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7.王子と魔法使い

「これで、私の肩の荷もおりました」

 紅玉が二人を見て言う。

「私が、あなたに提案を求めなければ、呪いという結果にはならなかったから」

 ずっと、ずっとあなたには申し訳ないと思っていました。

 紅玉が夜露に言う。

 あなたが、優秀な魔法使いだと知っていたから頼ってしまったと紅玉は苦渋に満ちた顔で言った。

 きっと彼女は、これまでの夜露の暮らしについても責任を感じてしまっているのだろう。

「王子の呪いはとけました。

けれど、呪いは二人の体の奥底に絆という形で残っています」

 それは、長い年月をかけて少しずつとけていくものだろう。

 けれど、もし夜露が誰かに害されることがあれば呪いはまたこの王国にふりかかる。

 そうこの国にいる賢者の一人として紅玉は皆に語りかけた。

「魔法使いさま、わかっております」

 野茨は頼もしい若者の笑顔を浮かべて答えた。


「この呪いは私が死ぬ時までこの体でお預かりをします。

私が天寿を全うしたとき、真の意味で呪いは解けるでしょう」

 王子然とした態度で野茨が言った。

 本当は呪いがどうなるのか、紅玉にも夜露にも誰にも分からなかったのだけれど。


* * *


 迷いの森の奥に、とある魔法使いが住んでいるという話がある。

 その魔法使いは昔は嫌われもので、けれど心の美しい王子に救ってもらった魔法使いは 二人で迷いの森で暮らしているらしい。

 心優しい王子様と嫌われ者の魔法使いは二人でひっそりと森を守る様に暮らしている。

 森が二人を守る様に暮らしている。



「本当に王都にお戻りにならなくていいのですか?」

「国には弟がいるし、魔法使い達もよく働いてくれている。

俺はここで国を救ってくれた魔法使いと迷いの森の管理をする。完璧だろう?」

 野茨はそう言いながら、夜露に笑いかける。

 城に幽閉される必要がなくなった夜露は、逃げるように王都を離れた。

 我に返った宮殿の人々がまた夜露を捕えてしまうしまう前に慌てて王都から逃げ出したのだ。

 そこに野茨はすべてを捨ててついてきてしまった。

 王子としての地位も権力も、立場も友人も家来も何もかもを野茨は手放してしまった。

「別にほしい物はすべて手に入っているよ」

 祝福されて生きているんだ。

 富だってなんだって欲しければ手に入るのは君ならよく知ってるだろう?

