18話 新たな知り合い
最近思う。女装姿が板についてきたと。
女装とは、格好だけそれっぽくとも肝心の僕自身が女性らしい仕草を出来ていなければいけないのだ。例えば、日常のちょっとした行動から男女の差は出る。
とはいえ、貞操逆転世界と言うことも相俟って僕の価値観から見た男性らしさがこの世界では一部女性らしさと捉えられていることもあったりする。
男なんだから堂々としろとか、男の子なら我慢しなさいとか。そういうステレオタイプがこの世界だと女の子ならもっと堂々としろみたいな傾向になったり。それが良いことなのか悪いことなのかは深くは語らないでおくけれど、そういった要素もあって意外と普段通りでもなんとかなることが多い。
しかし、それだけでは誤魔化せない要素というのもある。価値観が違っているとはいえ、やはり性別そのものが変化したわけではないのだ。
男性ホルモンの機能が弱いということこそあれど、肉体に備わっている機能や大枠の骨格自体が前世と乖離しすぎているなんてことはない。
まあ、でも僕からしたらこの世界の男性も結構丸みがあると思うけど。
だけれど、やはりがに股で歩くなんてのは論外だし、ガサツで大振りな態度はあまり取らない。全体的にこじんまりとした感じを意識するのが良い。
これは僕が女装するうえで意識している点だ。
そんなことをひと月近く心がけていると、日常生活の中で自然と崩れた髪を整えたり……いやまあこれは男女関係ないか……あとは、しゃがむときに足を揃えるとかそういう細かい仕草も自然とできるようになってきた気がする。
僕は基本的に、プライベートとそうでないときで男女のペルソナを分けて生活しているけれど、ふとした瞬間に癖で女装時の仕草をしてしまう時があったりする。これは逆も然りなので、結構気を付けなければならない所だ。
そんなことを考えながら、僕は一人昼の街を散策している。
見渡す限り女性だらけだが、偶に男性も見られる。基本的に誰かと一緒に歩くことが多いのが男性だが、極稀に一人でいたりもするのだ。
ナンパとか、下手したら強姦とかの被害に遭う可能性もあるのであまり推奨はされていない行為なのだが、それはそれとして大衆の監視下にある故意外と安全性はある。過ごしやすいかは置いておくけれど。
やっぱり、この姿だと周りの人との距離が近く感じる。というか実際近い。男性として過ごしている時よりも顕著だ。そろそろ慣れてきた頃合いかなと思って外に出てはみたものの、学校以外に女装姿で出かける経験があの時彩夢と一緒に出掛けた時くらいなので、意外と慣れていなかった。
心地よい春の陽気と雲から覗く太陽に照らされて、僕は街を歩く。ここら辺は駅が近く、色々と施設が充実していて暇になることはない。ショッピングモールやアミューズメントパークなどの大型施設もあるし。
「ま、一人で来るようなところじゃなかったけどね!」
例え街を歩くだけとは言え、こういう所に一人でやってくると一抹の悲しさが僕を襲う。星野さんとかめるちーを誘えばよかっただろうか。
でも友達を遊びに誘うのってどうすればいいのか忘れてしまった。遠い記憶ではちゃんと連絡できていたと思うんだけど、15年という月日は重いね……。
手持無沙汰になりながら、僕はショッピングモールへと足を運んだ。スーパーからゲームセンター、映画館にフードコートなど幅広い種類の店が内包してある典型的なショッピングモールである。
特にやることもないし、とりあえずゲームセンターで何か良さげなクレーンゲームでもあったらプレイしようかななんて考えながら足を動かす。
クレーンゲームのラインナップって、基本的にフィギュアかお菓子だよね。あとぬいぐるみ。クレーンゲームをしてまで欲しい物があるかと言われると、僕としてはちょっと首を傾げそうなラインナップ。
クレーンゲームそのものを楽しむ人が多いのは否定しないけど、僕としては家でコンピューターゲームをしたり、カードゲームで遊ぶ方が性に合っていたりする。
だけど、折角なら数回くらいやってみようとなるのがクレーンゲームだったりする。もしかしたら取れるかもしれない。リスクとリターンを天秤にかけて行うのがゲームだと、どこかの偉い人が言っていた。
ということで、僕はそんな偉い人が作り上げた偉大なまんまるピンクのキャラクターのぬいぐるみに挑戦しようと思う。銀河レベルの危機を何度も救っている偉大なお方だ。
100円を投入口に放り込み、対戦よろしくお願いします。
一度目、アームがぬいぐるみを掴むも出口に届く前に落ちてしまい失敗。ならばテクニカルにタグを狙って取ろうと画策するも、素人の浅知恵では成功せず失敗。であれば足に引っ掛けて良い感じにクレーンで持ち上げられる形を狙おうとするも、やはり失敗。
ここで止めておくのが無難か。いやしかしここまで来たのだ。ゴールまではあと少し。いやだが、ここから沼りに沼って十回くらいプレイすることになるかもしれない。
色々と考えた結果、僕は結局戦略的撤退を選択した。取れたとしてもそれなりのサイズだから持ち帰るときに少し苦労するだろうなんて尤もらしい理由付けを行うことでダメージを最小限に抑える。
べ、別に悔しいなんて思ってなんかないんだからねっ!
さて、じゃあ次はどうしようかななんてことを一度立ち止まって考えると、ふとさっきまで僕がプレイしていた筐体で景品を見事ゲットする一人の女性の姿が見えた。
一度のプレイで見事手に入れている手腕は天晴としか言いようがない。かなりボーイッシュで僕よりも背が高い彼女は、取れた景品を手に取りキョロキョロと辺りを見回していた。
一体どうしたのだろうかと思って、僕も彼女の姿を自然と目で追う。すると、辺りを見回していた背の高い彼女は僕の方を見るとまるで探し物を見つけたみたいな目つきになり、こちらに小走りでやってきた。
一連の流れに何が何だか分からない僕は、呆然としたまま彼女の到来をアホ面で眺めている。
「はい。これ、欲しかったんでしょ?」
そう言って手に持ったピンクの戦士をこちらに差し出してくる。さわやかイケメンでこういう人こそ王子様系って言うんだろうななんて呑気な感想が僕の脳裏を過る。
「え、えっと……。ありがとうございます……?」
初対面の人に話し掛けられて、あまつさえ欲しかったぬいぐるみを手渡されるなんて経験を前世通してしたことがない僕は何が何だか分からないまま流れに身を任せてとりあえず受け取った。
「凄く欲しそうにしてたからさ、もしかして迷惑だった?」
「いや……そんなことは無いですけど……。そんなに欲しそうにしてました?」
「うん。ゲーム中ずっと表情が動いていたからすごく分かりやすかったよ?」
そ、そんなにか……。いや自分では分からないものだねこういうのって。
とはいえ、くれるのならばありがたく貰っておくのが僕の流儀だ。折角僕のために取ってくれたのなら受け取るのが礼儀だろう。
「ありがとうございます」
「構わないよ」
そう言って、その場は解散。となることを見越していたのだが、目の前の彼女は未だに動こうとしない。何か用でもあるのだろうかと思い聞いてみると、少し狼狽えてから答えてくれた。
「えっ……。いや、多分同じクラス……だよね?」
「……え?」
どうやら、向こうは僕のことを存じているらしかった。彼女が言うには同じ学校の同じクラスなようだが、すまない。人の名前と顔を覚えるのは苦手なんだ。
言われてみれば見覚えが無くはないかなと感じる目の前のイケメン女子を見ながら、僕はそんなことを考えるのだった。
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