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2話 理論(だけ)は完璧

 これから女装をして生きて行くことにする。そう宣言した僕に対して、困惑の目線を向けるのは僕の母と妹であった。

 最初こそ、何か良くない思想に目覚めたのかと、女装をしないといけないと考えるほどのトラウマ体験をしたのかと心配されたものの、僕が正直に理由を述べれば両者とも納得した様子だった。


 僕の理論武装に隙は無い。だって、男性の貞操が重要視されるようなこの世界で女装をするのは周りの女性たちから己の肉体を守るためだと言ってしまえば、母も妹も何も言い返すことができないだろう。


 というか、この家唯一の男である僕の安全を一番憂いているのがこの若き母なのだ。


 まるでどこかの同人誌に出てきそうなほどに若々しい母親には、生まれた当初の僕も困惑を隠せなかった。

 だが、この男女比が狂ってしまった世界において、家庭を持つというのは国としても推奨するべきことなのだ。資金だって潤沢に使用されている。


 そして、我が母君は当時大学で知り合った我が父君をまるで猛獣の如く食い荒らし、そのまま籍を入れることになったのだとか。我が母君はおっとりしているように見えてその内面は侮れない。


 ちなみに、この話は僕がまだ0歳だった時に偶然彼ら夫婦の間で交わされた話を盗み聞きすることで知るに至った。まあ、誰も0歳児が自我を持っているなんて思わないからね。


「そういう訳で、僕は女装をしようと思ってるんだよ。高校デビューとしても丁度いいしね」


 そんな僕の主張に、納得が行ったと頷く両名の反応を見て内心微笑む。身内の理解を得られたら後は流れ作業だ。 

 そう考えている俺の下に、二階から父君が降りてきた。男性でありながら真面目な彼は、家にいるだけなのは退屈だしと言うことで自宅でできる仕事をしていたりする。


「あ、父さん。今丁度僕の高校デビューについて話してたんだ」

「……高校デビュー?」


 我が父君は雰囲気がかなり柔らかい。だが、この世界の男性にしては珍しく背が高い方だ。具体的には178cm。僕の身長は今のところ168cmなので、10cmほど離れている。これから伸びるのかは知らないが、前世に比べて男性の平均身長は5cmほど小さいことからも彼がどれだけ平均を逸脱しているか分かるだろう。


 そんな父君だが、僕が発した高校デビューという単語に何やらあまり良い受け取り方をしていない様子。


 一体どうしたのだろうかと思ったが、少し考えれば分かることだった。この世界において高校デビューの意味は前世と変わらない。垢抜けるという意味で間違いは無いのだ。

 しかし、この世界において高校デビューが指す真の意味は、男性にモテるため。これに尽きる。


 そんなワードを男性たる僕が扱うというのは、親としては複雑な心境なのだろう。だって、今日から僕は女子にモテようと思いますと宣言しているようなものなのだ。


 大学時代に我が母君に食われてそのまま結婚した父君としては、あまり好ましくないのかもしれない。


「安心して。僕の高校デビューはそんじょそこらの高校デビューじゃないからさ!」


 そう。僕の高校デビューはそんじょそこらの、それこそ常識で測れるようなものではない。普通ならばまず思いつかないようなものだ。


 そう言う意味を込めて言えば、父さんは余計に表情を険しくした。

 ……あれ?これなら父さんも納得すると思ったんだけど、なんか反応が違くない?


「時雨ちゃん。それじゃあ勘違いを加速させるだけよ?」

「そうだよお兄。もっと具体的に言わないと、お父さん困ってるでしょ」


 なんと、我が家の女性陣に注意されてしまった。


 彼女らの言い分を聞く限り、もっと具体的に言えとのことだが……。なるほど。確かに、僕は女装について一切言及していなかった。母さんと彩夢に既に説明したから、ちょっと前のめりになっていた。


「高校デビューと言っても、僕の高校デビューは女装なんだ」

「……女装。女装!?」


 僕の発言に、父さんはかなり驚いている。

 そこまで典型的な驚き方をされるとは思わなかった。


 だが、母さんも彩夢も理解できると言った感じで頷いていたり笑っていたりするからどうやら想定内だったようだ。僕だけか、取り残されているのは。


「正直に言って、僕って美少年じゃん?」

「……まあ、そうだね」

「で、父さんなら分かると思うけど僕たち男っていつも様々な視線に晒されているわけじゃん」


 僕の言葉に、父さんは心底理解できると言わんばかりに深く頷く。それとは反対に、母さんと妹は気まずそうに目線を逸らしたり、目を泳がせたりしている。リアクションが分かりやすいぞ。


