26話 部活動
さて、百橋君がいることでざわざわとした雰囲気が拭えないクラスだけど、どうやらみんな困惑の方が勝っているようで、今のところネガティブな意見とかは出てきていない。
そもそも、この学校の生徒たちはみんな穏やかな気質な人が多いから、そこまで不安視していなかったけど。
そうして休み時間も終わり、各々自席に戻って行った。僕の後ろの席に座っている遊佐さんはなんだかそわそわしていたけど、多分遊佐さんの席を百橋君が使ったからだろう。
後ろからの気配がこれでもかと動揺しているのが感じられる。気持ちは分からないでもないけどね。
そうして、未だ落ち着きのない教室で授業は始まる。やってきた教科担当の先生が何やら不思議がっていたけれど、何でだろうね。
▽▽▽
そうこうしている間に放課後となり、帰りのHRも恙なく終わった。僕は一人、考え事をする。
まあ、大したことではない。部活動をどうしようか悩んでいるのだ。
「矢吹さん、どうかしたの?」
放課後になっても席を立たない僕の下に、星野さんがやってくる。やってくると言っても隣の席なのですぐ横から話し掛けられている程度なのだけど。
「まあ、部活動をどうしようか悩んでてね」
「部活かー。さっきも言ってたよね」
「うん。高校生って言ったら部活動のイメージあるでしょ?」
「まあ、無くはないかな……?」
中学生の時は部活動なんてやっていなかったし、女装姿であるからこそ部活動をやる良い機会なのではないかと思い始めてきたのだ。中学生の時は部活をやる気もあまりなかったし、なんか彩夢に必死に止められていたからやろうとは思わなかったけど。
「だからまあ、いい感じの部活があるか今日は色々と見てみようかなって思って」
「そう言えば、私たちまともに部活見学してないね」
「そうだね」
と言うことで、僕と星野さんは部室棟へと向かうことになった。この学校は意外と広いから今日の放課後は丸々部活見学で使われるだろうなと思いながら、教室を出ようとする。
「およ?二人ともどこ行くの~?」
ところで、めるちーがやってきた。
「丁度良かった、僕たち部活動見学に行こうと思ってるんだけどめるちーも来る?」
「もっちろん。あたしも行くに決まってんじゃん」
丁度めるちーも誘おうと思っていところで、彼女の方からやってきてくれた。百橋君も誘おうかと考えたけど、彼は既に帰宅している。
百橋君は意外と一匹狼なところがあるし、一人は退屈だと言っていたけれど一人が嫌いという訳ではないようで普段から僕たちと一緒にいようというつもりはあまりないようだった。
今日はちょっとした悪戯心が芽生えたようで、クラスの反応を見て楽しんでいた。いい性格をしている。
日葵はもちろん部活である。
さて、僕たち三人は部室棟へと移動する。なんだかんだでクラスと移動教室以外に学校を歩いたことは無かったからかなり新鮮な気持ちだ。部室棟へとやってくれば色々と部活動の成果が掲示物として飾られていて、見ていて飽きない。
本当に高校生が描いたのかと疑うほどの風景画があったり、感心するほど上手な書道部の掲示物と達筆すぎて何を書いているのか分からない草書の掲示物。
吹奏楽部の重厚な演奏の音が遠くから聞こえてきたり、軽音部のギターの音が響いていたり。
なんだか非日常って感じがしてソワソワとした気分になる。
放課後になっただけで日常が非日常になる。放課後の部室棟は趣があって少し楽しい。
「しぐれっちはどんな部活に入ろうとか考えてる感じ?」
「うーん。まあ運動部じゃなくて文化部にしようと思ってるよ。同好会でもいいし」
「そう言えば、体育の授業はいつも見学してたね」
まあ、体育の授業程度見学する必要もないけど、万が一に備えると言う意味で先生方からは許可を頂いている。あとは、更衣室の問題だね。
「諸事情があって運動は控えてるんだよ」
「……あんま聞いちゃいけない感じ?」
「別に聞いてくれてもいいけど、答えられる事はないよ?」
答えたら色々と騒ぎになるだろうから答えられないっていうのが正しい。重篤な何かを患っているとかそう言うことじゃないので安心してくれ。
そう伝えれば、星野さんもめるちーも安心したようだった。
体育の時間は遠くから制服姿でみんなの勇姿を見届けている。最近は過ごしやすい天気だし割と見ているだけでも満足度は高いので何も不満はない。
そう言えば、この学校の男子生徒は体育の時間に何をしているのだろうか。
体育の授業はもちろん男女別々に行っているので僕が知っているのは女子たちの様子だけだ。今度百橋君に聞いてみようかな。
「文化部か~。あたしとしては吹奏楽とかどうよって感じだけど」
「吹奏楽部かー。でも体力使いそうだし、何より楽器の演奏は荷が重いかな」
吹奏楽が嫌いとかヘイトがあるとかじゃなくて、もっとゆったりと活動できそうな部活の方が僕に合っていると思うのだ。
「どんな活動をするのか次第だけど、文芸部とかがあればそこが良いかな」
僕がそう言えば、星野さんがやや乗り気で返事をしてくれる。
「いいね。文芸部!」
「……そう言えば、星野さんは中学時代ずっと本を読んでたんだっけ」
ややテンションが上がり気味の星野さんにちょっとビクッとしながらも、彼女の気分がやや上がった理由を考えればすぐに思い至ることができた。
中学時代は人見知りでずっと図書室に入り浸っていたという星野さんは、本が好きなのだろう。そもそも好きじゃなければずっと図書室で読書なんてできやしないし。
星野さんの中学時代を知らないめるちーが意外そうに目を丸くしていた。
「えー、あゆむっちの中学時代知りたーい」
そう言うめるちーに、星野さんはやや戸惑っていた。なんでだろうかと思ったが、多分初恋の人絡みのことを言おうかどうかを悩んでいるのだろう。
僕が口を出すことでもないし、この話は二人に任せようと僕は口を閉じる。
結果として、星野さんはかつての自分を詳らかにめるちーに明かした。初恋の人絡みの話も打ち明けていて、この場は一時星野さんの恋バナが独占することとなった。
「そんな神みたいな男子居るんだ……」
と、中学時代に星野さんが図書室で会ったという男子にフォーカスが当たる。
「確かに、初対面で目を見て話す男子生徒は珍しいかもね」
百橋君だって僕が仲介しなかったらずっとあのまま一人で過ごしていたイメージが容易に想像できるし、初対面の女子生徒にそこまで接近できる男子がいるのかとちょっと意外に思う。
まあ、僕だったら初対面でもちゃんと会話するけどさ。
「なんか、あゆむっちは凄い初恋を経験しちゃったんだねー」
「そ、そうだね……」
少し恥ずかしそうに俯く星野さんに、僕はなんだか愛おしさを覚える。小動物を見ている時の感情に近いかもしれない。
「そんな男の子と会っちゃったら他の男子に目移りとかしないのか~」
一途に思い続けているというのも凄いけど、百橋君を見ても男性相手の慣れない態度というのは会っても恋愛感情は全く感じ取れなかったしそこは凄いなと思う。
例え初恋の人じゃなかったとしても異性を見たら何かしら反応してしまうものだと僕でも思うけど。
「彼は私にとって恩人でもあるから。中学時代の私は芋っぽくて冴えなかったけど、彼と出会って頑張ろうと思えたの」
そう言う彼女の表情は晴れやかで、本心からそう言っているのが容易に分かるくらいには清々しいものだった。
そんな、等身大の良い話を聞きながら、僕たちは部室棟を進む。




