14話 同性のよしみ
女装をしながら男性っぽい態度を取ると言う何がしたいのか分からないことをした。あの時、教壇で何やら資料を整理していた担任の武川先生は信じられないようなものを見る目でこちらを見ていた気がする。
まあ、女装して登校するような奴が今度は女装姿で男性ロールプレイ(ロールプレイではない)をすれば目を疑うのも分かるけど。
現在僕は一人で学校の敷地内を徘徊している。星野さんとめるちーとは別行動だ。
目的は二つ。この学校の構造を理解することと、それに伴い人気の少ない場所を把握することである。この学校は意外と生徒数が多く、敷地も広い。そのため自然と普段人があまり使用しない隠れた名スポットなどがあるのではないかと勘繰ったのである。
そして、僕の本来の目的はもう一つ。
「……いた」
人気の少ない校舎裏にあるベンチで一人ボーッとしている人を発見した。僕はその人に向かって手を挙げて挨拶をする。
「こんにちは」
そう言いながら近づけば、向こうも僕の存在に気付いたのか視線をこちらに向けた。すると、僅かに目の端がピクリと動く。どうやら少し警戒されているようだった。
それも仕方ない。僕が彼の立場だったら僕も警戒はしているだろうからね。
「君は、誰だ?」
「はは。まあ流石に分からないか」
薄々察していたかもしれないが、僕が会いに来た相手は百橋君である。僕たちのような男は自分が落ち着いて過ごせる場所を探す傾向にある。だから、僕の嗅覚を用いて人が少ない場所を特定することができれば、今クラスにいない百橋君を探し当てることができるのではないかと考えたのだ。
結果はこの通り成功だ。
周りに人がいないことはあらかじめ確認しているので万が一にもここを見られることは無いだろう。もし見られたとしても大丈夫なように今の僕は男性の格好をしている。
男物の制服を着用している訳だ。おかげで周りからの視線が凄まじく増加したけど、体感する人口密度はとんでもない勢いで減少した。あと、安心してほしいのはちゃんと誰にもバレない場所で着替えているから星野さんやめるちーにバレているなんてことは無い。
そんな僕だから、百橋君は僕を見ても誰だか分からないのだろう。まあそもそも、女装姿の僕を覚えているかも分からないんだけどね。
「僕は矢吹時雨。君のクラスメイトだよ」
「は……?え、いや、お前みたいな人知らないぞ……?」
「そりゃそうだろうね。僕は普段女装してるから」
さも当然かのように僕は女装をしていることをカミングアウトする。
そんな僕の発言が理解できなかったのか、百橋君は背中に宇宙を背負った。まあ、クラスメイトが女装していたなんて衝撃的な事実は咀嚼するのに時間が掛かるか。
「……確かに、名前は聞いたことがあるし、なんとなく見覚えもあるが……」
「ま、そういうことだよ。クラスに同性がいると分かった方が気持ち的に楽でしょ?僕は女装することで周りの視線を減らしていい感じに生活してるけど、その分百橋君の負担が大きくなってるんじゃないかなって思ってさ」
「……なるほどなぁ。その感じ、本当に男で間違いないな」
「どういうこと?」
「男装している女って可能性もあるだろ?」
「……僕、そんなに女の子に見える?」
「ああ」
「……そっかー」
中性的とは自分でも思っていたけれど、男装している女だと警戒されるほどには僕を見た目で判断できないということなのだろうか。なんか嬉しいのか悲しいのか分からない気持ちになってきた。
「だけど、周りからの視線という煩わしさが理解できてるなら男なんだろうな」
「必要なら見る?マイエクスカリバー」
「アホ言え。誰が好き好んで男のソレなんか見たいんだよ」
ま、そりゃそうか。……それにしても。
「百橋君ってやっぱり強気な性格なんだね。男子にしては珍しいというか」
「ああ。まあ俺は昔からキス魔に襲われてきたからな。こういう風に育ってきたって訳だ」
「キ、キス魔……?」
「姉だ」
「ああ……」
心中お察しするよ。
「あいつに対抗しているうちに口調が荒くなっちまったって感じだな。まあ、今となってはこれが嫌だとも思ってないが」
「まあ、口調が荒い男性っていうのも珍しいからね。一定数の需要はありそうだけど、一般的な女性からは受け入れられなさそう?」
「別にそんなことは無いぞ?意外性があって良いっていうような奴なんか山ほどいる。男女比1:10の世界なんだ、男ってだけでモテるんだよ」
そう言ってため息を吐く百橋君。聞き方によっては嫌味にも聞こえるけど、彼の声音からは疲労と呆れが感じられた。彼もまた、この世界で揉まれてきた一人なのだ。全く嫌味に聞こえない。
「それにしても女装か……。妙案だな」
「でしょ?」
「ああ。と言うことは、幻の16人目ってのはお前か」
「……それ、百橋君も知ってたんだ」
「まあな。一人でいると色々と聞いてもない話が耳に入ってくるんだよ」
「気持ちは分かるよ。僕も今までは女装なんてしてこなかったし、普通に男として生きてきたからね」
というか、百橋君に幻の16人目っていう噂が流れていたのが意外だった。そうなんだ……。そこまで流れ着くくらいには有名になってるんだ幻の16人目。
「なんにせよ、矢吹が男だって分かって少し安心した。同性が一人もいない中で一年過ごさなきゃいけないのかと軽く絶望してたからな」
そう言われて、僕は少し考える。
同性が一人もおらず、僕以外の39名が全員女子で構成されたクラスを。確かに軽い地獄だった。いくら僕が女性が好きだと言ってもそんな環境に身を置きたいなんて考えないし、少しもリラックスできないと思う。
「百橋君も軽口を言い合えるくらいの友達は作った方が良いんじゃない?たとえ異性でも気が合う人が居るかもしれないよ」
僕は女装姿のままだからびっくりするくらい容易に友達を作ることができたけど、男である百橋君に女子たちは安易に手を出そうとしない。ならばこちらから向かっていくしかない。
「そうか?なら、矢吹が紹介してくれ」
「えーっと……?」
「矢吹が大丈夫だと判断した相手なら俺も一度は話をしてみようと思える」
いやそんなまるで女子が全員奇人みたいな……。
「まあ、それで百橋君が納得できるなら紹介してみようかな」
めるちーを紹介してもいいものかという疑問はあるけどね。
「ああ。そうしてくれると助かる。時期はいつでも構わない。矢吹の都合がいい時に連絡してくれ」
「オッケー。あ、そうだライン交換しようよ」
「ああ。そうだな」
そうして、僕と百橋君は連絡先を交換した。
折角百橋君のアカウントを手に入れたし、クラスラインにも招待しようかなと思ってその旨を彼に聞いてみる。
「俺は構わないが……。そんなことして大丈夫か?お前はクラスメイトの間では女子として通ってるんだろ?俺との連絡先を交換したなんてクラスに知れ渡ったら大変なことになるんじゃ」
「……確かに!」
「クラスラインなんて大した連絡しないだろ。もし何か大事な連絡があったら矢吹が俺に伝えてくれ」
「分かった。そうするよ」
そうして、僕たちは会話を終えて各々教室へと戻ることになった。僕は一度着替える必要があるから百橋君と一緒という訳にはいかない。
そんな中、百橋君は最後に一言僕に告げた。
「ありがとな。お前が男だって言ってくれて、おかげで少しは気が楽になった」
少し笑顔でそう言う百橋君に、僕もつられて笑顔を浮かべる。
「いいってことよ。同性のよしみだからね」
こうして、僕は人生で初めての同性の友達を手に入れることができた。
最近友達出来すぎてる気がする……!怖い!
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