 というか、身内のそう言う反応ってあんまり見たくなかった……。


「そこで、僕は思ったわけ。この世界で賢く生きるには、女装をすることが最適解だって」


 そして、僕は考えていることを端的に父さんに伝えた。女装をすることによるメリット、見込める利益、そして、僕自身のビジュアルの良さ。


 これならば、女子として周りからは見られる。そうなれば、余計なトラブルに巻き込まれる心配が減るわけだ。


 そうして説得した結果、我が父君はかなり納得したようで至って真面目な面持ちで僕の理論を支持している。これにて、我が矢吹家における女装の重要性は周知された訳だ。


「なるほど……。盲点だったよ、女装がこれだけ俺たち男にとってメリットだらけだったことが」

「でしょ?」


 これにより、僕は完璧な大義名分を手に入れることができた。あまりに完璧だ……。


「僕は高校は女子として生きて行くことにするよ。これで、女子との接し方とかも学べるしね」

「女子との接し方……?」


 おっと、次は我が母君が何やら言いたげな様子だ。


「男っていうフィルターを抜きにして僕と接してくれる人が増えるでしょ?なら、友達とかもできるかなって思ったんだけど」


 よく男女の友情は成立するかどうかなんて議論が各地で巻き起こっているが、僕としては別に成立するかしないかはどうでもいい。最初は友情だったけど、次第に恋情に至りその結果としてそれが実るかどうかは当人たち次第。


 友情から恋愛になって結ばれるペアがいるのならば、それはお似合いだったと言うことだ。


 友情のままで止まるのか、それが恋情になるのかどうかは僕としてはあまり気にしないのだ。


 まあ、こういう論争って多分浮気とかそう言う方向性で論じられるような話題だとは思うんだけどね。


 性欲から入ってくる関係もダメとは言わないが、あまりにもあからさまだとこちらもどう反応したらよいのか分からないのだ。まあ、そもそも友達ができるかどうかという根本的な問題もあるのだがね。


 それに僕だって、価値観は前世のままなのだから女子が嫌いなわけではない。これまでの人生で、母さんと父さんが僕に対してあまりにも無防備ではないかと苦言を呈したこともあるくらいだ。


 友人を作ってみたいという純粋な興味を伝えてみれば、母さんと彩夢が微妙な表情を浮かべる。


「……お兄って結構無防備だし、勘違い製造機だからちょっと不安かも」

「私もそう思うわ~」


 勘違い製造機ってなんだ勘違い製造機って。それって世の中の男性全てに当てはまるだろ。


「無防備とか関係なく、相手が同性だと思ってるならそれも関係ないでしょ」


 僕は至極当然の主張をする。確かに、前世との価値観の相違でこの世界では些か無防備と呼べる態度を取ってきたかもしれない。でも、それを危険視するのは相手が僕を男だと認識していたからであって、女装をすれば大丈夫なのでは?


 と思ったのだが、二人はまだ心配そうにこちらを見る。


「女の子同士でも、そう言う関係になったりするのよ……?」

「むしろ、男の子が少ないからそっち方面に流れる人は少なくないよ」


 言外に、お前は知らないだろうがみたいなニュアンスを含んだ言葉が飛んできた。

 なるほど、百合を警戒しているという訳か。例え女装しても、逆にそっち方向で狙われる危険性もあると。


 でもそう言う細かいことまで気にし始めたら何もできないよ?


 そう言う可能性もあるかもしれないが、でもそれって微々たる可能性じゃん。というか、女装姿の僕を好きになってアプローチしてくる人は僕が男だと知ったら興味を失うでしょ。


「まあ、男らしい格好するよりかは何十倍もマシでしょ」


 僕がそう言えば、二人も反論は出来ないのかそのまま口を閉ざしてしまった。


 これにより、父さんの同意も得られたわけだし、この家庭における僕の女装は大義名分を得た。

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