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1.嫌われ者の魔法使い

 昔々あるところに、ひとつの王国があった。

 どのくらい昔かというと、まだ魔法使いがいた時代の話だ。

 まだ王侯貴族が国を支配していてこの世界にはたくさんの国々が会った時代。



 魔法使いはたくさんいて、王国と協力して、国は栄え、民は幸せに暮らしていた。

 魔法使いは身近な賢者として尊敬されながら、魔法の無い人々一緒に過ごしていたのだ。

 魔法使いというのは対価を元に様々な奇跡を起こすことのできる存在だった。

 その中に一人の魔法使いがいた。



 その魔法使いは痩せぎすで、瞳は黒く、肌は青白かった。

 いつも黒いローブをかぶっていたため、顔をちゃんとみたことのある人はほとんどいなかった。

 美しいという話は誰もしていなかったのでおそらくそういう容姿だったのだろう。

 彼自身自分の顔をよく見たことは無いし、美しくも無いと思っていた。


 彼の名前は夜露(よつゆ)といった。


 その見た目が奇妙だったからか、それとも彼の話し方が変だったからか魔法使いはいつも一人だった。

 魔法使いには友はいなかったし、彼に本当の意味で信頼を寄せる人もいなかった。

 ずっとその魔法使いは一人で生きていた。

 国のはずれのほとんど誰もいない森に一軒の家を自分で建てて一人で住んでいた。

 魔法使いが住むにしては質素で粗末な家だったが夜露はあまり気にしてはいなかった。

 日がな一日彼は魔法の研究をしたり魔法薬を作り、わずかばかりの対価でひっそりと暮らしていた。

 誰からも褒められることも無ければ、権力も富もない生活だった。

 けれど、彼はそれで満足だった。

 自分が独りぼっちだと知っていたけれど、一人でいることは別に苦痛ではなかった。


* * *


 ある日、魔法使いの夜露はお城に呼ばれた。

 お城は国の丁度真ん中にあって、王都はとても栄えていた。

 夜露は初めて王都を訪れていた。

 王都には煌めくお店が沢山あって、王宮は壁が白くとても美しかった。

 この王宮も王都もこの国の誇りらしい。

 その王宮の一番大きなホールに夜露は呼ばれていた。

 お城には着飾った貴族と綺麗なマントをつけた魔法使いが沢山いた。

 そこにいるのがみな権力や富があるものだと夜露はすぐにわかった。

 王侯貴族やそれに連なる魔法使いばかりがいるのだと、世間とあまり関わってこなかった夜露にも分かる。


 夜露は自分の恰好を見て少しだけ恥ずかしくなる。

 夜露の恰好は普段着にしている、みすぼらしい茶色のローブだったからだ。

 お城に呼ばれたとき、キレイな招待状も何もなかったからこんな大きな会なのだと夜露は思わなかったのだ。

 まるでこれはお話に出てくる舞踏会みたいじゃないかと夜露は思った。

 それくらい皆美しく着飾っていた。


 夜露は魔法で新しい洋服を作ろうかと思ったけれど、生憎代償にできそうなものを何も持ち合わせてはいなかった。

 魔法には対価が必要だった。

 何もないところから魔法はおこせない。

 何らかの対価を元にしなければよくないことがおきてしまう。

 夜露が魔法を使う時も必ず何か対価になるものを準備していた。

 他の魔法使いもみなそうだろう。

 今日は魔法を披露する場ではないと思っていたし、対価になりそうなものを持っていて攻撃的な魔法を使うと勘違いされたくなかった夜露は今日何も持ってきていない。


 一人広い会場内で夜露がうつむいていると、ラッパが吹かれる。国王様のおなりの合図だ。

「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。

隣国との戦争のことだ」

 夜露たちのいるところより一段高い場所にあらわれた王様が、大きな声で言った。


 豊かで穏やかなこの国に隣国が攻めてくるという話はひとりぼっちの魔法使いでも知っていた。

 外交で解決するものだとばかり思われていたが、ついに戦争となるのか。

 大きな広間にざわめきが広がる。

 皆が不安げに顔を見合わせている。

「隣の国の大軍に勝つための手段を我が国は探しているのだ」

 なにかいい知恵はないかね?

