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6.恋した相手

 王子の呪いがついに現実のものとなってしまった。

 それは城にいる人々だけでは無く、またたく間に民に広く伝わってしまった。

 皆が美しい王子のことを心配していた。


 けれど、王子が誰に恋をしたのかが分からなかった。

 王子が倒れられたときは大層複雑な状況だったという。

 美しい姫君と一緒でも、麗しい令嬢と一緒の時でも無かったらしい。

 そのせいか、王子が一体誰に恋をしたかが全くわからない。と城の王侯貴族は皆首をかしげている。

 王子は今も眠ったように時を止めている。

 王子を救う方法は単純だ。

 王子が恋に落ちた人間が彼に本当の愛を告げればいい。

 王子に微笑まれて嬉しくない人間なんてこの国にはいなかった。

 誰だかが分からなくても王子が目を覚ますのは簡単じゃないか。


 最初にそう思った人間は多かった。

 王子のことを心配している人間も多かったけれど、時間が解決してくれる。皆そう思っていた。

 けれど、どうも上手くいかないらしい。


* * *


「なんでこの蔓、あなたからも離れないのよ!」

 紅玉が蔓を引っ張りながら言う。

「君の魔法がなにか性質が変化したんじゃないかい?」

 夜露は涙を浮かべながら答える。

 茨は王子を守る様に取り囲まれているので王子の体は無事だが、夜露の体は棘に貫かれて血が流れている。

 夜露は魔法使いだ。

 別にこの程度のことで死にはしないが痛いものは痛い。

 茨を引きはがそうとしたけれど、理由は分からないけれどその茨は全く夜露から引きはがせないのだ。


 いっそのこと夜露を切り刻んで王子から引き離す案も出たが、「呪いが発動してしまった以上、それの引き金になった魔法使いを殺すのは王子が危険になる」と紅玉が強硬に反対したためそのままになっている。

 王子が最後に言った言葉が夜露の頭の中で何回も反響している。

 彼がなぜあんなことを言ったのか、意味が分からなかった。

 恨まれるならまだ理解できるけれど、本望だなんて意味のわからないことを言われるとは思わなかった。

 あなたを絶対に許さないと言われた方がまだ理解できる。

 本望だというのは嫌味の一種なのかもしれないけれど夜露には理解できない言葉だった。

 周りの人間もどうせ恨み言を言われたのだろうとその内容を聞かれることも無かった。


 王様達は慌てて、王子とあったことのある年頃の令嬢を集めて、一人ひとり王子の前で愛の告白をさせていた。

 令嬢達は頬を染めながら王子に愛を伝える。

 王子のまぶたは開かない。

 茨もただそのままだ。

 呪いは呪いのままそこに残り続けている。


 令嬢達は嫌悪感のこもった目でチラリと夜露を見る。

 当たり前のことなのだろうが、そのせいで夜露の胃のあたりがキリキリと痛む。

 呪いの元凶と被害者が共にいること等普通許されるはずが無いだろうと夜露も思う。

 夜露の心と体は疲弊していく。

 けれど、夜露にできることはそっと王子を子供のころの様に撫でてあげることしかなかった。

 何故王子の呪いが突然発動したのかは分からないままだった。


 王子の前には毎日沢山の人があらわれては愛を告げる。

 最初は貴族の令嬢だったのが、城で働いている人間になり、王都に住まう女性になった。

 王子が会った可能性のある女性が軒並み王子に愛を語った。

 けれど王子は目を覚まさない。

 王宮で働く人々は首を傾げた。王子は一体誰に恋をしたって言うんだ。

 愛がこもっていなかったのかもしれない。けれど、美しい王子の顔に皆見とれながら愛を告白していた筈だ。

 数日、王子に愛を告白する人はいなくなった。

 その後は、王子と親交のあった貴族の男性が王子の前にやってくるようになって眠る王子に愛をささやき始めた。


 けれど、誰が愛を伝えても王子は目を覚まさない。

 夜露は紅玉が魔法をかけるところを確かに見た。

 茨にも魔法の力が込められているのが分かる。


 だから、王子の求める相手が愛を伝えれば彼は目覚めるはずなのだ。

 それに、刺さった茨の蔓がどうしても夜露から取れない。


「魔法がなにかおかしくなってしまったのだろうか」

 夜露は王子の前にあらわれた紅玉に聞く。

 野茨はぴくりとも動かない。

「それは無いわ」

「じゃあ、なぜ王子への呪いがとけないんだろう」

「さあ? 私はこの魔法に魔法使いとしての力ほとんどを使ってしまったからもう調べることすらできないわ」

 困ったように紅玉が笑う。

 


