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30話 久しぶりの男姿

 僕は今、女装をしていない。


 だが、安心してほしい。流石にここは学校ではない。今日は土曜日。すなわち休日である。そんな休日に、僕は女装をやめ、街中を歩いている。


 その理由は単純明快であり、叔父さんが経営するお店の手伝いをするためだ。家族には女装姿を見られているし、何なら推奨されている僕ではあるけれど流石に幼い頃から面識がある親戚にあの姿を見せるのは抵抗がある。


 そのため、僕は外出するときに必ず着用している女性用の服を着ることを泣く泣く断念し、久しぶりのありのままの姿で外出をしている。ありのままの姿と言うとなんだか犯罪をしている気がするが、そう言った意味は断じてない。ただの男性としての姿だ。


 凡そ一ヶ月半ぶりくらいに女装を控えて外出したけど、やっぱりこの姿だと街を歩く人たちからの視線は感じるし、何より僕の周りだけ明らかに人が居ない。男性がいることによる空間の歪み現象である。


 ただまあ、それほど不快感はない。女装をして生活した経験が生きているのか知らないが、価値観がアップデートされているのだろうか。普段から女子の友達と接しているから、これくらいなんとも思わなくなっているのかもしれない。


 だったら女装する必要がもうなくなったのでは?と思ったけど、多分それは無理なのだろう。女装姿をやめたら出てくる弊害は百橋君を見れば分かる。僕は赤の他人からの視線にムズムズするあの感じがなくなったというだけなのだ。


 叔父さんとの待ち合わせまでまだ時間がある。彼のお店にさっさと行ってしまってもいいのだが、何か差し入れでも持って行こうか。


 叔父さんとは結構仲が良いし、そこら辺のコンビニやスーパーで手軽に買えるお菓子とジュースくらいで良いだろう。


 そう思って近くのスーパーに寄ろうとしたところで、僕の目に奇怪な光景が映った。


 人が倒れていたのだ。


 昼間から物騒な光景が僕の網膜を刺激し、脳は無視するべきかという結論を導き出す。倒れているのは若い女性で、無防備な服装をして道の端で眠っている。


 思春期男子には刺激が強い格好をしていて、スタイルもいいので目線がそちらに吸い寄せられてしまうがそんなことを考えている場合ではない。


 背中は規則正しく上下に動いているし、表情も悲壮感はない。恐らく眠っているだけだろうと思うが、こんなところで眠っているというだけで事件である。

 ホームレスにしていは身なりは綺麗に整っているし、本当にただこんなところで寝ているだけなのだろうか。


 話しかけるべきか否か。それが問題だ。


 まあ、ちょっと突っついてみて何も反応が無かったら警察に連絡するのがベストか。


「あのー……。大丈夫ですか。こんなところで寝ていたら風邪ひきますよ」


 気にするところは絶対にそこではない。しかし、かける言葉なんてこれくらいしか思いつかなかったんだよ。

 そう思いながら倒れている女性に声をかける。タンクトップにハーフパンツというとてつもなく露出度が高い格好をしている女性の肩を揺するのは、何と言うか嬉しさと寂しさが同時に押し寄せてきた。


 なんでこういうシチュエーションなんだろうか。


 できることならベッドの上にいる彼女の肩を揺すりたい人生だった……。

 まあダイナマイトボディのお姉さんなのでプラマイゼロだ。


「う……うーん……」


 そうして声をかけると、寝ていたお姉さんが反応した。閉じられていた目には力が入り、今にも開こうとしている。

 そうして、ゆっくりと開かれた瞳は、真っすぐに僕を捉えている。


「……うん?」

「あ、起きましたか」

「男の……子?」


 そうして僕を目にした女性は、まだ寝起きでぼんやりとしているようだった。


 彼女の一言を聞いて、そう言えば今の僕は完全に男の姿なんだったっけと思い至る。いつも女装して過ごしているからその距離感で接してしまった。男としては、こういう人に話しかけるべきではなかったか……。


 そういう後悔が一瞬過るが、目の前の女性は何やら目を丸くした後にもう一度目を閉じた。


「なんだ……夢か……」

「違いますよ?」

「嘘つけよー。アタシの目の前に美少年がいるなんて夢以外ありえない」

「違いますって。ほら、事実は小説より奇なりって言うでしょ?」

「……じゃあ、これは小説」

「違ぇよ」


 今にも二度寝しようとしている女性を何とか引き留める。これ以上寝られると僕の善意が無駄になるだろうが。周りからの視線もより一層厳しい物になってきているし、さっさとここから離れたいんだけど。


 ああいや、僕に対して厳しくなっているわけではなくて、この女性に対してなんか敵意と憎悪の感情が注がれているんだよ。


 心当たりは何となくあるけど。


 折角ここまで来たんだし、最後までというか起きるまでくらい面倒は見たい。


「早く起きてくださいって」

「うーん……」

「警察呼びますよ?」

「警察でも何でも、アタシを養ってくれるなら何でもいい……」


 どうやら僕は、何やら様子のおかしい人に話しかけてしまったらしい。いや今更か。白昼堂々コンなところで寝転んでいる人なんて様子のおかしい人じゃなかったら何なんだって話だ。




 ▽▽▽



 あの後、何とかして起こすことに成功した僕だったけど、目が覚めて僕を見た瞬間に動揺しすぎて訳が分からなくなるこの人を落ち着かせるために近くにあったハンバーガーチェーンでご一緒することにした。


 周りからの視線は、より一層厳しい物になっていた。レジで一緒に注文している時なんて、店員さんから射殺さんばかりの視線が彼女に集中していた。


 とりあえず二人ともドリンクを注文して席に着く。僕の目の前には借りてきた猫のようにこじんまりとした態度になっている女性がいる。びくびくしながら僕の一挙手一投足を観察している姿を見ると、こちらとしては最早呆れるしかない。


 叔父さんには遅れると言う旨の連絡を入れたし、了承も貰ったから大丈夫だ。


「あの……」

「ヒッ……は、はいぃ!」


 声をかけるだけでこのザマだ。何をそんなに脅えているのかと思うかもしれないけれど、多分原因は僕にあるので強くは出れない。


 見た目は可憐で真面目そうな顔をしているのに、僕を目の前にして怯えているのは推定年上とは思えない姿である。


 それが不快だとか嫌いだとか言う訳では無いが、ちゃんと会話できるようになって欲しい。


「そんなにビクビクしなくても……。別に、取って食ったりしませんよ」

「えっ……食べてくれるんですか!?」


 食わないって言ってんでしょうが。


 こんなことなら、恥を忍んで女装でもしてくるべきだったかな。なんて考えながら、僕はストローに口を付ける。


 そんな僕の僅かな行動すらも、彼女は瞬きひとつせず逃さず観察している。こういう視線には慣れたと思っていたけれど、どうやら上には上がいたらしい。


 こうもジロジロ見られてしまうとさすがの僕も気まずいので、何となくレジの方をぼんやりと見つめながら注文したコーラを飲む。


 なんか成り行きで拾ってしまった女性を前に、僕はどうするべきなのか迷うのであった。

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