 王様は魔法使いたちの方を見て言った。

 この国には大国である隣国と真っ向から戦争をして勝てるような強い兵隊も武器もない。

 真っ向から勝負しても負けてしまうのは明らかだった。


 魔法使い達は顔を見合わせる。

 そこまで力の強い魔法使いはもう珍しくなっていた。

 たくさんの敵を倒す魔法も巨大な盾を出す魔法も今よりもずっと昔、まだ魔法使いが神様の様にいろんな願いをかなえられた時代のものだ。

 伝え聞く古代の魔法使いならまだしも、大軍を撃退する魔法が使える魔法使いはもう珍しくなっている。

 隣国の大群と戦う方法を考えて欲しいと言われてもぱっと出てくる答えはない。

 魔法使いたちは皆黙り込んでしまった。

 そもそも、王様の今の望みを叶える方法を知っていれば王宮の魔法使いがもっと早く提案しているだろう。

 それが何もないのでこうやって王様は夜露の様な一人暮らしている魔法使いまで集めたのだろう。


「あなたなら、可能じゃないの?」

 近くにいた紅玉と呼ばれる魔法使いが、夜露に聞く。

 そんな沢山の人を殺そうと思ったことは、夜露には無かった。

 それに夜露はよく知らない隣国の人々を、殺したいとは思わなかった。

 隣国に恨みもないし、この国に大きな恩も感じてはいない。

 そんな夜露に、隣国の人を戦争で効率よく倒す方法を考えることは難しい。

 それに、紅玉の言うほど夜露はすごい魔法使いではない。

 他の魔法使いと一緒で、対価をもらって魔法を使うだけだ。

 あなたなら、と言われるほど夜露は頭もよくないし力も強くはない。


 だから最初に思い浮かんだのは……。

 いっそ、自分の様に一人で遠くに暮らしていればだった。

 夜露はそう考えていた次の瞬間、あるアイデアが思い浮かんだ。

「王様、本当に戦争以外の道はないのでしょうか?」

 夜露が恐る恐る聞く。

「隣国は、剣を大量に購入し、戦士の育成も半ば完了しているという。

それに兵站にするのであろう食料がどんどんと運ばれていると聞く」

 馬の調達も済み、英気を養っているという。

 隣国の魔法使いも集められ、部隊編成がなされたと報告されている。

 もう戦争が始まるのは、時間の問題なのだ。

 王様は悲しそうに言う。

「それであれば――」

 戦争が本当に避けられぬ道であるのなら。

 夜露は浮かんだアイデアを王様に伝えた。


 彼のアイデアは、この国の国境付近のすべてに道に迷う魔法をかけることだった。

 どんなに沢山の兵士も、どんなに屈強な戦士も、相手の国にたどり着けなくては戦うことができない。

 迷いの魔法はとけるまでに長い年月を要するけれど、魔法のかけられた(ふだ)を持っていればそこを抜けることができる。

 少々の不便は戦争よりはマシに思えた。

 大きな災害を起こす魔法と違って、そういう妖精のいたずらじみた魔法は魔法使いにとって比較的簡単に使えるものだった。

 力の強い夜露であれば隣国との間にあるすべての国境に迷う魔法をかけることが可能だろう。

「やっぱり、あなたはすごいわね」

 そう隣で紅玉が囁く。

 けれど夜露は困ったように淡い笑みを浮かべるだけだ。

 きっと紅玉であっても同じ魔法は使えるだろう。


 その場に居た皆が、口々にどうすべきなのかを囁く。

 隣国と戦えるだけの蓄えも戦力もこの国には無かった。

「それは、お前にできることなのだな」

「対価をいただければ」

 王に問われ夜露は答えた。

 魔法には対価が必要だ。それがなければ魔法は魔法たり得なくなって呪いになってしまう。

 隣国にどれだけの魔法使いがいるかはわからないけれど、おそらく自分と同等の魔法使いでも迷子の魔法を解くのは難しいだろう。

 迷いの魔法はかけるよりも解除する方が難易度が高い。

「成功すれば、その対価は望むままに与えよう。

宝石か! 領地か!」

 チラリと王様は夜露をみて、「令嬢との結婚か!」という言葉を飲み込む。

 令嬢と結婚させるには夜露はみすぼらしいし、彼は貴族ではない。

 夜露は褒美に興味はなかった。ただ魔法には対価が必要なだけだった。

「それでは宝石を」

 魔法の対価を後払いする方法はいくつかある。

 対価は別に後でもかまわなかった。


「それでは、その力みせてみよ!」

 王様は大臣達と耳打ちを繰り返した後、そう言った。

 夜露の案を採用したらしい。

 大規模な魔法を発動させることも夜露にはできた。

 この世界にいる魔法使いの中でも、夜露はとても強い力があった。

 けれど、夜露はその事実にさほど興味がない。

 誰かと協力をして何かを成し遂げることない夜露にとって自分以外がどんな力を持っているのかは関係が無かった。

「それでは、必ず約束をお果たしください」

 夜露はそう言うと彼を中心として同心円状に魔法陣が浮かび上がった。

 他の魔法使いはその力のあまりの強大さに驚いて目を見開いた。

 自分たちの使う魔法と規模が違う。

 あまりにも繊細で且つ強度に編み込まれた魔法にあるものは唾を飲み込み、あるものはため息をついた。魔法使い達は誰もが劣等感と嫉妬心を感じてしまう、そんな魔法だった。