 そうだ。この人は夜露の返してしまった呪いを彼女の人生を賭けるような大きな魔法で形を少し変えてくれた。

 王子の命の恩人で、王子の呪いが形になった瞬間その場にいた人だ。

 命の恩人に恋をするなんてロマンチックな話なのかもしれないと夜露は思った。

「あなたは王子に愛を伝えてはくれないんですか?」

 何日も水も飲んでいなかった夜露の声はかさかさだった。

 けれど、たどたどしい発音になってしまったのはその所為では無い気がした。

 心臓がドクドクと嫌な音をたてている気がした。

「それは、無理よ」

 紅玉は王子を見下ろして、憐れむような声で言った。

「だって、私は王子を愛していないから、愛を伝えることはできない」

 淡々とした声で紅玉が言う。

「なんで!?王子はこんなに美しいのに」

 こんなに、美しくて、賢くて、国を思っていて、富もあって、夜露は一つ一つ紅玉に言っていく。

 けれど、「そうね」と返すだけで紅玉は首を振ってしまう。



「野茨はね、本が好きなんだよ。

特に星の本が好きで。集中して読んでいると耳の後ろを触る癖があるんだよ」

「そうなの」

「それに野茨は木苺のジャムが好きなんだ。

俺にクッキーを持ってきてくれた時ジャムサンドが一番好きなのに、取っておいてくれたって言ってた。

とても優しいこなんだよ」

「そうなの」

「野茨は、疲れているのにあんな離れた場所にある塔まで来てくれて、眠そうにしていたことがあったんだ。

その時、俺なんかにそばにいてほしいって言ってくれたんだ。

そっちのほうが落ち着くって。

本当は俺がひとりぼっちの嫌われ者だって知っていて、それで俺が一人にならない様にしていただけなのに」

 紅玉は何も答えなかった。

 ぽたり、ぽたりと、夜露の瞳から涙がこぼれ落ちる。

「野茨は、とても優しくて、穏やかな時間を俺にくれたんだ」

 だから、このまま目を覚まさないなんてあんまりだ。

 夜露はそう言いながら、泣き続ける。

 水も飲まずにカラカラになっていたと思っていたからだからじわりじわりと熱い涙がこぼれる。

 何故、野茨は目を覚まさないんだろう。こんな優しい人が呪いから救われないなんてあまりにも世の中は不条理だ。


「ねえ、あなたは愛を伝えないの?」

「愛だって!?」

 紅玉に問われて夜露は思わず言葉を返してしまう。


「だって、さっきからあなたが私を説得しようとしてる言葉って、そのままあなたの気持ちでしょう?」

「俺には、そんな資格は無いよ。

俺が彼にあげられたのはこの呪いだけだ」

 茨が刺さったままの手で夜露はそっと野茨の髪の毛をなでた。

「俺が呪いの原因だと言われても野茨は驚きもしなかった。多分きっともう知っていたんだ。

呪いの他にはなにもあげられない。

そんな人間が何を告げられるっていうんだ!」

 夜露は涙をこぼしながら言った。

 嫌われ者の魔法使いに愛を告げられて喜ぶものなんて誰もいない。

 そんなこと夜露だって知っている。

 野茨が一人きりで過ごす塔に来てくれることがいつしか嬉しくなっていた。

 次はいつ来てくれるのだろうと心待ちするようになった。

 呪いなんてずっとずっと現実のものにならなければいいと思った。

 そうしたらこうした穏やかな時間がずっと続くんじゃないかと願ってしまった。

 それと同じくらい早く愛し合える人を野茨が見つけて、呪いを乗り越えるところを遠くから見てみたかった。

 彼が本当に幸せに笑うところを一度見てみたかった。

 けれど、野茨の呪いはとけない。

 どんな美女に愛を囁かれても、どんな優しげな人に懇願されても野茨は目を覚まさない。

「野茨は、優しい。

俺の所為で呪いを受けたのに『本望だ』なんていうんだ」

 声は水を飲んでいないためかさかさなのに、涙は止まらない。

 野茨の着る絹のシャツに涙が染み込んでいく。

「どうして、そんな人を愛さないでいられるっていうのさ!?」

 こんなに、こんなにも優しい人を。

