32話 限界大学生とコンセプトカフェ
アタシは今、人生最大の危機に瀕している。
アタシの目の前をゆっくりと歩く子の男の子はアタシの七つ下の男子高校生で、名前を矢吹時雨というらしい。街を歩けばすれ違った人10名中10名がその容姿に目を奪われ、反応できずに固まってしまうほど、絶世という表現が生ぬるいくらいの美少年だ。
恰好こそ男性らしい服装で身を包んでいる物の、女性だと言われたらそれで納得してしまいかねない儚さを併せ持つ彼は、まるでアタシを気にせずに気軽に話しかけてくれる。
そもそも、アタシは彼に介抱された身なのだ。
いや、女が男の子に保護されるなんて天変地異が起きようともあり得ない。乙女ゲームのやりすぎで脳が狂ってしまったのかと疑われることは承知の上で言っている。アタシは、彼に介抱された。
就職活動に失敗し、付き合っていた彼女にも振られ自暴自棄になって酒に溺れていたアタシは、気が付いたら彼に声をかけられていた。少なくとも、街中で酔っぱらって、タンクトップとショートパンツという薄着で倒れていたアタシに話しかけて良い人種ではないはずだ。
最初に彼を見た時は、夢だと思った。だってそうだろう。普通の人生を歩んでいたら、男子高校生に話し掛けられる経験をする大学生はいない。
いたとしたら、その人は天に恵まれている。神に愛されている。それくらいの幸運だ。
ましてや、彼ほどの絶世の美男子に話し掛けられる確率なんて天文学的なものになるだろう。そこに、酔っぱらって道端で倒れているという要素まで加わってしまえば、よく警察に通報されずに済んだなと逆に不安になってくるレベルで信じられない。
「僕の叔父さんが経営しているカフェで、丁度スタッフを募集していたところなんですよ」
と、朗らかな表情でアタシに話しかけてくる矢吹さんは、正に地上に降り立った天使。
寝ていたアタシを起こして、あまつさえファミレスに連れていかれた時には周りからの殺気の籠った視線に死を覚悟する勢いだったけど、彼はアタシの名前を聞いてあまつさえアタシの身の上まで慈愛の表情で聞いてくれた。
最初はもう訳が分からなかった。ギクシャクした敬語と年下の男の子に情けない姿を見せるという自己嫌悪でぐちゃぐちゃになったと思ったら、最終的には同人ASMRのような囁きボイスまで要求してしまう。
普通に犯罪だったと思う。
もう、訳が分からない。普通は、見ず知らずの女に対して男性が気軽に自己紹介をしない。普通は、初対面の女と一対一で食事をしようなんて考えない。
普通は、見ず知らずの相手に励ましの言葉を耳元で囁かない!
これは男性がとかどうとかの以前の話で、人として!同性同士であろうとも嫌だろ!アタシがもし逆の立場になったら絶対に嫌だと思う。
常識が欠落していて、性欲とかそう言う下衆な感情は湧いてこない。この子はアタシが守らないとと否が応でも思わされる。そんな魅力が彼にはあった。
挙句の果てには職まで紹介してくれる。しかも彼の叔父様が経営しているカフェというビックリするほどユートピアな単語が聞こえてきて、アタシは本日二度目の現実を疑った。
▽▽▽
僕の叔父さんは、率直に言って変わっている。
この世界で男性として生まれて、カフェを経営しているというだけでどこか変わっている判定を受けるが、それもそのはず。
男性がいる家庭には政府からは補助金が配られる上に、この世界の男性には、政府から任意ではあるが精子の提供が依頼されていて、厚生労働省だかどこからか送付された指定の容器に入れて指定の手順を踏んで送り返すだけでいい。
まあ、人工授精に嫌悪感を感じる人もいるだろうし強制ではないが、これに協力すると多額のお礼金が貰える。もうほんと、びっくりするくらい多額の。
それ故に、この世界の男性はあまり自ら働こうとする人は少ない。結婚して主夫として生活している人が大半だと言えば良いだろうか。後は独身貴族を楽しんでいるかだ。
そんな中、手持無沙汰だという理由で在宅ワークに精を出す父さんとか、カフェを経営している叔父さんなんかは変わり者と言えるだろう。
それに、叔父さんが経営しているのはただのカフェではない。ここが叔父さんが一番変わっている所なのだが、叔父さんが経営しているのは何とコンセプトカフェである!
この貞操逆転世界で男性がコンカフェを経営している!普通に事件だ。
コンセプトカフェとは、その名の通り独自のコンセプトを持つ飲食店のことを指し、有名どころだとメイド喫茶や猫カフェなんかがこれに該当するだろう。ちなみに、この世界でもメイドは一定の需要がある。
そして、そんなコンセプトカフェを運営している叔父さんが選んだコンセプトとは……。
すなわち、男装カフェである。おかしい。この世界で男性が経営している男装カフェなんて物があったら、話題性がとんでもなくなることなんて誰が聞いても明らかだ。だってオーナーが男性の男装カフェってそれだけで行ってみたくなるやんか。
前世の価値観を基準にしたら何の付加価値も付かない要素ではあるが、この世界だとそれは一変。
開店から一日と経たずに大繁盛し、その話題性を聞きつけた各種テレビ局に取材されネット記事にもなる始末。そうして客足は一向に途絶えることがなく、一時期は完全予約制になるほどの人気ぶりを見せた。
今では本店の他に関西に二号店、九州に三号店を展開するという個人店にしてはとんでもない大盛況を見せている。しかし、やはりオーナーである叔父さんが常に店舗にいる本店の人気はすさまじい。
そこで働く店員さんも軒並み男装が似合う麗人で、提供される料理もクオリティが高い。コンセプトカフェと言うこともあって、普通の喫茶店などに比べると多少割高となってしまうがそれでも相場の範囲内。
そんなんだから各種飲食店紹介サイトなどでの評価も軒並み高く、男性が経営する男装カフェという物珍しさと数字の取れる要素から海外のメディアからも取り上げられ、一種の観光地的な役割もこなすようになってしまった。
多分、叔父さんは僕よりもこの世界を楽しく生きている。異世界転生者である僕よりもよっぽど異世界転生者みたいなことをしている。
「そう言えば、叔父さんが経営するカフェはコンセプトカフェなんですけど、刑部さんは抵抗とかないですか……?」
僕の叔父さんが経営するカフェで働かないかという誘いはしたが、どういったカフェなのか一度も説明していなかったことを思い出す。
「はい!全然大丈夫です!メイドでもバニーでも何でもやります!」
かなり勢いよく返事されたのでこちらの方が気後れしてしまう。でも、そのラインナップが平気なら男装くらいは大丈夫だろう。
僕が安心して頷いていると、刑部さんは何か引っかかっているようで眉間に皺を寄せて何か考え事をしている。
そろそろ店に着く頃だ。
「……コンカフェ。男性が経営……?」
何か既視感でもあるのか、僕の後ろを着いてきている刑部さんは何やら顰め面を隠さない。そうして歩くこと数分、ここまで来ると刑部さんも何やら察したのか顔色を青くしている。
あれ。コンセプトカフェなら大丈夫って言っていたんだけど、もしかして男装はNGだったのだろうか。
「あ、あの……矢吹さん。も、もしかして叔父様が経営するカフェっていうのは……」
「ここです。喫茶Chevalier。僕の叔父さんが経営する、世界的に有名な男装カフェですよ」
僕がそう言うと、刑部さんは表情を青くして僕と店舗を何度も見比べた。
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