28話 入部
初対面での印象というのは半年間は続くらしい。ここでちゃんと友好的な態度を取ることで、先輩からの印象というのは変わってくる。気合を入れて挨拶をせねば。
そう思ってちょっと声を張り上げて距離を縮めて挨拶して見たのだが、枢木先輩はちょっと身を引いていた。
やべ、距離感間違えたかなと思ったけれど
「……それ、素なわけ?」
「……はい?」
「……いや、なんでもない」
なんか納得してなさそうな枢木先輩は今度こそヘッドホンを装着して漫画の鑑賞に戻ってしまった。なんというか、本当にダウナーな人だったな。
「まあ、彼女はイケメンだからね。くるくるもいつもの態度を変えてなかったようだけど私には分かる。内心はちょっと嬉しそうにしているってことにね」
「……おい。聞こえてんぞ」
明らかに不機嫌そうに枢木先輩は部長を睨んだ。
やべ。とあからさまに顔に出す部長。
なるほど?まあ確かに女装姿でもイケメンと言えばイケメンの部類に入るのかもしれない僕だ。日葵には劣るかもしれないけど。しかし、多分そう言うのじゃなくてマジで僕が距離感間違えたのだと思う。
そんなことを考えていると、めるちーも星野さんも先輩たちとの挨拶をしているのか部長や大賀先輩と談笑している。
そう言えば、僕はまだ自己紹介をしていなかったなと思い至り、先輩たちに改めて向かい合って自己紹介を始める。
「僕の名前は矢吹時雨です。よろしくお願いします」
「うん。今後ともよろしく。じゃあこの紙に必要事項を記入してね」
「はい!」
そうして、僕は部長から手渡された紙にペンで文字を書く。自分の名前と学年クラスを記入する用紙らしい。
「……あの、矢吹さん。それ、入部届だよ?見学に来ただけじゃなかったの?」
という、星野さんからの一言が僕の耳元で囁かれる。ハッとして部長を見れば、悔しそうな表情を浮かべていた。
なんという抜け目のなさだろうか。流れを一切崩さずに相手を入部させるというその手腕は正に詐欺師。
「アカちゃん。そういう手癖の悪さは直したほうが良いと思うって、ウチは思うな~」
手癖の悪さって表現がなんか盗人ぽいからやめませんか?
「いやはや失敬。どうしても入部してほしくてさ。致命的に部員が足りないし、今年の1年生は文芸部にあんまり興味ないみたいだから」
どうしても部員が欲しいのだと、頭を搔きながら言う部長の発言に対して、めるちーが質問した。
「でも、廃部になることは無いんですよね~?」
「そうだけど、やっぱり人数は多い方が良いじゃん?何事にも限度はあるけど、後輩は欲しいし……。何より、このままだとくるくるちゃんが一人で寂しい思いをしちゃうかもしれないから」
そんな部長の発言に、彼女も彼女で大変なんだなというありきたりな感想を抱く。枢木先輩のことを案じている姿は先輩らしい頼もしさがあるけど、部長の発言に何やら不満を覚えたのか枢木先輩は部長を睨んでいる。
睨んではいるけれど、恐らく照れ隠しなのだろうと言うのは初対面の僕でも分かるくらいには表情がさっきと異なっていた。
ぶっちゃけ、僕はこの部活に入ってもいいと考えている。
僕が入りたい部活は、融通がある程度効きそうで、部員同士の仲が良くて緩い雰囲気の部活だ。その点、今の文芸部はその全てを満たしていると言っても過言ではない。
枢木先輩のポジションだけは要審議ではあるけれど、彼女も接してみた感じ悪い人ではないようだし。
「でも、僕は全然かまいませんよ。入部しても」
「本当かい!?いや助かるよ。部員は多いに越したことないからさ。まあ限度はあるけどね?」
かつて文芸部員が多すぎて部室が狭くなったという経験をしたことのある部長から重みがあるお言葉を頂いた。
そうして、僕は書きかけの入部届に記入を続けた。
そんな僕の様子を見ながら、大賀先輩が星野さんとめるちーに対して、君たちはどうするのかと問いかけている。
星野さんはかなり乗り気のようで、大賀先輩の質問に対して首肯した。
「私も全然。元から入るなら文芸部がいいなって思ってたところですから」
元から本を読むことが好きで、見た目こそ高校デビューで整えた星野さんだが根本は変わっていないらしい。星野さんは全く動じることなく文芸部に入ることが決定した。
そうなると残りはめるちーだけど、彼女もまたあまり悩むことなく入部するとのことだった。
「しぐれっちとあゆむっちが入るならあたしも勿論入るよ~。ほんわかした雰囲気で楽しそうだし」
そう言って入部届に名前を記入するめるちーの発言に、部長は頷いて答える。
「お、お目が高いね。その通り、文芸部の活動はそんなに大したことは無いからさ。外部のコンテストに参加したいのなら顧問の先生にその旨を伝えればいいだけだし、大体は校内雑誌の執筆とか、広報誌の文章作成とかが仕事になるのかな」
部長の活動内容の説明に対して、大賀先輩が補足する。
「やるべき仕事は、そんなに苦じゃないよ~。頻度も年に数回ってくらいだし。昔はさっきも言ったけど文芸部はいろんな要素が混ざった部活だったからさ。学校側に認められる成果は十分出尽くしたんだよね~」
「つまり、遺産が残っていると」
「そんな感じ~。でも、学校側が負うべき執筆作業を肩代わりしてるからそれだけで充分部活動としての成果は上がってるって感じかな~」
結局、大賀先輩は特に気追うことなく部活動を楽しめばいいよということを伝えてくれているようだ。
彼女の説明によって、余計にこの部活に入るという意思が僕の中でも固まり、緩く楽しめそうな活動内容にめるちーも満足そうな表情を浮かべている。
「それに、ここは文芸部だけどかつての名残はまだ残ってるから漫画の研究をしたり、アニメの研究をしたりしても問題ないよ」
と、部長が更に付け加えて言った。
「おお~。それなら本を読まないあたしでもだいじょぶそうじゃん」
「漫画関係はくるくるが詳しいから彼女に聞くと良いよ」
「マジっすかー。なら今度おススメの漫画を聞いてみよ~」
めるちーは普段活字にあまり触れない人間のようだが、部長の一言によって安心した様子だった。かつての名残とは、文芸部がサブカル系の研究会としての側面も持っていたころの事だろう。
「私たちの顧問の先生……志賀先生って言うんだけど。先生は結構優しい人だから基本的に活動中は私たちの好きにさせてくれるんだよね」
なんと言うことだろう。これほどまでに僕に都合が良い部活動があっただろうか。
志賀先生か。彼女には感謝しなければならないだろう。これほど過ごしやすい部活を作ってくれてありがとうと。
名前は聞いたことがないので恐らく1年生の担任とかではないと思う。
そんなこんなで僕たちの入部手続きは恙なく終わった。部活動見学をしに来たら一瞬で入部することになるとは思わなかったけれど、全く後悔していない。これほど過ごしやすそうな部活はないだろう。
部屋を改めて観察すれば、枢木先輩が占領している小さなソファに、文芸部らしく壁際には本棚があり、そこには所狭しと収納されている数多の書籍が見える。長机と椅子もそれなりの数用意されているし、ここでお昼ご飯を食べることもできそうだ。
何より、自由に使える教室というのは否応なくテンションを上げさせられるもので僕はワクワクしている。中学時代に経験しなかった、前世とも異なる青春の気配に僕は色々と想像を膨らませるのであった。
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