 それから数十秒後、魔法陣は輝きを失う。

「魔法はなされました」

 夜露は静かに王様に言った。

 王様は息をのむ。

 魔法使いではない王様は、何が起こったのか理解できなかったのだ。

 ただ、どちらにせよ、こんな貧相でみすぼらしい魔法使いを褒める気にはならなかったし、目に見えた変化がありはしないのに褒美を渡す気に王様も大臣もならなかった。

 取り立てるのなら、誰から見ても分かりやすく知性が感じられ能力が高く、他の人間に自慢しやすい者がいい。

 王様はそう思った。夜露はどれも当てはまっている様には思えなかった。

「本当に国境に魔法がかけられたのか確認を!」

 王様が大臣に命令する。ペテンにかけられて戦争直前に宝石を奪われるのだけは御免こうむりたい。

 夜露は「対価を」と言ったが王様は「確認の方が先だ」と言い返した。

 魔法使い達は今までの光景にざわめき、魔法使い以外は困惑の表情を浮かべて何かを囁きあっていた。


 結果が確認されるまでの期間、夜露は自宅待機を命じられた。

 王族も貴族もだれも宮殿の客室にみすぼらしい夜露を案内したいとは思わなかったからだ。

 王都に屋敷を持つものも、誰も夜露を家に招きたいとは思わなかった。

 ぼろぼろのみすぼらしい魔法使いが本当に何らかの奇跡を起こせるとは疑わしかった。

 王様は王国と懇意にしていた魔法使いと騎士たちに確認を命じた。

 魔法使いと騎士たちが国境付近に実際に向かって魔法の効力を確認した。

 魔法は確かにかけられていた。

国の外へ行こうとすると、いつの間にか、国境付近の元の場所に戻ってしまう。

 それに外からその森に入ろうとしても同じだった。

 普段は通る筈の商人たちですら人っ子一人国内に入ってくる人影は無かった。

 それはどの国境付近でも一緒だった。


 魔法使い達は慌てて、札を作り始めた。

 このままでは貿易も何もできなくなってしまうからだ。

 外交だって必要だ。

 荷馬車一台通れない国ではやっていけない。

 夜露にお礼をするより、夜露の所為で起きてしまったデメリットを解消する方が先だと王様達は皆考えた。


 魔法使い達が作った迷い避けの札は外交官を中心に配布され関所にも置かれた。


 けれど、夜露には誰も連絡をしなかった。

 夜露には友も誰もいなかったから誰も彼に連絡しようと思わなかったのだ。

 夜露は迷いの森が実際どうだったのか、札はちゃんと機能しているのか、何も聞かされることは無かった。

 夜露はひとり王様が対価についての連絡をくれるのを待っていた。


 結局、隣国の兵士は夜露の魔法で王国にたどり着くことはできなかった。

 どんな素晴らしい武器を持っていても、どんなに速く走る馬をもってしても、どんなに訓練された兵でもそこにたどり着けないのであれば意味が無い。

 戦争は回避された。

 しばらく隣国はあの手この手で王国に兵を送ろうとしていたけれど、どの方法も失敗して、ついに戦争を起こすこと自体を断念したようだった。


 けれど、その事実を喜ぶ人はあまりいなかった。

 外からも中からも行き来が難しくなってしまった。王国の生活を立て直すのに精いっぱいだったからだ。

 救国の英雄が誰だったかを考えるよりも、新しくなった関所の仕組み、貿易の仕方になじむことで皆頭がいっぱいだった。

 だれも夜露の働きを思い出すことも無ければねぎらうことも無い。

 感謝することも無かった。

 あの時王宮にいた王侯貴族でさえもそうだった。


 ただ、紅玉だけは、国王様に「くれぐれも対価をお支払いするように」と伝えていたが、国王はそのことをすぐ忘れてしまっていた。

 それは夜露が本当にそんな偉大なことをしたとは思えなかったからだ。

 ちょっとみんなが困るいたずらをした。それの褒美に大切な宝石を与えていいのか。

 宝石は美しい。美しく賢い者こそ持つことにふさわしい。あの魔法使いはどう思い出してもそういう人間には思えなかった。

 夜露は少しずつ呪いに変わっていく魔法を抱えたまま、王国からの連絡を待ち続けた。

 それがいけなかったのかもしれない。

 何も言わない魔法使いはいつしか『迷いの森』を作った悪い魔法使いだ。と言われ始めた。

 望まれて使われたはずの魔法はいつしか、迷惑で酷いものと思われるようになっていた。

 それを使った魔法使いが王国の民から嫌われるのにさほどの時間はかからなかった。


 結局この国に隣国の兵士は攻めてこなかったのだ。

 本当に戦争がおきようとしていたかを、民たちは知ることができない。

 みな、意地悪な魔法使いが迷いの森を作ってしまったと信じ込んでしまった。


 しばらく経ってから夜露は王宮に対価を支払う様にと連絡をした。

 けれど王様は悪いうわさが立ったことををいいことに、夜露からの連絡を無視して、褒賞を与えることは無かった。

 嫌われ魔法使いに関わってはいけない。

 悪く言われる人間には言われるなりの理由があるのだろう。

 皆そう考えて、誰も夜露と連絡を取ろうとしなかったし会いたいとも思わなかった。


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