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1話 名案

 男女比が狂い、女性が男性に対して積極的な世界。それこそが、貞操逆転世界である。

 男性の出生率が致命的なまで下がり、世の中は女性で溢れている。男性が少ないことによって、女性たちは亡者の如く男性を求めている。


 そんな、オタクと童貞を拗らせてしまった人間が考えたような頭の悪い世界が貞操逆転世界である。


 でも仕方ない。我々男はそう言う頭が悪いシチュエーションというのが大好きなのだ。女性が好きな男性ならば、ハーレム願望は誰もが少なからず持っているものなんだ。異論は認めない。


 そんな貞操逆転世界に転生してしまった男が僕こと矢吹時雨(やぶきしぐれ)である。


 男女比1:10の日本。文明レベルは前世と大して変わらず、文化だけが相応に変化した日本に生まれた。


 貞操逆転世界に転生。創作としてはマイナーなジャンルではあるが、前世でも一定数嗜まれていたジャンルである。だが、それが現実になってしまっているのだから、世の中何が起こるか分からないものだ。


 男として生まれただけでチヤホヤされ、周りからは色んな感情を内包した目線を向けられる。

 生まれて数年は内心舞い上がっていた。てんてこ舞いである。わーいやったーモテモテ人生確約だー。ハーレム王だ勝ち組だー。とね。


 でも実際、数年この世界で過ごしてみて分かったことがある。女子たちから向けられる大小様々な感情を内包した眼差し、優越感と自己肯定感が指数関数的に上がっていくような、ゲームでスコアアップした時のような軽快なサウンドを幻聴しながらの生活は、正直過ごしやすいか過ごしにくいかで考えれば、過ごしにくい。


 いやいや何を言っているのかと。お前はバカかと。アホかと。


 存在しているだけでチヤホヤされるような奴が何を甘えたことを言っているのかと。お前は黙って酒池肉林していれば良いのだと。

 女性に抵抗がない男なんてこの世界では希少なんだから、さっさと手を出しまくって国の未来のために人口を増やせと。


 そう言いたい気持ちは分かる。


 だが、敢えて言わせてもらおう。黙れと。


 確かに、贅沢なことを言っている自覚はある。僕の立場はあまりにも恵まれている。恵まれすぎている。


 この世界の人々は皆見目麗しい。男性が少ない中、選ばれるために進化してきた結果なのだと偉い人は言う。


 だけど、やはり初対面なのだ。初対面の人たちに、そう言う目を向けられるとさすがに恐怖の方が勝つ。襲われないとも限らないのが、より一層恐怖を煽っている。


 自己肯定感と優越感は、この世界に転生してこれでもかと言うくらいには鍛えられた。だが、それとこれとは話は別だ。

 僕は前世通して女性関係が無かった。女性との接し方など、全く以て分からない。


 僕はナードなんだ。初対面の人とうまく話せる技術もなければ、勇気もない。部屋の中で一人、画面と向き合って口角を上げることが生きがいの人間だったのだ。

 そんな人間が、貞操逆転あべこべ世界に転生したところで本質が変わるわけでもなく。異性からの好奇の視線に耐えられるような精神性は持ち合わせていなかったのだ。


 悲しいけど、これ現実なのよね。


 そろそろ高校に入学することになるこの時期。今まで様々な女子からのアプローチを受けてきた。小学校時代は、まだ異性との恋愛というのに疎い年齢だったからマシだったものの、中学に入ると途端に変貌した。


 年がら年中好奇の視線に晒される。まあ、過ごしにくいったらありゃしない。僕のような陰キャにはそれはきつかった。嬉しさ半分、恐怖半分って感じだろうか。


 慣れも出てくるが、辟易してしまうのもまた事実。


 と言うことで、僕は考えた。

 この貞操逆転世界における、賢い生き方とは何なのかを。

 

 僕は足りない頭で精いっぱい考えた。この貞操逆転世界において、賢い生き方とは何なのか。

 そして、僕は一つの結論にたどり着いた。


 そう、それすなわち――。



 女装である!



 この時ばかりは、自分のひらめき力を褒め称えるほかなかった。それくらい、あまりにも完璧すぎる手段だと思ったのだ。

 他人からの視線に苦労しているのであれば、視線を向けられない外見をすればよい。木を隠すなら森の中。そう、単純なことだったのだ。


 今世における僕の外見は、客観的に見てかなり中性的だ。これは前世の美醜感覚を備えている僕が言うのだから間違いない。格好次第では女性と間違われることだってあるくらいだ。


 これだと。僕の脳内CPUがはじき出した結論は、あまりにも完璧なものだった。


 まるでパズルの最後のピースがピッタリ嵌った時のような快感が僕の体を伝った。


 それに、僕自身女装に忌避感は無い。というか、ちょっとやってみたさはあった。オタクならば、一度は美少女に生まれ変わりたいと考えたことがあるのではないだろうか。ないとは言わせない。


 知的好奇心というやつである。


 性別自体に変化はないが、外見だけでも美少女になれるのであれば誰もがなりたいと思うはずだ。この世界の男性は、言い方は悪いがなよなよとしている人たちが多い。


 これは、そもそも価値観が前世と逆転しているから筋骨隆々な男性よりも守ってあげたくなるような弱々しい男性の方が好まれやすいという単純な理由と、そもそも遺伝子的に男性ホルモンが弱いという生物学的、精神的な二つの要因からそうなっているらしい。


 偉い人の言うことは僕にはあまりよく分からない。だから、現実をありのまま受け止めることしかできない。


 そうしてありのまま受け止めた結果が女装である。僕は中性的な見た目をした人間だ。容姿だって一般的に見て優れているはずだ。前世の価値観と照らし合わせても的外れではないと思う。

 

 木を隠すなら森の中。


 貞操逆転世界に、前世の記憶を持ったまま転生するという非現実的であまりに贅沢な経験をした僕は、一度口直しの意味も込めて女装をする。


 甘い物ばかりではなく、偶には酸っぱい物も食べたい。


 一言で言うならば、こう言うことなのだ。


 長々と理由付けをしてきたが、一番の理由はやはり単純な知的好奇心。これに尽きる。

 僕という主観的に見ても女装適性が高い素材を生かすとどうなるのか、女装をすることでこの世界で安心して生活することができるのか。


 対外的で尤もらしい理由付けもした。それが虚飾であるわけでもないが、なんか考えれば考えるほど純粋な興味の方が上回ってくる。


 モテモテ人生に不満があったわけではない。


 はっきり言おう!僕はモテた!

 

 だって美少年だもん。文句のつけようがない美少年だもん。それは仕方がない。これは事実だ。それは揺るがない。でも、やはり美少年には美少年の悩みというのもある!これは別にマウントを取っているわけではない。純然たる事実である。


 それに付随する精神性がクソ雑魚ナメクジだっただけだ。泣きそう。


 もっと強靭な精神が宿っていれば、女性経験なんてそりゃもう凄いことになっていたのだろうと思う。でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ……。


 それで編み出したのが、この女装という案である。


 貞操逆転世界で賢く生きるには、女装をすることが最適解。そう僕は思っている。こればかりは間違っていないだろう。

 だって、考えれば考えるほどに女装して生きることにメリットがある。僕のことを同性だと思われることで、異性との接し方を学ぶことができる。過剰な視線に悩まされない。僕自身が女装に興味がある。


 これこそWin-Winならぬ、Win-Win-Winの関係だ。


 さてさて、思い立ったが吉日という諺がある。先人の知恵に則って、早速女装に必要な物を揃えることにしよう。僕の高校デビューは女装から始まるのだ!

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