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3話 女装姿と家族の反応

 さて、僕が女装をすると決まってから幾分かの月日が流れた。とは言ってもひと月程度だけど。

 家族からの全面協力を得られた僕は、全く持ち合わせていない化粧や服装の知識などを女性陣の指導の下、詰め込んだ。


 色々とあったし、あまりに覚えることが多かったので、大体は妹と母君にお任せしたのだが、まあ着せ替え人形状態だった。あれも着てみてこれも着てみてと、最初こそ困惑気味だった女性陣が遂には父さん以上に僕の女装に対して熱量を持ってしまうという状況に至ってしまった。


 スキンケア、メイクの仕方、髪型の整え方など。


 様々なことを教わったが、結局素材が良いのであまりメイクが主張しすぎないような控えめなものにしようと落ち着いたのだった。左手は添えるだけ状態である。


 そうして完成したのは、自分でも自信を持って言えるほどには完成された美少女だった。元々姿かたちが中性的で、この世界の男性が前世の男性に比べてあまり骨格的に角ばっていないことも相俟って普通に美少女である。


「……これが、僕か……!」


 髪の毛を短く整え、全体的に白を基調としたカジュアルな感じに仕立て上げた僕の姿はどこへ出しても恥ずかしくない美少女だった。これは別に威張っているとかではなく、前世と今世の美醜感覚を持ち合わせ、割と客観的に分析した結果このような感想になっているだけである。


 清楚系美少女というやつである。思った以上に様になっているというか、想定を軽く超えてきた。なんと言うことだろうか。僕にこんな才能が宿っていたなんて。


 なんか、自らのアイデンティティが揺らぎかねない経験をしているような気がする。割と複雑な気持ちだが、まあまだ嬉しさの方が勝っているだろう。


 清楚系にもかかわらず、どこかスポーティーな雰囲気を醸し出す女子となった僕を見て、家族一同開いた口が塞がらないようだった。


 今日この時より、僕は新たに生まれ変わった。新生矢吹時雨は男の娘としてこの世界を生きて行くことになる!


 とは言ったものの、やはり気恥ずかしさと未だ慣れない感覚がある。

 鏡を見れば、そこに写っているのは正真正銘自分だ。確かに、どこからどう見ても美少女であることは疑いようのない事実だ。だが、それはそれとしてやはり僕は僕。


 自分から行動したとはいえ、慣れない格好による気恥ずかしさは健在であった。そこは割り切ることができない。


「ど、どうかな……!」


 恥ずかしさ半分、自信半分といった態度でやや胸を張りながら家族に感想を求める。当然ながら、僕は男なので胸は無い。マジで壁である。


「お、お兄……。いや、お姉……?」

「凄いな……。ここまで変わるものなのか……」

「とっても似合ってるわ!」


 三者三様。とは言え、どれも肯定的な意見が返ってきた。父さんは関心と驚き。妹である彩夢(あやめ)は混乱。母さんは興奮といった反応だろうか。


 マジで男性らしさが消し飛んでしまった外見になっていて僕自身も多少困惑しているが、これならば万に一つも男だと思われて何らかの犯罪に巻き込まれるというリスクは一気に減少しただろう。


 髪が短く、下半身はパンツであるから結構スポーティーというか、活動的な印象を受ける。服装もカジュアルだからな。


「何というか、女子高の王子様って感じがするわね……」


 母さんが言う。


 まあ、否定はできない。この世界における女子高の王子様がどういった認識なのか分からなかったが、今の一言で前世とそう大差ないことが窺えた。


 そんな母さんの意見を聞いた父さんが、何か思ったのか考え事をしていた。


「どうしたの、父さん?」

「いや、母さんが女子高の王子様みたいだって言ったからな。元々の目的を達成できるのかどうかと思ってね」


 つまり、女子高の王子様はモテるんだから、男として誰彼構わずアプローチしてくることに辟易した僕が次はまた別のベクトルでアプローチされるのではないかという疑念がより深まったと。


 またもや僕の前に百合の可能性というハードルが立ちはだかってきた。厳密には百合でも何でもないけど。


「流石にスカートはまだハードルが高いから……。もうちょっと女装に慣れたらそう言う格好するのもアリかもしれないけどさ」

「まあ、それもそうか」


 見た目が十分に女性ならば、あまり気にする必要は無いと思う。僕がのびのびとこの世界を満喫できるかどうか。大事なのはその部分だ。

 

 女装をする理由は、一言で言えば味変だ。家系ラーメンばっかりを食べてきて食傷気味だから、ここらで生姜や豆板醤を入れて楽しみ方を変えようという魂胆である。


 高校を卒業したら、多分女装はやめて普通に男として生きて行くんじゃないかなと思ってたりもしている。

 価値観や考え方というのは、常に変化するものなのだ。


 今後迫りくる高校生活を女装姿でどう楽しむのか。


 今から少し楽しみである。


「一度、外を歩いてみるのはどうかしら?彩夢ちゃんと一緒に出掛けてみたらどう?」


 なるほど。確かに、それは必要かもしれない。仮説を立てたら一度検証する必要があるのは、どんな分野にも精通する共通の認識である。もし、女装姿を貫通して僕が男だと分かるようなことがあっては、女装するだけ損ということになってしまう。