 怒鳴る様に夜露は言った。

「そう」

 紅玉の声は相変わらず淡々としている。

 けれど、その表情は少し笑顔をうかべている様に見える。

 紅玉は何がうれしいのか、それとも面白がっているのか夜露にはさっぱり分からなかった。

「あなたは、愛さないではいられなかったのね」

 紅玉が野茨を見る。

 野茨を守るように伸びていた茨が金色に光っている。

 呪いの力が正しい魔法の力に変わったのが魔法使いである夜露には見えた。

 野茨の頬の色に赤みがある。

 夜露が慌てて彼の胸に手を置くと、心臓の鼓動が伝わってくる。


 彼の時間が再び動き出したのが夜露にもわかった。

 野茨が瞼を開ける。夜露に向かって微笑みかける。

「なんて言って愛の告白をしてくれたのか、わからないのは残念だね」

 そう野茨が言った。

 それから「僕も、愛してる」と夜露に向かって伝えた。

 夜露の瞳からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。

 金色に光ったバラがサラサラと砕け散った。

「ああ、そこらじゅう怪我だらけじゃないか」

 野茨が夜露が棘で刺されていたところについた血をみて、心配そうに声をかける。

 夜露はそんなことはどうでも良かった。

 ただ、野茨の呪いがとけてよかったという気持ち以外なにも無かった。

 こんな傷なんてどうでもいいじゃないか。

 ずっと、永遠に野茨が目覚めなかったらどうしようと思っていたのだ。

 彼の呪いが解けなかったら自分はどうしたらとずっと思っていた。

「茨の魔法が、彼を離そうとしなかったの」

 夜露の代わりに紅玉が野茨に向かってそう言った。

 野茨は逡巡した後「ああ、多分夜露に貰った祝福だね」と言って、そっと夜露の傷を愛おしいものを撫でるように触れた。


『あなたの愛する人があなたから遠ざかりませんように』


 夜露が野茨と塔で初めてあった日に、彼のためにかけた言葉を野茨が言う。

 いつか呪いが形になってしまった時に、彼の大切な人が彼の近くにいてくれる様に願った言葉だ。

 ケーキのお守りで叶えた小さな小さな祝福が夜露を離さなかったと野茨は言っている。 こんな風に発動する祝福だとかけた夜露自身思ってはいなかった。

 離れないというのは、そういう意味でかけたのではない。

「夜露、俺の呪いをといてくれてありがとう」

 この優しい人は夜露を愛していると言った。

 夜露が拙い愛を伝えたから呪いがとけたのだと教えてくれている。

 涙は止まりそうに無い。

 体が熱い。

 ぽろぽろと涙をこぼしながら夜露は野茨を見た。

 自分が嫌われ者の魔法使いだと忘れたわけでも無い。

 けれど、あまりにも野茨が優しく笑うので思わず夜露は彼に抱きついてしまった。

 野茨は夜露をしっかりと抱きしめ返した。


「本当は、少しだけ怖かったんだ」

 抱きしめながら野茨は夜露にしか聞こえない声で言った。

「僕の方が年下だし、あなたはこの国を恨んでいても仕方がなくて、そんなあなたが僕の愛に応えてくれるとは思わなかった」

 野茨の心臓の鼓動が触れ合った夜露にも響いている。

 早鐘を打つようになる心臓の音が心地よい。

「別に、誰のことも恨んでなんかいませんよ。

ただ、野茨にすべてを押し付けてしまったことだけが申し訳なくて……」

 夜露が申し訳なさそうに言う。

 野茨はもう子供ではない。

 ただ呪いを押し付けられただけの哀れな子供ではないので、そういう風に言わないで欲しい。

 野茨も夜露の魔法の加護を受けていた一人なのだから別に被害者という訳じゃないのだ。

「あなたのくれるものなら何でもうれしいですよ。

言ったでしょう。『本望』だって」

 野茨はそう言って、夜露の背中を撫でた。

 そして、自分の想い人はやはり優しい人なのだと思った。

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