21話 前言撤回
男子関係は慎重になろうと思った僕だったが、それでもやはり百橋君には楽しく学校生活を送ってほしい。同じ男として、周りに異性しかいない環境がどれだけ鬱屈かは理解しているつもりだ。
しかも、そのほとんどが異性として愛欲の視線を向けてくる。僕は前世の価値観を持っていたからただのご褒美程度にしか感じていないけど、この世界の男性にとってはそうではない。
勿論、極端に嫌っているとかそういう話ではなくて、生まれながらそういう環境にずっといるのだからそれが当たり前だしほとんどの男性はそれに慣れて生活している。
とはいえ、日常生活で感じる『なんだかなぁ…』というような形容しがたい不満だってあると思うのだ。こう、言葉では説明しがたいんだけど、自分では幸福に過ごしているつもりでも『願うことなら』なんて考えた経験は誰しも一度や二度、あるのではないかと思う。
どれだけ外野が君の環境は幸福だ不幸だなんて決めつけても、本人は部外者が何を言っているのかとしか思わない。その環境で幸福と感じるかどうかは個人差が如実に表れる。
だから、僕のこの考えは余計なお世話なのかもしれないけれど、百橋君から言質は取っているし、彼に充実した学校生活を送ってほしいという考えの下で僕は一つの案を思いついた。
もういっそのこと僕の友達三人に百橋君を紹介してしまえばいいのでは……?とね。
百橋君を狙っている数多の女子たちからは好ましくない目を向けられるかもしれないけど、もっと健全なクラスになってもいいと思うんだよね。
今のこのクラスは唯一の男子に対してみんな奥出になってしまっている現状にある。遠巻きに見つめるとか、勇気が出なくて話し掛けられないとか、周りからの糾弾が怖いとか。
別に、ドロドロとした政治みたいなことを考える必要なんてない。友達になりたいから話しかける。そういう単純な構造で良いと思うんだよ。誰もが百橋君を狙うチャンスがある。そんなクラスになってほしいと切に願っている。
そして、距離感が縮まった百橋君が数多の女子からアプローチを仕掛けられている所を僕は遠巻きに眺めてニチャニチャする。
ぐだぐだ考えを述べて来たけど、結局僕が言いたいことは単純。前世みたいに男子と女子が気軽に話せるようになってほしい。そういうことだ。
男が珍しすぎて話し掛けられないなんて青春じゃない。僕はもっと甘酸っぱい物を見たいんだよね。情欲と出し抜きに全てを注いだ恋愛とか、大学生になってからでも遅くない。
と、思っているけど……。実際はどうなるか分からない。
僕がするべきは凪いだ水面に小石を投げ込むこと。その波紋がどのように広がっていくのか、それは神のみぞ知る。
なんか黒幕っぽくて良くない!?
▽▽▽
時雨からの連絡を受け、歩夢と芽瑠、それから日葵の三人は学校近くにあるファミレスへとやってきていた。
先日、ショッピングモールで偶然交友を深めた日葵は学校でも時雨を始めとする三人の輪に入り、グループの一員として馴染んでいる。
芽瑠の陽気さと歩夢のお淑やかさ、そして日葵の爽やかさに時雨の儚さが相まって四人のグループは良いバランスを保っている。
歩夢も芽瑠も日葵を歓迎しており、普段から楽し気に会話を行っていた。
今日は珍しく時雨が放課後に集まれないかと提案してきて、先に三人がファミレスにやってきた形となっている。
どうやら紹介したい人が居るとかで、その人を連れてくるから先にファミレスに入店しておいてほしいとのことだった。紹介したい人なら学校でもいいのではないかと芽瑠は疑問に思う。
それに対して、日葵はクラスが違うのではないかという推測を芽瑠に伝える。確かに、クラスが異なるのであれば場所を作らなければならない。
日葵のその言葉に、芽瑠だけではなく歩夢も納得していた。
「しぐれっちが紹介したい人か~。どんな人だろね?」
「彼女の知人なら、変な人ではないだろうね」
「そりゃあそうだろうけど~」
そう言うことを聞いているのではないと、芽瑠は口を尖らせてテーブルの上で手を伸ばした。そんな彼女の姿に日葵は苦笑し、歩夢は笑顔を浮かべている。
「でも、態々紹介したい人となるとどんな人なのか気になるね」
「でしょ~?しぐれっちってあんまり友達多くないみたいだし、それに他に友達がいたとしてもあたしたちに紹介しようなんて思うかなー……」
友人関係というのは、友人同士が繋がっていなければならないなんて常識はない。芽瑠が知らない時雨の友達だっているだろうし、それは当たり前だ。
だというのに、彼女がそれを態々自分たちに紹介しようとなるなんて、一体どんな人なのだろうか。
そんな疑問が頭から離れない。そういう意味でどんな人なのだろうかと言ったのだが、芽瑠にはまるで心当たりがなかった。
だが、この場にただ一人。芽瑠と歩夢の会話を聞いてもしかしたらと考えてしまえる人がいた。
「……いや、まさかね」
芽瑠と歩夢が談笑している横で日葵は一人浮かんだ可能性を否定する。
かつて、日葵は時雨から突拍子もない提案を受けた。それこそ、クラス唯一の男子である百橋司の紹介だ。
百橋に友達を作ってほしい。そんな願いから第一候補として日葵に白羽の矢が立ったのだが、流石に急すぎると言うことでその時はなあなあとなってしまった話だが。
でも、考えれば考えるほどこの状況で紹介したい人の特徴に合致してしまう。
時雨の知り合いは少ない。歩夢と芽瑠に公言しているように、彼にとって友達は今のところ三名+一名だけだ。そんな狭い交友関係の時雨が、自分たち三人に場所を改めてまで紹介したいと考える人物など、百橋司を置いて他にはいるまい。
だって、他にこの三人に紹介する必要があるような人間なんていないだろうから。同じ学校の生徒や先輩を紹介されるより、親か姉妹でも紹介された方がまだ納得できる。
「ひまっち、どしたの?」
「ああいや、何でもないよ」
芽瑠に呟きを聞かれていたのか、日葵に対してどうかしたのかと問いかける。それに対して日葵は何でもないと平静を装った。
日葵が考える可能性だってなくはない。だが、何もそれだけということは無いだろう。時雨だって紹介したい人の一人や二人存在していて然るべきだし、何より日葵と時雨の間で曖昧になったあの話を蒸し返すようなことは無いだろう。
そう自分を納得させた日葵は、未だ抜けきらない嫌な予感を忘れるために空になったコップに飲み物を注ぐために席を立った。
そんな日葵を、他人の感情の機微に敏感な芽瑠は目ざとく把握していた。自己紹介で趣味が人間観察と宣った彼女は、自分で言うくらいには他者の機嫌を察する能力が高い。
「ひまっち、どうしたんだろ」
「……日葵さんがどうかしたの?」
「なんかちょっと慌ててたと言うか、焦ってた?」
そんな芽瑠の言葉があまりよく分からなくて首を傾げる歩夢。
彼女たちが現実を知るのはそれから約5分後の事だった。
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