11話 自己紹介
入学式を終えて、初めのLHRでやるべきことと言えば、自己紹介である。
若い僕たちの担任の女性教師――武川朱蘭先生が教壇に立ち、今日の流れを一通り説明してから、
「じゃあ、特に捻りもなく出席番号順に自己紹介してもらおうかな」
という流れとなった。
僕の苗字は矢吹で、出席番号だと36番なので順番としては最後の方となる。出席番号が後の方だとこういう時に便利だ。誰かが言っていたが、最強の苗字が渡邊だというのもあながち間違いではないのかもしれない。
しかし、先生側も何やら色々と用意してくれているらしく、自己紹介カードなる紙が一人一人に配られていく。
小さな紙切れだが、名前や出身地、好きな食べ物や趣味などを書く欄が存在しておりそれを元に自己紹介をするのだとか。
一人一人席を立って自己紹介することは変わりないけど、こういう原稿があると発表が苦手な人も少しは気負わずに発言できるし、この自己紹介カードは教室の後ろに掲示されるらしい。
なんか、そう言われるとあんまりふざけられないよね。
こういうものを書くときにふざける男子とか前世では必ずと言って良いほどいたものだけど、この世界の女子はそんなことするのだろうか。
まあ、人によってはするか。
えーっと何々……。
名前と誕生日、好きな物。趣味に、今まで楽しかったこと?
結構色々と書くところが多いな。紙の大きさ的にはそんなに量は無いと思ってたんだけど……。
ふと、隣に目を向ければ星野さんが黙々と自己紹介カードに記入している。
星野さんは真面目だねぇ。まあ、かつてはかなり引っ込み思案で人見知りが激しいと言っていたし、素の性格がそういうタイプなのかもしれない。
というか、星野さんは大丈夫だろうか。
人前で自己紹介をするなんて彼女にとってかなり高いハードルなのではないか……?
と思ったけど、チラッと見えた星野さんの横顔に緊張はあまり見られなかった。僕はそのことに一安心する。確かに、かつては人見知りだったのかもしれないけど、今は違う。
今の星野さんは高校デビューを果たし、人見知りを克服した(多分)スーパー星野さんなのだ。まあ、僕はスーパーじゃない星野さんのことは知らないんだけど。
そんなことを考えるよりも自分の心配をした方が良いね。僕だって人前で喋ることは得意じゃないんだ。目立つことは何より避けたいことの一つとして数えられるほどにはプレッシャーに弱い。
うん。考えれば考えるほど心臓の鼓動が早くなってきたから余計なことは考えないようにしよう。そうしよう。
「それじゃあ、そろそろ時間だし自己紹介を始めて貰おうかな。……じゃあ、出席番号一番の人から順にお願いね」
そうして、武川先生の合図とともに自己紹介は幕を開けた。
トップバッターは廊下側の一番前の席に座っていたゆるふわな雰囲気を醸し出している女子生徒だ。ぽやぽやとした表情とふわふわとした雰囲気で見ているとちょっと眠くなりそうなゆったりペースが特徴的な子。
「朝留芽瑠で~す。誕生日は12月12日で~、趣味は人間観察。好きな物は男の人です。スリーサイズは上から83・56・80で~す。好きな男のタイプはあたしと一緒にいて笑ってくれる人。これからよろしく~」
初っ端からとんでもない情報が暴露されてるんだけど。
癖の塊みたいな人じゃん。最後の二つの情報があまりにもとんでもなさすぎたけど、趣味の人間観察もまあまあ人に言うような事じゃないからね……?
あれ?これって高校生活最初の自己紹介だよね……?
もしかして、僕間違って合コンの会場にやって来たとかそんなことは無いよね……?
でも、言ってることが酔っぱらいのそれだったよ。もしかして、僕が異端だったりするのか?この世界だと自己紹介にスリーサイズと男の好みを言う文化があったりするのか……?
そう思って隣を見てみれば、星野さんは目を丸くしていた。
よかった。少なくとも星野さんが驚いていると言うことはあの朝留さんの方が異端だったと言うことで問題ないだろう。
そりゃそうだよね。だって、中学時代に自己紹介で出合い頭に自分のスリーサイズを暴露してくる人とかいなかったもん。
っていうか結構綺麗なスリーサイズしてんな。
もしかして自分に自信ネキだったりするのだろうか。あの雰囲気で。
最初のインパクトが強すぎて、脳がフル回転で考え事をしてしまったがそんなことをしている間にも朝留さんは席に座り、次の人の番がやってきた。
「阿見寺凜々花です。誕生日は7月27日、趣味はバスケットボールです。今まであった楽しかった出来事は、中学時代に隣の席になった男の子と放課後に一緒に勉強した事です!」
その瞬間、室内はざわめきで溢れた。
そんなことあり得ないと自身の境遇と照らし合わせて絶望する者、今聞いた事実に耳を疑う者。そんなことどうでもいいだろと言わんばかりにため息を吐く百橋君。
武川先生ですら、阿見寺さんが言った楽しかった出来事に衝撃を受けて目を見開いている。貴方は進行してくれ頼むから。
ば、バカな……。そんなことあるはずがない。不条理だ、この世は不合理だ……!
乙女たちの悲痛な叫びがクラスを包む中、当の阿見寺さんは満足げにドヤ顔を浮かべていた。どうだ私はこんなことをしたことがあるんだぞとマウントを取っている。
カオスだよ流石に。
確かに、君たち女子にとって男子と放課後まで一緒に居残って勉強をするなんてシチュエーション喉から手が出るほどに欲しい物なのかもしれないけど、多分だけど気がある人にしかしないと思うよ?
阿見寺さんはドヤ顔できるほどには、その男子に好かれていたのか、それとも何かやむにやまれぬ事情があったのかのどちらかだろう。
ぶっちゃけ、僕としては至極どうでもいい。というか、ドヤ顔してないで早く自己紹介を終わらせて次に移ってほしい。
しかし、横にいる星野さんはどうやらそんなシチュエーションに憧れがあるのかボソッと「いいなぁ」と呟いていたのが僕の耳に届いた。
初恋の人とのそんな関係ができたらと考えているのだろうか。
なんだか、そんな星野さんの呟きが僕の耳を離れなかった。純粋な乙女とはこういう人のことを言うのだよ。とはいえ、星野さんは凄くいい子なのでいつか彼女の願いが叶ったらいいなと思いました。
そんなこんなで自己紹介は進み、これまで自己紹介してきたクラスメイトの約半数が自己紹介中に男子のタイプを言うという珍妙な出来事が発生し、戸惑った僕が居てもたってもいられず、隣の席の星野さんに。
「好きな男子のタイプって自己紹介だと定番だったりするの……?」
という率直な疑問をぶつけることもあった。
返答としては、それなりにポピュラーだけどこういう場ではあまり話題にならないものだと言うことだった。そりゃそうでしょ。そういうのって内輪でやるから盛り上がる話なのであって、見た目的には一人とはいえ男がいる所で話すことではない。
そうして、自己紹介は遂に百橋君の番にまで回ってくることになった。




