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5話 高校入学

 前世ではそれなりに人生経験を積んできた僕だが、それはそれとして新生活の始まりは緊張と共にある。僕の心臓はまるで豆腐の如き柔らかさを誇っているから、高校の入学式というだけでも緊張してしまうのだ。


 こういった場で行われる呼名だけでもソワソワしてしまうのが僕である。


 この気持ちを分かってくれる人はそれなりにいるのではないだろうか。失敗を過度に恐れるのは良くないことだけど、それはそれとして最悪の可能性が常に頭の片隅にチラついて落ち着けない。難儀な性格である。


 え?女装姿で入学式に出席しているのは何の感情も湧かないのかって?


 いや平気ですよ。だって学校側に許可も取れたし、今の僕はどこからどう見ても女子だしさ。まあ、容姿端麗ではあるけど、僕のことを男だと思っている人はいないのではないだろうか。


 僕の両隣りに座る女子生徒から視線を感じることもないし、擬態は成功しているとみて良いだろう。まあ、実の息子が女装姿で入学式に出席しているという特殊な状態に陥ってしまっている両親には若干罪悪感があるけど。


 まあでも、父さんも母さんも女装姿は名案だと言っていたし、何なら僕よりも積極的だったような気がする。


 春とは言え、未だ若干の肌寒さを感じる今日この頃。だだっ広い体育館では空気の通り道ができやすく、冷たい風が偶に僕の肌を撫でる。


 そうして、知らない人の興味のない話を聞き流し、長くも短いような入学式は幕を閉じだ。ちなみに、呼名に関してはしっかりと対応できたと思う。








 入学式を終えて、各自教室に戻ってきた。後は各クラス軽くホームルームがあり、それが終われば下校となるはずだ。

 このクラスは40名。その内、男子は僕を除いて一人しかいない。男女比1:10の世界だから、順当に行けばクラスに4人は男子がいてもおかしくないと思うだろう。


 でも、男子が態々共学の私立高校に入学するというのは、この世界では珍しい。大半の男子は男子校に進むのがこの世界で一般的な認識だからだ。


 将来の夢に向けてこの学校でしか学べない科目を学びたいのだとか、そういった熱量があれば共学に入学する人もいるだろうけど、大抵は男子校に進む。


 このクラスには僕を入れて2人も男子生徒がいるのはちょっと珍しいくらいなのだ。まあ、今の僕を男子生徒とカウントするかどうかは、見る人によるだろうけどね。


 そして、クラスメイト達の会話を聞く感じこの学年には16名の男子生徒が存在しているらしい。この学年は一クラス40名で、AからHクラスまでの8クラス。計320名が一年生として在籍している。

 割合として換算するならこの学年において男は5%。これを多いと取るか少ないと取るかは、人によってまちまちだろう。


 出席番号順に並べられた座席で、僕は一人ボーッとしていた。僕の苗字は矢吹。あいうえお順だとや行であるため、座席は窓際の前方になる。

 学生はやはり後ろの席が良いとかそう言う話で盛り上がるものだけど、僕の場合は良いのか悪いのか微妙な席だ。教壇から見れば右斜め前になるのだろう。


 昨今はSNSの普及もあって、意外と後ろの席は教師からすれば見やすい場所だと言われてきたりしている。逆に、一番右と左の列の一番前の席が視界に入りづらいとか。


 まあ、そう言うことを言っているんじゃないんだけどね。本当に先生から見えやすいかどうかではなく、見られている感覚が無いかどうか。重要なのはこれなのだ。


 例え、前の方が先生からしたら意識から外れる場所だとしてもやはり一番前で何かしていれば目立つだろうし、何より先生との身体的距離が近いというのは幾分かプレッシャーが発生する。


 慣れればそんなことは無いだろうけど。でも、一番前の席にも利点はある。それは授業中に指名されたときに声が届きやすいというものだ。

 先生との距離が近いことで、相手が聞こえなくて聞き返してくるなんてこともあまりないし、例え指名された問題が分からなかったりしても先生側から手助けをしやすい。


 前の席にも前の席なりのメリットが存在しているのだよ。これをメリットと捉えるかどうかは人それぞれだし、やっぱりデメリットと比べれば微々たるものと感じるかもしれない。


