せるかということに常に気を配っている生き物だ。校則ギリギリまでスカートは短くするし、髪だってできれば染めたい。化粧は当然。JKというのはそんな生き物なのだというイメージが僕にはある。
そして、我ら男子高校生はそう言った女子にそそられてしまう生き物だ。短くなったスカート着崩した制服。実にエロティックである。文化祭の準備中、長い髪が邪魔だと結ぶ姿、夏場、気温が熱いと首元を扇ぐ姿。完璧である。
そういう、いつもとは違う。どこか背徳感のあるシチュエーションに男はグッとくるわけだが、彼女の姿にそういった要素は一切ない。
まあ、前世の価値観を基準に考えると短い部類に入るのかもしれないがそれにしても校則通りの長さをしたスカートに、黒髪ロングの大和撫子。
僕?僕はスカートは伸ばしていますよ。ええ。家で一度短くしてみたけれど、通気性抜群だったのが違和感まみれだったし。
履いてなくないですか!?と言いたくなるほどには履いている感覚が無かったので、短くするにはまだ時間が掛かる。
閑話休題。
前世において、女子高は男子校と同じくらいには混沌とした世界だったと聞く。実際、この世界の女子高はそんな感じなのだろう。しかし、共学ともなると話は別だ。だって、少ないとは言え男がいる。
彼に嫌われると言うことは青春を棒に振ると言う行為そのもの。だから、意外と貞淑さはある。
でも、星野さんはそれにしたって清楚だ。もうあからさまに清楚だ。
そんなことを考えていたけれど、そう言えば星野さんから自己紹介をされたのだったと思い至り、僕も自己紹介をしなければと慌てる。
「僕は矢吹時雨。これからよろしくね」
「うん。よろしく。仲良くしようね?」
そう言って微笑みかけてくれる星野さん。惚れそう。
この世界の男性は女性に話し掛けられるという事象そのものに警戒を抱いている人がほとんどらしいが、僕はなんて言ったってスーパー転生者である。チョロさはお墨付きだ。
お互いに自己紹介を済ませた後は、星野さんが僕に話しかけてきた当初の目的へと移る。百橋君のことだ。
「彼のことが気になるの?」
彼女はそう言って、百橋君の方へと視線を逸らす。しかし、本人に悟られないギリギリのラインを見極めてコッソリとだ。まるで探偵か何かかと疑うほどには恐ろしく速い視線誘導だった。僕じゃなきゃ見逃してるね。
百橋君は僕たちの視線にも気づかないようで、未だにスマホに目を落としている。うん。明日にでも僕が男だってカミングアウトしよう。そうしよう。なんか見ていて辛いよ。
「まあ、気になると言えば気になるかな……?」
彼のことが気になるかどうか。その質問に対して僕は気になるとしか答えようがなかった。
数少ない同性である彼のことが気にならないことなどないのだ。
「そうだよね。女の子なら彼のことは気になるよね」
あ、そうだった。今の僕は女装してるんだった。
そんな僕が彼のことが気になるなんて言ったら、そう言う方向で解釈されるのは必然だった。
僕の台詞に面白そうに反応する星野さんを見て、僕は言葉を間違えたと思った。でも、ここからどう言い訳を連ねても多分挽回は不可能だなと思い至る。
まあ、ここまで来たら開き直っても大した問題ではないだろう。
「そうだね。そもそも男の子自体珍しいから、ちょっと視線が誘導されてたのかも」
これは嘘ではない。そもそも、男子の数が少ないこの学校で同性だろうが異性だろうが関係なく男子生徒には目が行くものなのだ。
僕のその言葉に、納得したのかしていないのか、星野さんはふむふむと呟いている。
「なるほど。気持ちは凄く分かるよ。男子って珍しいもんね」
僕はそれに対して頷きで答える。
そして、星野さんは珍しいと言えばと話題を変えた。
「そう言えばさ、この学年には16人の男の子が在籍してるって知ってる?」
「うん。知ってるよ」
「でもね、どうやらどれだけ探しても男の子は15人しかいないんだって!」
少し楽しそうに星野さんは言う。
まあ、そう言うこともあるだろう。例え入学式という晴れ舞台でも運悪く学校に来られなくなってしまった人だっているはずだ。
僕はそう思って、星野さんに考えたことをそのまま伝えた。
「へー。入学初日だけど、体調崩しちゃった人がいるのかな?」
「ううん、違うの。今日この学年で欠席した人は1人。でも、彼女は女の子だって裏付けが取れてる」
「裏付けって……。どこから?」
「中学からの友達が同じ学校にいたんだって」
なるほど。それなら確かに裏付けは取れているか。
そうなると、本当に男性がひとり足りていないという状況にあるのか。まあ、数え間違いとかそう言うミスがあったのかもしれない。
……あれ?ちょっと待てよ?
僕が何か大切なことを見失っているような可能性に気づきそうになったその時、星野さんは続けて口を開いた。
「つまり、この学年には幻の16人目が潜んでいる!」
都市伝説か何かか?
と僕は思ったが、うん。多分だけど、その幻の16人目って僕だな。
そっかー……僕って入学初日から学校の七不思議的な存在になっちゃったか。そうだよね、だって僕は女装姿をしているとはいえ、書類上は男だし。
学校側が協力してくれるとはいえ、根本的な性別を改ざんするような事はしていないだろうし。
というかさ、思ったんだけどさ。
「……その情報はどこから?」
「え?私たち女は男の子のことを最大限調べておかないと、何か粗相をしちゃうかもしれないでしょ?だから、可能な限りの伝手を使って調べられる限り調べてるの。幻の16人目の男の子はもうクラスで話題になってるよ?」
さも当然のように言う星野さんに、僕はギャップを覚えずにはいられなかった。
そもそも、そこまでして情報収集しようなんていう発想が僕たち男にはない。性別間でのギャップをこれでもかと体感した出来事だった。
あと、星野さんの口調から察するにクラスの女子はほとんどがそう言った情報収集を当たり前のようにこなしているらしい。人の口には戸が立てられぬというけれど、入学初日でこれほどまでの情報拡散能力は舌を巻くよ。
加えて、第一印象は清楚だと思ってた星野さんだけど、結構愉快な性格をしているらしい。幻の16人目についてウキウキで話す姿には癒されたけど、割と俗っぽい一面もあるんだね。
「幻の16人目か……。それって確かな情報なの?」
僕がそう問うてみれば、星野さんは僅かに表情を固くした。
「うん。その可能性も十分あるし、私たちが男性に飢えた結果見た集団幻覚っていう説も出てるくらいだけど」
なんだその……何?
集団幻覚が可能性として挙がるような世界なのそっちって。僕は深淵に足を踏み入れたのかもしれない。
「あー……。多分それは無いんじゃないかな。非科学的だし、火のない所に煙は立たぬって言うしね」
そもそも、貴方の目の前に幻の16人目は絶賛存在中だから、幻でも何でもないんだけどね。ただ女装しているってだけで。
なんというか、女装して初めて女の子と接してみると意外と世界が違うんだなってことが浮き彫りになってきた。男女比が狂っている世界だし、僕も転生者っていう極めてイレギュラーな存在だから覚悟はしていたけど、ここまで常識が乖離しているとは思わなかったな。
でも、話していてかなり楽しいし、今後の学校生活に希望が見えてきた気がする。
少なくとも、青春ごっことをして現実逃避に逃げる必要はなさそうだ。