29話 フィクションだろうと男女比1:1は劇薬
僕たち三人は文芸部に入ることになり、部長の歓迎ムードの中入部届にサインをした。
「折角だし、今日から活動する?と言っても、やるべきことはほとんどないんだけどね」
「やりたいことがあったら、ウチらに言ってくれれば大丈夫だよ~。小説を書きたいなら書いてもいいし、俳句や川柳に興味があるなら作ってみてもおっけー」
「勿論、漫画を描きたいならそれでもいいよ」
部長と大賀先輩はそう説明してくれる。数年前の名残と言っていたけれど、今更ながら自由度がとても高い部活だなと思う。文芸というよりも、文化部っぽい活動なら割と何でもオッケーと言ったスタンスだ。
枢木先輩はマイペースに漫画を読んでいるし、そういう所なのだろう。
小説かあ……。僕も書いてみようかなと思ったけど、ネタが思いつかない。
「……あれ?待てよ……」
そう考えていたところで、僕はふと気づく。ネタがないと思っていたけれど、ネタならあるのではないか?前世の環境を舞台にしたファンタジーラブコメを書けばいいのでは?
男女比1:1で、男女が割とフランクに接することができる世界。そんな世界で甘酸っぱい恋愛模様を書けばよいのではないだろうか。もしかしたら先駆者がいるかもしれないけど、実体験を基にして少し誇張すれば何とかなるのではないだろうか。
例え創作でも、恋愛に飢えているこの世界の人たちをターゲットにすればいい線行くのでは?
「どしたん?」
「いや……文芸部に入ったからさ、それっぽい活動をしてみようかなって考えてたんだけど……」
「文芸部っぽい活動?あたし、創作はあんま性に合ってないから分かんないけど、しぐれっちは何か思いついたん?」
「思いついたというか、できるか分かんないけどね」
小説を書くなんて、今の今まで全く触れてこなかったしやり方とか全く分からない。だから、ネタは思いついたけどそれを出力するのにあまり乗り気になれない。
そんな僕とめるちーの会話を聞いていたのか、部長が助け舟を出してくれる。
「何か不安があるなら私が手伝ってあげるよ。だから、遠慮しなくてもいいよ?」
「そうですか?」
「うん。だから、できないかもしれないなんて考える必要は無いんじゃないかな。ちなみに、何を思いついたの?」
そう言ってくれる部長に勇気を貰い、僕は思いついたことを何の気なしに言ってしまった。
「男女比1:1を舞台にした世界のラブコメっていうネタを思いついたんですよね」
それを口にした瞬間、この場の空気が一変した。部長は目を見開いて固まり、普段ゆったりとした雰囲気のめるちーと大賀先輩もこの時ばかりは素早く僕の方に振り返った。星野さんは控えめに驚き、ヘッドフォンをしていたはずの枢木先輩すら僕の発言を聞いていたのか、鋭い眼光をこちらに向けていた。
この場の全員に気圧され、僕は思った。
やっぱやめよう。って。
「ネタを思いついたって感じですからね。別に書くとは言ってませんよ?」
「なんでさ!?いいじゃんそれ、書いてよ!」
部長は縋るようにして僕に向かって言った。
「今時、ネットでいくらでも小説なんて掲載できるんだからさ!その発想を埋もれたままにするのは非常に惜しいよ!」
「……いや、じゃあ部長が書いて下さいよ。発想だけは思いつきましたけど、なんかちょっと恥ずかしくなってきました」
「ええー!?」
部長は崩れ落ちた。男女比1:1って、この世界だとフィクションでもあんまりないんだ。ちょっとくらいありそうだと思ったんだけど。
そもそも、書き続ける根気が僕にあるのかどうか。ちょっとした発想を提供するくらいならできるかもしれないけど、僕が文芸部に入ったのはゆったりとした活動を求めたからだ。これで忙しくなってしまったら本末転倒なのではないかと、僕は思い至った。
「あたしは書いた方が良いと思うなー」
「めるちーはただ読みたいだけでしょ。欲望が駄々洩れだよ」
「うぐっ……。いいじゃんかー。あたしは読みたいよ~」
「そう言われても、なんかやる気がなくなったのでダメです」
「ええー」
星野さんも大賀先輩も何やら物欲しそうな目でこちらを見ているけれど、文芸部としての活動なら年に数回やるという部誌や広報誌の作成くらいで良いのだ。
