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閑話 矢吹彩夢から見た兄

 私には、一人の兄がいる。私よりも二つ年上で、こういうのも何だけど、かなり変わっている。


 私の家庭は非常に恵まれていて、お母さんもいるしお父さんもいる。これだけで勝ち組と称されるくらいには恵まれているのに、更に兄まで存在するなんてどれだけ欲張れば気が済むのかと友達になった人には必ず言われた。


 しかも、私の家庭は全員非常にビジュアルが良い。お母さんはおっとりとした雰囲気で優しそうな美人だし、胸も大きい。お父さんはびっくりするくらい背が高くてキリッとした顔のイケメンだ。そして、お兄。

 

 芸能人なんか目ではないほどに整った顔つきは最早芸術作品。男であるというだけで希少価値なのに、これほどの美貌を持っているなんてここまで来たら何かの間違いで生まれてきたのではないかと思うほど、神様の最高傑作なんて過言ではないくらいには綺麗な人だ。


 男らしさはあまりないけど、中性的で綺麗と称するしかないほどの美貌は見る人を放心させる。


 そんな家庭に生まれた私にとって、兄も父もいるこの環境は当たり前で当然の物だった。世間の人たちには父もいるのだろうし、兄弟もいるのだろうと信じて疑っていなかった。


 決して自慢とかでは……まあ5割くらい自慢だけどそれくらい私にとっては当たり前のことだった。


 それが当たり前ではなく、何なら異常なのだと知ったのはそれから数年経った小学生の時だった。幼稚園時代から薄々となんとなーく察してはいたけれど、小学生になって初めて自分の家庭がどれだけ珍しい物なのか、そういう事実として自分の中で飲み込むことができた。


 父もいて、兄もいる。しかも全員美形。ここまで来ると何か作為的なものを感じるけれど、それでもいい。何があろうとみんな私の自慢なのだ。


 さて、話を戻してお兄について。そんな珍しい、異常とも言える家庭にあってお兄は尚変わり者だった。幼稚園や小学校にいる男子とは比にならないくらい誰とでも分け隔てなく接するし、何より対応が大人だった。


 昔から私に対して優しかったお兄だけど、あまりに精神年齢が早熟だったのか偶に父性を感じることもあった。でも、そんなお兄が私は好きだ。勿論、家族として。


 そんなお兄の異質さは、学校という集団生活の場では目立つ。私は学年が違ったからよく分からないけど、噂として私の耳に流れてくるのはお兄があまりに美形すぎて、しかも誰にでも分け隔てなく接するという普通の男子とは全く違う、今日日創作物の中ですら見ないほどの男の子の存在に周りは圧倒されていたというものだった。

 

 お兄を一度でも見てしまった人は、その圧倒的なオーラと性格によって思考がフリーズ状態に陥る。そうして意識を取り戻した時にはお兄の隣にいることが恥ずかしくなって何も喋れなくなる。


 恋愛にあまり頓着が無い小学生の時からそんな噂が私の耳に届くくらいなのだ。


 私が中学に上がれば、お兄は三年生になったばかり。その頃には学校中に暗黙の了解が広がっていた。曰く、お兄の存在は絶対不可侵領域(アンタッチャブル)であり、誰も手を出してはならないというものだった。


 多感な時期の中学生たちにとって、他の男子とは違う分け隔てのない態度、気負うことなく話すことができて、偶に笑顔を浮かべてくれる男の子。そして何より驚くほど顔が良い。そんなお兄の存在はあまりに衝撃的で、そして今まで見たことのないタイプの、自分たちの常識が全く通用しない人間だった。


 その結果として、全員にとっての理想の王子様であり誰もアプローチをかけてはならない絶対の聖域(サンクチュアリ)として中学の女子の間では暗黙の了解となった。


 お兄はみんなの王子様で、誰かの物にはなってはならない。必要以上にお兄にアプローチしようとすることはNGとされ、お兄側から話し掛けられるか委員会や授業中など話すことが必要な時を除いてお兄との接触のチャンスはない。


 妹の私が言うのも何だけど、まあそうなってもおかしくはないかなとは思う。それだけお兄は異質だったのだ。


 そして、当のお兄本人はと言えば友達ができないことに苦心していた。お兄の性格は既存の男子全員を置いてけぼりにするほどの衝撃で、あまりに大人びていた影響か同性の友達もできなかったのだとか。


 そうして孤高の存在となったお兄は中学を卒業後、何を思ったのか女装をすると言い出した。


「高校デビューとして女装をしようと思ったんだよ!」


 と、お兄は私とお母さんに宣言した。理由としては、周りからの視線が圧力となって少し過ごしづらいからというものだった。なるほど。確かに人伝でしか聞かなかったけど中学であんな扱いをされてきたら周りからの視線が鬱陶しくなるのも仕方がない。


 そう思って納得した私は、お兄の女装姿を見てそのあまりの完成度に思考が止まった。


 私には、姉がいたのかもしれない。そう思うほどに女の子としか見えないお兄の姿は妹ながらに何か未知の扉を開かれそうになった。


 お父さんは感心していたし、お母さんはあまりの完成度に興奮していた。そして、私は驚きながらこうも思った。高校でお兄と同じクラスになる人は気の毒だなと。


 確かに完成度は高いし、びっくりするくらい綺麗な女装姿だった。最早女子としか見えないくらいには。そして、その影響もあってか男子としてのお兄のオーラがかなり抑えられている。


 お兄のお兄たる本領が見れない。同じクラスにいながら男としてのお兄を知らない。それが気の毒に思えて、でも、知ってしまったらもう二度と戻れないことを思うと逆に幸運なのかもしれないなんて。


 まあ、何にせよ高校に入学したお兄が入学初日から友達を作ることができたと喜色満面の笑みで教えてくれた時にはお兄の努力が実ったようで私も嬉しかったけど。


 これからお兄がどうなっていくのか私にも分からない。


 でも、これだけは確実に言える。お兄は私にとって誇りなのだ。確かに変わり者だけど、それは悪い意味ではない。性格は良いし、ちょっとズレた常識を持っているだけの王子様。


 それが、我が家のお兄への認識だ。


 

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