飽きたと諦めた
「しばらくお休みを頂きます。もう戻ってはきません」
付き合っていられません。
「そんなあ」
「流行りの育児休暇ってやつ?」
流行りってなんだ……冷や汗が出る。周りが育児休暇に対応できてなさそうで。
「流行ってなどございません。育児休暇な訳ないでしょ。子供どころか私には妻さえいないのに」
「プププ」
だからあ、そこで笑うな! 腹立つわあ、最後の最後まで。
「デュラハンがいなくなれば、誰が……」
「誰が……なんでございましょう」
引き止めたって駄目ですよ。無駄です無駄。無駄無駄無駄無駄です。
「誰が予と将棋をするのかっ」
ズルっとなるぞ。私は将棋の相手かっ! と怒りたくなる。四天王なのですぞ! さらには毎回毎回負ける役と片付ける役。
「魔王妃としてください」
「わたしは嫌。魔王様弱過ぎ」
魔王様の顔色が一瞬だけ灰色のベタ塗りになったのは……気づかないフリをしておこう。
将棋なんて人工知能のAIとやればいいんです。人工知能ならいずれは全勝させてくれるようになるでしょう。賢いから。
「デュラハンがいなくなったら、誰が魔王城の掃除や洗濯をするのよ」
そうそう、それそれ!
――それこそ心配するべき最重要案件!
「これからは魔王妃がやってください」
せめて自分のパンツぐらいは自分で洗えと言いたい。もっとこう……魔王様がお喜びになるようなお召し物を身に付けろと……なぜ私が言わないといけないのかっ!
「えー、わたしは魔王妃なのよ」
魔王妃というだけで少し甘やかし過ぎたと反省している。元々は……なんだったんだ、この人は。
「ひょっとして、現在の地位である四天王に飽きたのか」
……。
「飽きた訳ではありません」
ですが、戦いの無い平穏な日常と、同じ仕事……雑務の日々に飽き飽きしているといえば嘘ではない。ひょっとすると、飽きたのかもしれない。魔王様のおっしゃる通りに。
「飽きるのと、諦めるのは、じつは同じぞよ」
「初耳です」
なにそれ。だぞ。同じではない。飽きるのと諦めるのでは意味が違う。月とミドリガメだ。いや、スッポンだ。
「本当はもっと上手くいくと思っていたのに、失敗したり挫折したり、自分の『諦めたこと』を認めたくない時に、『飽きた』と格好付けて言い訳するのだ」
「……」
私は、諦めましたと言っただけで、一言も飽きたなんて言ってないよね。
「そうおっしゃるのなら、魔王様が最近始められたバス釣りと同じです。ぜんぜん釣れないから諦めたのでしょ」
お高い釣り竿や道具を買い揃え、「予は格好から入るタイプぞよ」とか豪語していたくせに、一度も釣れずにすぐ諦めた。
「! あれは……諦め……いや、飽きただけぞよ。予がその気になれば無限の魔力で大きな魚など釣り放題ぞよ」
嘘つけ。水草やゴミしか釣れないくせに。さらには、無限の魔力で魚を釣ろうとすな。
一匹も釣れないことを「坊主」と呼ぶらしいが、せめて三日坊主のように三回くらいは使ってくれとお高い釣り竿がピエーンと泣いているぞ。
っていうか、魔王様が釣りって……釣り魔バカ日誌じゃあるまいし……。冷や汗が出る、古過ぎて。
はあー。ため息しか出ない。
「つまり、このまま私が魔王軍四天王を続けていても、魔王様の座には永遠になれませんし、私一人が頑張り過ぎたせいで魔王城の全員が堕落しているのです」
堕落の元凶が私にあると気付いてしまったのです。もちろん魔王様にもありますが、とは言わない。
「正気なの」
「私はいつでも正気ですとも」
嘘も言いません。私は紳士な騎士なのです。
「いやそうじゃなくて、今更気付いたのってことよ」
――今更!
「気付くのおっそ」
――おっそ!
……なんだろう、別れが悲しい訳でもないのに涙が出そうだぞ……シクシク。チクショウ。
「と、とにかく、私は実家に帰らせて頂きます! もう、二度と……いくら魔王様のご命令でも、戻ってきません」
「そんな、冗談ぞよ」
「冗談は顔だけにしてください。フン!」
――こっちは真剣なのです! 昨日の夜から朝まで寝ずにウトウトしながらお酒を飲んで考えたのですから――!
「引き止めたって無駄ですよ」
「誰も引き止めとらんぞよ」
ガッカリした顔をされている。それって悲しんでいるってことでいいんですよね。
「……」
「……」
本当に、引き止めないの。なに、このギャグマンガみたいな対応……。何百年も魔王様と魔王軍のためだけに仕えてきたのに……。
「魔王様の分からず屋! アホ!」
言ってやった。ちょっとスッキリした。
「なんだと、無礼な! デュラハンこそ、バーカ。顔無し!」
顔無しって……やめてよ。
「お前の顔など二度と見たくないわい! あ、顔が無かったか」
「プププ」
そこで笑える魔王妃……あんた、火に油を注ぐ天才です。
「長い間、お世話様でした!」
「「――!」」
しまった、「お世話になりました」と言いたかったが……言い直すのも……同じような意味だからいいような、悪いような……。クソッ!
立ち上がって踵を返して颯爽と歩く。玉座の間の大扉を壊れない程度に乱暴に開け、静かに閉め、大理石の廊下をコツコツといつもより大きな音を立てて歩いた。
いや、本当に誰にも引き止められなかったのが、むしろ爽快だ――。
どうせ、すぐに帰って来ると思われているのに違いないが――今回はそうはいかない。
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