 野茨が夜露に言う。

「野茨は、本当に優しい」

 こんな辺境で暮らしたいと願う夜露に合わせてくれる恋人に夜露は感謝していた。

「優しすぎるのは夜露だろう?」

 魔法を使って、仕返しをしたかったらいくらでもできる。

 本来もらえるはずだった対価だって望んでいい立場のはずなのに夜露はなにも求めない。

 魔法は対価があれば使える。この国に夜露より強い魔法が使える魔法使いはもういなかった。

 対価さえあれば夜露は本当の悪い魔法使いにだって何にだってなれる。

 王国を滅ぼしてしまう事だってできてしまう。

 けれど夜露は、元通りの静かな生活だけを彼は望んだ。


 本当のところは野茨は真実を知ってしまった後、両親である国王と妃が許せそうに無かった。

 国を守ることを他人任せにし、その責任を夜露に負わせた上正当な扱いをしなかった。

 その所為で野茨が呪いを受けることになったけれど、その呪いについて偽りの噂を流して嫌われ者の悪い魔法使いだと民に信じ込ませた上に、夜露を幽閉した。

 幽閉された夜露の扱いがお世辞でも良いものとは言えないことは野茨が一番よく知っている。

 平民の様な魔法使いに不釣り合いな恰好をさせ、咎人の証の様な足枷までつけていた。

 ここへきて最初に野茨がやったことは夜露の足枷を外したことだ。

 あまりの仕打ちに自分の身内を許せそうに無い。

 足枷を外した後、足首にはくっきりと跡が残っていた。

 痛々しいその部分を野茨はそっと撫でた。

「見た目の割に痛みは無いんですよ」

 夜露はそう言うが、すでに色素沈着してしまっているそこは一生跡が残ってしまうのではないかと思う。

「魔法で消すことは……」

「対価があればできるでしょうけど、別に必要ないから」

 夜露はきっぱりと言う。

 野茨の人生とほぼ同じ期間幽閉されていた夜露の幽閉の証を消し去りたいとは思わないのだろうか。

「俺はあの日々で人と生きていく喜びを知ったから」

 しみじみと赤黒く変わってしまった跡を見ながら夜露は言う。

 これが二人の日々の証だと夜露が言うのなら野茨は受け入れようと思う。

 そっとその跡に口づけを落とすと、「夜露は足は汚いですよ」と怒っていた。


 二人で質素な暮らしを始めて、まともに食事をしたためか、夜露の顔色は今までよりもずっと良かった。

 そのことから王宮では食事すらまともに与えられて無かったのかと、野茨は内心憤っていた。


 この優しい魔法使いの幸せだけを野茨は願いたいのだ。

 彼が望むものが地位でも富でも無いのであれば彼の望んだ生活がおくれる場所に共にいたかった。

 城はおそらく、夜露にとって辛い記憶も多いだろう。

 だから、この人里離れた場所での生活は野茨にとっても願っているものだった。

 祝福があったためか二人が食べることに困ることは無いし、野茨は身の回りのことをすぐに覚えることができた。

「さて、今日は小川の方に薬草を取りに行こうか」

 野茨が夜露に言う。

「一緒に木苺も採ってきてジャムにしましょうか」

 夜露が答える。

 野茨はジャムのついたクッキーが大好きだった。

 そのことを夜露は覚えていてくれたのだ。


「やっぱり夜露は優しい」

「そんなことを言うのは野茨だけですよ」


二人は笑い合った。


「魔法使いは幸せに暮らしましたとさってならないとね」

 野茨が夜露に言う。

「それならもう――」

 夜露の言葉は最後まで言えなかった。

 野茨が夜露の唇を自分のそれで塞いでしまったからだ。

 口付けを終えると、野茨は懐から小箱を取り出した。

「婚姻の証にこの指輪を」

 野茨は言った。

 彼の手には輝く宝石の付いた指輪があった。

 夜露は少しだけ驚いた顔をした。

 それからうっすらと穏やかな笑みを浮かべて「俺はそのポケットに入っているやつの方がいいなあ」と答えた。


 野茨が最初に差し出した美しい宝石のついた指輪はこの国によって用意されたものだった。

「別に取って食う様な事はしないんですけどねえ」

 力の強い魔法使いを虐げて逃げられたため、困ってお詫びの品兼今後言うことを聞かせようとして準備されたものだった。

 きちんとした宝石が埋まっているその指輪を眺めて「王国に返せばいいのだろうか」とぽつりと独り言をもらした。

「多分あの人達は受け取りませんよ」

 野茨は言った。

 どちらの指輪を渡すか野茨は悩んでいた。

 結局最初に差し出したのは許せない両親が準備したものになってしまったのは、明らかに世間一般の価値がそちらの指輪の方があったからだ。

 けれど、愛おしい恋人はそれをみてもあまり喜びもしなかった。

 そういう人だった。結果として夜露を侮る様な事をしてしまって野茨は早くも後悔し始めていた。

 ただでさえ年下の自分はアドバンテージをとることが出来ないのに、こんなところでも失敗してしまった。

 野茨の気持ちに気が付いているのだろう。夜露は困ったように笑った後、何かの魔法を使い始めた。

「であれば――」

 夜露はその指輪を受け取ると『この国に祝福を与えましょう。他者を陥れず、見下さない。清廉な心をもちつづけますよう』そう言って夜露はこの国に対して祝福を与えた。

 それはこの国にとって本当の幸せを目指す道なのだろうと野茨は思った。

 あの父と母がそれを喜ぶかは野茨には分からないけれど。

 それにこの指輪一つではすべての行動まで縛ることはきっとできない。おまじない程度の威力になるだろう。

 夜露の手の上にあった指輪は魔法の対価としてさらさらとほどけるようにして消えた。 自分の足のひどい跡を消すのに使えばいいのに、この優しい魔法使いは……と野茨は思った。


「この指輪は消えてしまいました」

「僕が他に指輪を準備してるっていつから気が付いてたんですか?」

「さあ、いつからでしょう」


 魔法使いに隠し事は難しい。

 夜露は優し気でそれでいて甘やかな表情で笑顔を浮かべた。


 野茨はポケットに入っていたシンプルな指輪を取り出した。

 それは金色で野茨の髪の毛の様にキラキラ光っている指輪だった。


「野茨が作ったんですよね」

「なんでもお見通しだなあ」

 夜露が言った言葉に野茨が答えた。

「宝物にしますね」

 そう言いながら夜露は指を野茨に差し出した。

「愛の証に受け取ってください」

 今度は野茨は結婚の証とは言わなかった。

 それから夜露は「俺からも何かお返しがしたいですね」と言った。

「もう、もらってるよ」

 野茨は言った。

「愛するものと離れないという大切な祝福をもう夜露にはもらったよ。」

 それが一番の贈り物だよ。

 そう言って野茨は幸せそうに笑った。


 この二人に呪いがふりかかることは二度と無いだろう。

 二人はそれからも、幸せに幸せに暮らしました。


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