4話 実験は成功だ!
さて、外出をしても僕のことを男だと認識した人は恐らくいなかった。彩夢も周りに気を配って、挙動不審な人が居ればすぐに察知できるようにしていたらしいが、そんな人はいなかったようなので多分大丈夫だろう。
「どうだった?」
「息苦しかった」
帰宅早々、父さんから感想を求められたのでそう答える。女性たちから距離を置かれることがなくなって、いつもよりかなり人口密度が上がったような感覚があるとね。
そう言えば、父さんは「あー……」と歯切れの悪い反応を示した。大方、普段より生活しやすかったという答えが来ると思っていたのだろう。
「一長一短って感じだけど、僕としては結構良いと思ったよ」
そもそも、こんなちっぽけなデメリットを気にするようでは女装など向いていないと思う。男性として性的に狙われる生活が嫌だからという目的ならこれ以上ないくらいには効果が見込めると思う。
僕としては、自分から女装しておいてもうちょっと僕に目を向けてくれても良いんじゃないかななんて無茶苦茶に面倒なメンヘラ思考になったりならなかったり。
だって、今まであれだけ僕に惚れているような視線を向けてきたくせに、いざ僕が女装したら見向きもしないなんてちょっと納得がいかないよね。見た目で心変わりするような、所詮その程度の気持ちだったんだ。へー。
いや、至極理不尽な考えであることは理解している。でもさあ、あれだけ僕の自己肯定感と優越感を増長させてきた君たちが、見た目の変化程度で僕を視界から外すのはちょっと頂けないよね。
「あら、時雨ちゃん。なんか納得してない感じかしら?」
やべ。母君にバレる。
しかし、上手い反論も思いつかなかったのでその場しのぎの生返事程度しか返すことができない。
「お兄、結構溶け込んでたよ。まあ、ちょっと目立ってたけどさ」
「え、目立ってた?」
「うん。だって、お兄ビジュが良いから。まあ、その点は私もそうだけどね」
まるで自分の容姿に疑いを持っていない生意気な妹は、更に付け加えて言う。なんだお前調子に乗るなよ。まあビジュアルはいいけどさ。
「あとお兄は、仕草の端々から男らしさが溢れちゃってるね。私たちは例え同性相手でも、ちょっとでもかっこいいかもなんて思ったらすぐ惚れるから気を付けた方が良いよ」
なんだその脅し文句は。まるで脅せてないぞ。
一般的な男性相手なら、それが脅し文句になるのかもしれない。ちょっとでもその気を見せれば女性から狙われるぞって。でも、僕は転生者である。ちょっと周りからの視線に疲れたから女装を決意したが、女性が好きという価値観は持ち合わせたままだ。
確かに、大勢から視線を向けられるのが怖いという理由で女装を始めた。でもモテたくないわけではないのだ。人間とは矛盾を抱えて生きる生き物。
僕は『女性にモテたい』と『目立ちたくない』両方の性質を併せ持つ♧
こんなめんどくさい考えを拗らせた結果、女装をしようという結論に至ったんですけどね。
ただまあ、男らしさが行動の端々に漏れ出ているか。ちょっとでもかっこいいかもしれないと思ったら、すぐに惚れる……。なるほど。
「つまり彩夢は僕のことをかっこいいと思っている……?」
「黙れ」
え。
思った以上の暴言が飛んできたんだけど。流石にこれはデッドボールっすよね。ペナルティは……?
僕はあまりの威力を孕んだ言葉の刃物によって、四つん這いになって項垂れる。
「身内に欲情するわけないでしょ……」
という、正論も添えられた。
そりゃそうか。でもまあ、僕に対してじゃなくても狙った獲物は逃さないという猛獣のような性質は、母君からしっかりと受け継いでいると思う。なにせ、大学在学中に父君を食ったのが我が母君である。
そんな因子を色濃く受け継いでいるのが彩夢だし、まあ狙った獲物は絶対に逃さないんだろうなと僕は確信している。将来の旦那さんには今のうちに合掌しておこう。
ちょっと待てよ?
「……別に欲情云々の話はしてないんだけどね?」
彩夢の中で、かっこいい=欲情という方程式が彩夢の中で成立していることが分かってしまった。別に、恋愛感情とか抜きにしてかっこいいなと思うことはあるでしょ。
なんと言うことだ、やっぱりむっつりスケベじゃないか!