 それだけは避けたかった。いやまあ、彩夢と母さんがまるで女の子だと言うほどには擬態できているわけだから、あんまり心配はしていないが。


 とは言え、女装姿がどんな結果を齎すのか。それは外に出なければ分からない。シュレディンガーの女装姿という訳だ。


「それいいじゃん。お兄、行こ?」

「ん。オッケー、ちょっと待って」


 という訳で、僕は妹と共にこのあべこべ世界を歩き回ることになった。







 貞操逆転世界において、男性が一人で外出することは危険なことである。と思われがちだが、ぶっちゃけそんなことは無い。昼間ならという注釈は付くし、前世に比べれば危険なことはあるが。


 確かに、男女比は偏っていて貞操観念は逆転しているこの世界で、女性は男性に対してガツガツ接触を試みる。とはいえ、大衆の目がある中で安易にそこら辺を歩いている男をひっ捕らえようなんて人はいない。


 ぶっちゃけ、ここら辺の価値観は前世とそう変わらない。勿論、夜に一人でいるのはかなり危険だがそれは前世でも似たようなものだし。


 逆に、男性はそこにいるだけで存在を主張する。これは、特に変なオーラがあるとかではなく、周りの女性が変に気を遣うために発生する空間の歪みのせいなのだ。


 そこだけ不自然に周りから距離が置かれている。そんな場所があれば、十中八九そこには男がいる。まあ、そんなことになるから下手に接触しようとすると逆に大衆の目に晒されることになるのだ。


 女性たちが変に距離を置くせいで発生する空間の歪み。これは僕も経験したことがある。

 どんなに混雑している観光地でも、人気アトラクションの待機列だってまるでその空間だけ切り取られたかのような錯覚を覚えるほど人がいないのだ。


 僕は人見知りだからぶっちゃけ便利な能力だなくらいにしか思っていなかったけど、人によってはこれが嫌で外に出たくないなんて思う人もいるらしい。男性限定のインターネット掲示板でそんな話題が出ていたことを覚えている。それが本当に男性だったかは知らない。


「街って、こんなに人工密度があったっけ……?」


 そして現在、僕は今世で経験したことがないほど他人との身体距離が近いという状況に陥っている。なるほど、人混みが嫌いだった僕にとって、あの能力は思った以上に便利なものだったようだ。


「別に、そんなに人はいないでしょ。まあ、お兄はいつも人を寄せ付けないから分かんないかもしれないけどさ」

「何というか、いつもより息苦しい。これには慣れる必要があるね……」


 女性のパーソナルスペースは男性のそれよりも近いという研究結果が前世において存在していたような記憶がある。それによって、男女間の人間関係で勘違いが起きるのだとかいう悲しい考察もされていたっけ。


 少し思い出してみれば、女子というのはボディタッチが頻繁に行われる生き物だった。

 この感じ、多分僕のことを男だと思っている人は皆無だと思っていい。となると、今後の高校生活で女子の友達ができた場合、ボディタッチをされる場合があるのか。


 思いもよらなかった課題がここに来て発見された。


 肉体の接触は、僕みたいな陰キャにはちょっとハードルが高い。しかも異性である。童貞かつ女性経験が乏しい僕にとって、異性からの身体接触があったら変に意識してしまう可能性が高い。


 これは、流石に練習のしようもないし慣れるしかないか。


 でもまあ、役得だと思った方が良いか。僕、転生者だし。女性に対して忌避感があるわけではない。むしろ好きだしね。


 考えれば考えるほど、体を触られるくらいなんてことないのではないかと思ってくる。まあ、変な勘違いをしないように気を付けようと意識するくらいか。


「……どうしたの、お兄」

「意外と何とかなりそうだなって。どう?僕、女の子って感じする?」

「むっちゃ女の子だけど?」


 さも当然のように言われた。


 改めて妹と真正面から向き合っているが、こう見ると、彩夢もかなりの美少女なんだよな。

 まあそりゃ当然で、あの父君と母君の間に生まれたのだ。僕もそうだが、遺伝子の力はとてつもないと思う。


「それにしても、この圧迫感は早々に慣れておきたいな……」

「貧弱だなぁ~」


 あなた方は慣れているのかもしれないけどね。こちとら生まれて十五年ほど外に出れば距離を置かれる生活が当たり前だったんですよ。なるべく、前世の経験を早く思い出してさっさと慣れるべきか。


 意外な課題は見つかったものの、僕のことを男だと思う人はいないというのは分かった。これにて、僕は完璧に偽装できていると証明ができたのではないだろうか。



 

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