運命の出会い
また次の日もやることがないので釣りに出掛けた。両親に聞いても何も困っていることも頼み事もないらしく、むしろ邪魔者扱いされているのではないかと不安になる。ここは既に、私がいるべき場所ではないのかもしれない。
釣よりも山菜採りをした方がいいのではないだろうか。ただ危惧すべきは、山菜をたくさん採って帰っても料理するのが面倒だと怒られることだ。
大きくなったタケノコとかは特に……。
――ポチャン。
やっと釣も様になってきたなあ。今日こそは何か釣れる予感がすると思ったその時だった。
「こんにちは。釣れますか」
後ろから急にそう声をかけられ、振り向くと――。
――立っていたのは、目を見張るような絶世の美女――!
全身金属製鎧の首から上がない女子――!
――全身を稲妻が貫いたような感覚が走り、しばらくの間、茫然とし開いた口が塞がらなかった。
「い、いや、ま、まさか。信じられない」
丸みを帯びた全身鎧姿はまさしく女子――。首から上は無いのだが、声だけで分かる絶世の美女――。
朝日を浴びて煌めく白銀の鎧には細部まで装飾が施されている。眩しくて直視できない。
「お、名前を聞いていいですか」
「え、名前? えーっと、メスデュラハンよ」
――メスデュラハンだと~!
「すっごく可愛い名前じゃないか!」
メスデュラハン、メスデュラハン……。ああ、何度でもそう呼びたい。連呼したい。メスデュラハン、メスデュラハン……。
こんな奇跡って、本当にあるんだ――!
神様って、本当にいらっしゃるのだ――! オーマイゴッドだ――!
剣と魔法の世界のファンタジーを求めて扉を開いた大勢の読者様に、ここから話は純愛恋愛にジャンル変更しますと謝罪したいぞ――!
ごめんなさいだぞー!
政略結婚でもウエルカムだぞー!
「アーッハッハッハッハ!」
「アーッハッハッハッハ!」
笑いが止まらい。笑わずにはいられない~! ありがと~うっ! 神様、仏様、魔王様!
「いや、待て」
はあ、はあ、はあ。息を整える。落ち着けデュラハン。冷静になるのだ。様子がおかしいだろう。
こんな田舎のポツンと一軒家に、まるで待っていたかのような幸福。とても素敵な名前だが「メスデュラハン」って……取って付けたような安易な名前。
さらにはポッチャリ系でもなく雑誌から出てきたような絶世の美女。釣竿も持たずにこんなところへ用事などある筈がない。
俺に会いに来てくれたのに違いない。
違いないのだが……。
以前、にサッキュバスに言われた言葉が脳裏をよぎる。――「可愛い女子に目がくらんで自分の意思をコロコロ変えて酷い目に遭うのが『鉄板』だったのに……。プッ」――と。
――!
そうか、これは何かの罠だ! 詐欺だ! こんな簡単に美味しい話がある筈ない――!
つまり、鉄板! 王道にしてザマア要素満載の罠!
「ひょっとして、魔王様ですか?」
「ギクッ」
いや、可愛い声でギクッとか口で言わないで。
なにか得体の知れない禁呪文で姿だけ顔の無い全身金属製鎧女子の姿に変わっているのだろう。
もう……感情がおかしくなりそうだ。最高潮まで高まっていたボルテージが、底なし沼のどん底まで急落下する感覚。
地球の中心が空洞ならば……重力ってどのようにかかるのだろうとか考えてしまう……ほどのどん底。
「ああ、もう限界ぞよ」
そう言い残すと、煙のようなものがモクモクと立ち上がり、メスデュラハンは見たくもない見慣れた顔へと変わった。
「……」
やっぱり魔王様だった。うっかり騙されるところだった……。
「覚えたての新しい禁呪文は効果が短いぞよ」
「……」
はあーっと深くため息が出る。涙が出そうになる。せめて……。
――変身が解ける前にチューぐらいしておけばよかった――。首から上は無いのだが。
「ひょっとして、魔王様も暇なのですか」
「無礼者。暇な訳がなかろう」
「そうでしょうとも」
魔王城の掃除をする者も、魔王様のお相手をする者も居ないのですから。
「さらには、私の実家へ宅配弁当の配達も魔王様がやっているのでしょ」
今だけ。
「ギクッ」
いつものようにうろたえる魔王様に何故かホッとしてしまう。
「ギクッとか、口でおっしゃらないでください。一口食べて分かりましたよ。あれは魔王城の食堂の味と同じでしたから」
魔王様が食堂に頼んで作らせたのでしょう。
「さすがデュラハンぞよ」
私が魔王城に戻りたくなるように、魔王様が裏で色々と手を回していたってことか……。
実家に辿り着く前に両親と打ち合わせでもしたのだろう。
「……」
「……」
さすがは魔王様というべきか……。
タリラリッチャンターリーラリッチャン。
タリラリッチャンターリーラリッチャン。
魔王様のローブの内ポケットから聞きなれないス魔ホの着信音が鳴ると、魔王様は取り出して応答をタッチした。
「もしもし、魔王だぞよ。どうした」
「ちょっと、魔王様、大変よ!」
魔王妃のキンキン声がここまで聞こえてくる。
「中庭で狂乱竜が暴れ出して手が付けられないのよ。このままじゃ魔王城が壊れるわ」
「なに! 分かった、すぐに戻るぞよ」
終了をタッチした魔王様は、チラッとこちらを向く。さては魔王様、狂乱竜に餌を与えて来なかったのだろう。
……わざと。
「……」
「いや、魔王様、『……』って言わないでください」
どうせ、一緒に着いて来いと言いたいのでしょ。
「そんなことは一言も言ってないぞよ」
フンと背中を見せる魔王様。……ヤレヤレです。
「そうでしたね。では魔王様、お願いですから私も一緒に魔王城に連れて帰ってください。数日の休みで十分に休養は取れましたから」
ローブを翻して魔王様がこちらを向く。
「卿がそう頼むのであれば仕方ない」
瞬間移動――!
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