そんな僕の言葉に、彩夢は徐々に顔を赤くしていく。
「あらあら。彩夢ちゃんも女の子なのね~」
そんな彩夢の様子に、典型的なあらあら系お母さんはほんわかした雰囲気のまま中々爆弾発言を残した。身内にむっつりスケベだとバレるのは、思春期の女子としてかなり恥ずかしい問題だと僕でも分かるんですけどね……。
「有栖も人のこと言えないだろ……」
という、父さんから母さんに対するカウンターパンチが炸裂して、この場は引き分けとなった。なんだかんだで有耶無耶となり、結果としてダメージを受けたのは母さんだったというオチである。
☆
さて、これにより僕が女装をすれば安全に生きることができるようになったという証明は完了した。
街にいる人々は僕のことを女性だと認識し、男性として生きてきた経験を持つ僕の所感と街の人たちをくまなく観察していた彩夢の所感を照らし合わせた結果、やはり実験は成功したとみて良いだろう。
ここに、仮説は立証された。
まあ周りからの視線が大幅に減少したのは事実だし、実際街では体感する人口密度の変化に戸惑うばかりだったが、今思い返せばそれ以外に問題点が無かったことが分かる。
誰からから好奇の視線を向けられないというのは、僕が思った以上に過ごしやすくなるらしい。なんというか、解放感がある。まあ、体感する人口密度という新たな敵対者が僕の前に立ちはだかってきたんだけどね。
……あれ?これって女装をしても精神的負担は結局プラスマイナスゼロなのでは……?
やめよう。変なことは考えないことにしよう。人間とは自分に都合が良い事実しか見ないのだ。そう言う生き物なのだ。
でも実際、この感覚は前世では当たり前のように感じてきたものだ。慣れるのにも時間はかからないだろう。そう考えると、女装をするという知的好奇心を満たせて、QOLも上がるという結果だけが残る。
うん。みんなも女装しよう!
閑話休題。
本題に移ろう。僕はこの春から晴れて高校生としての生を謳歌する手はずになっている。
偏差値は五十五くらいのごく普通の私立高校である。男性が二人も存在する我が家の経済的事情は政府という依木によってかなりのアドバンテージを得ているのだ。
僕が通うのは男女共学の私立高校。親戚など、周りの人たちからは男子校を推薦されたし、僕自身周りからの目を気にするのなら男子校に行くのが手っ取り早いのではないかと考えたこともある。
でもね、こんな世界に転生してまで男しかいない学校に通う必要もないでしょ。だったら女装した方が全然生産性があると思うの。
再三言うが、僕は別に女の子が嫌いなわけではない。生活するうえで四六時中向けられる視線さえなんとかできればそれでよかったのだ。
多分、前世における巨乳の女性の気持ちと同じなのではないかと思っている。胸に対する視線には気づくし、鬱陶しく思っているがそれはそれとして男性が嫌いになるかどうかは本人次第。視線が嫌だから特殊な下着を着て目立たないようにする。そんな感じなんだと思う。
女装姿は僕が賢く生きるための手段。これに尽きるのだ。あとシンプルに女装に興味があった。
まあつらつらと尤もらしいことを宣っているけど、ぶっちゃけ男子校なんて華がないし。折角の青春の場なんだから女の子がいた方が絶対に良いのだ。
という訳で、僕は男女共学の私立高校に女装姿のまま入学することになる。
これに関して、何か問題があるのではないかと思ったのだがどうやら両親が積極的に学校側に掛け合っているらしい。
そして、学校側も結構理解を示してくれているらしく、理由を伝えると心底納得したような反応が返ってきたと父さんに言われた。どうやら、僕の理論は完璧に武装してあるらしい。
女装姿で学校に行くなんて頭おかしいんじゃないかと思われるかもしれないけど、そんなことは無い。だって、客観的に見て女装姿の僕は美少女だし、男だってバレたところで犯罪をしているわけではないのだ。
男バレなんてしたら学校中に話が広まるだろうことは想像に難くないが、ぶっちゃけ僕としてはあまり気にしないし。というか、君たちにとってはご褒美でしょそんなシチュエーション。
僕は女装姿のまま高校生活を送るつもりだし、学校側もできる限りの支援をしてくれるらしい。流石貞操逆転世界。男に対する対応が甘い。
まあ、それに助けられているんだけどね。
なんにせよ、高校の入学は目前に迫っている。僕にとってはかなりイレギュラーな高校生活になるだろうけど、決してできない経験が盛りだくさんになるんだろうと言うことが今から想像できる。
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