 大事なのは、座席の位置ではなく周りに座っているクラスメイトという人もいるだろう。仲の良い人が周りにいるのか、苦手だと感じる人が隣にいるのかでは過ごしやすさは変わってくる。


 さて、僕は一体何を考えているのだろうか。座席の話なんてぶっちゃけ今はどうでもいいのだ。だって友達いないし。


 今はただ、窓から流れてくる春風に男としてはやや伸びた髪を撫でられるこの感覚に青春を見出している。


 靡くカーテン。どこまでも透き通る青い空。そして頬杖を突きながら一人空を見上げる僕。凄く青春っぽい。


 誰だ今現実逃避とか言った奴出て来い。初対面の人に話し掛けられないから誤魔化してるだけだろって思った奴出て来いよ。そうだよ。僕は初対面の人に話し掛けられるような勇気も、初対面の人に話しかける勇気も持ち合わせていないんだよ。


 そんなものあったらとっくにハーレムしてるわバカタレが。


 さて、入学初日で周りの人たちはクラスラインを交換しているというのにどうやってあの輪の中に入って行ったらいいのか分からない僕にできることは同じクラスにいる同性相手を分析することのみ。


 彼の名は百橋司(ももはしつかさ)。僕を除いたこのクラス唯一の男子生徒であり、女子たちからしたら貴重な男性枠だろう。身長は僕よりも低い所を見るに165cm前後、やはりこの世界の男性は身長が低めだ。とは言え、まだこれから伸びる可能性も十分に秘めている。


 顔つきは切れ長の目とシュッとした顎からかなりイケメン寄りの子だ。第一印象はクール系で、仲良くできそうかは知らない。彼がオタク趣味に精通しているのだったら僕は一瞬で彼に擦り寄るだろう。


 彼はどこか憂鬱そうな表情でスマホに視線を落としている。なんでこの学校に来たのかは分からないが、同性が一人もいないことに気分が下がっているんだろうか。ごめん。いるんだよね、同性。


 いつかは彼に僕が男であることをカミングアウトしても良いかもしれない。同じ男性としてこの圧倒的アウェーの居心地の悪さは知っているつもりだ。


 女装をしているとはいえ同性がいることが知れれば多少は心の持ちようも変わってくるものだろう。


 そんなことを考えていると、不意に僕の右耳辺りから可憐なボイスが吐息と共に襲い掛かってきた。


「彼が気になるの?」

「……!?」


 吃驚した。唐突なASMRに襲われ、僕は声こそ出さなかったものの肩を思い切り振るわせてその身で驚きを表現してしまった。

 生まれてこの方、女子の声を耳元で聞く機会なんて無かったからすごくびっくりした。本人にその気は無いのだろうし、耳元と言ってもちょっと近くで話し掛けられた程度だ。


 前世を基準にするならばちょっと近いかなくらいの距離感。でもさ、僕はこの世界でこの距離感で異性に話し掛けられたことが無かったんだよ。もうこれはASMRだよASMR。


「……えっと、ごめんね?びっくりさせちゃって」

「あ、ああいや……。大丈夫っす……」


 ここで僕のパッシブスキル、人見知りが発動する。クラスメイト相手でも初対面だと敬語を使ってしまうという友達を作る上ではデバフにしかならないことをしてしまう。


「えっと、なんの用ですか……?」

「敬語なんて使わなくていいよ。同い年でしょ?」

「ごめんなさい。つい癖で……」

「なら今から敬語は無しにしよう。それでいいでしょ?」


 なんだこの人は、女神か?


 美少女だし強ち間違っては無いな。

 この世界の女性たちはみんな見目麗しい。そうやって進化してきたのだと偉い人は言うし、何なら前世以上に美容に手を抜かないのがこの世界の女性たちだ。


 そんな彼女らの中でも、今僕に話しかけてきた人は群を抜いて容姿端麗だと感じる。

 

 突然話しかけてきた彼女は、僕に向かって自己紹介をし始める。


「突然ごめんね。私は星野。星野歩夢(ほしのあゆむ)。これから仲良くしてくれると嬉しいな」


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