それに、前世でも僕はそんなに冴えた人生送ってきていないし。あんまり面白いものにはならないでしょ。
そんなことを考えて、追及してくるめるちーと部長を上手く躱しつつ僕は部室の本棚に置いてある漫画を一冊手に取った。この世界の娯楽はヒロインが男性になっていることもあって、僕としては複雑な気持ちである。誰が好き好んで男のサービスシーンを見たいんじゃ。
とはいえ、この世界だと需要としてはそれが圧倒的に多いのもまた事実。
僕は椅子に座ってゆったりと漫画でも嗜もうとページを開く。
「ねえ」
と、その時だった。座っている僕の斜め上あたりからやや高めの声が掛けられる。恐らく枢木先輩だが、彼女はさっきまでソファで寛いでいなかったかと思いながら声が掛かってきた方へと顔を向ける。
そこには想像通り枢木先輩が立っていた。表情変化があまりなく、見られていると少し圧を感じるその姿は、しかしかっこよさが引き立っていて、僕としては『絵になるなぁ』という感想を抱く。
「どうしました?」
僕は読もうと思っていた漫画を一度閉じる。
「今言ったネタ、書かないなら私が貰うけど」
何か用があるのかと思ったら、そんなことだった。今のネタというのは十中八九男女比1:1の話だろう。意外にも枢木先輩も小説とか書くんだななんて思いながら僕は首を縦に振る。
元より僕にとっては大したことないネタだ。前世では当たり前だったことだし。
「いいですよ。でも意外です。枢木先輩も小説を書くんですね」
僕が素直に思ったことを口にすると、枢木先輩は首を傾げた。
はて。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。そう思っていると、僕たちの会話を聞いていたのであろう部長が補足してくれる。
「くるくるちゃんは個人で漫画描いてるんだよ。同人作家ってヤツ」
「呼び方……!」
なるほど。漫画のネタにしようと言うことか。文芸部だけど文芸以外にも寛容だという気質がこんなところで垣間見ることになるとは。
「構いませんよ。いい感じに供養してください」
僕が頷けば、部長を睨んでいた枢木先輩も表情を戻してお礼を言ってくれる。
「ん。ありがと」
そうして、要件が済んだ枢木先輩はソファへと戻ってしまった。
なんだか、淡泊な人だ。だが、僕は好きだよああいう人。無駄に絡んでくることもなければ会話ができないわけでもない。いい感じの距離感であると思う。僕とは相性が良いかもしれない。
しかし、枢木先輩が同人作家だったとは驚きである。ずっと漫画を読んでいるのも何か勉強しているからだったりするのだろうか。それとも、ただ単に漫画が好きなのか。
「くるくるの絵って超上手いんだよ。時雨ちゃんも見る?」
「え、見たいです」
部長に手招きされて、僕は彼女に近寄った。部長の手にはスマホが握られており、そこには枢木先輩の作品であろう漫画が映し出されていた。
そこには素人の僕でさえ分かるほど綺麗な絵が描かれていた。
漫画独特の表現方法なども上手く使いこなせており、登場人物が動いているシーンでは絵であるのに流動的な印象がある。
「え、うま」
思わず素で言ってしまった。
「でしょ?漫画研究会から勧誘されるくらいには上手いんだよ~」
「……枢木先輩ってなんで文芸部なんですか?」
「なんか、自分のペースでやりたいんだって。人が多いのは嫌いなんだとか」
「え、でも昔は文芸部も人数が多かったんじゃないんですか?」
「そうだよ。でも、皆向いている方向がバラバラだったからそれが良かったんだろうね。同じ方向にみんなで活動するのは性に合ってないみたい」
部長はそう言って枢木先輩について教えてくれた。
漫画研究会という集団には所属したくないという訳だろう。なんとなく分かる気もしなくはない。個人でゆったりと活動したいのであって、同じ目的を持った人同士で集まるとちょっとした同調圧力的なものも発生しかねないからね。
高校生の同人作家とは思えないほどの画力を見せられ、僕の発想がこの画力で再現されるのかとやや嬉しくなった。
枢木先生の次回作に期待するとして、今日はここでお開きとなった。
先輩たちには別れ際何度も感謝されたし、そっけない感じだった枢木先輩もボソッと「ありがと……」と言っていたので僕は癒された。猫みたいで可愛い先輩である。




