魔王様になるの、諦めました
「なぜだ!」
相も変わらず、今日も魔王城四階玉座の間に魔王様の声が響き渡るのだが、今日はいつもとは訳が違う。
絢爛豪華な玉座に座る魔王様の前に跪く私の決意は変わらない。たとえ魔王様に何を言われようと……。
「諦めましたって、逆におこがましくない?」
「おこ」
おこがましいって……おこがましかったのでしょうか、私が魔王様の座を目指して日々精進することが。シクシクシ……ん?
「いやいや、おこがましいとかおっしゃるのなら、『なぜだ!』とか言わないでください」
「それはいつもの決まり文句ぞよ。文字数稼ぎ……」
「おやめください」
意味が分かりません。たった三文字を文字数稼ぎとおっしゃらないでください。
「これまで魔王様のために長年尽くしてきました。武勲を評価され四天王の座までいただき感謝しております」
「うむ」
……。
「順当にいけば、いつの日かは私めが次の魔王となれるよう、荒れ狂う死闘や一線を超えた激務」
パワハラ、モラハラ、コンプラ、ガンプラにも耐えてきました。
「さらには、おびただしい数の雑務、雑巾がけから庭の手入れまで。草むしり、虫刺されにも必死に耐えてきたのです」
「虫刺されって……金属製鎧でも刺されるの」
「刺されますとも。首のところとか、隙間から入って」
プーんと蚊の飛ぶ音が聞こえるだけで痒くもなります。鎧の隙間から入ってくる蚊って、強敵なのです。刺されたら鎧の上から掻けないのです。
「デュラハンは顔ないやん。さらには首もないやん」
「……」
ちょっと語呂合わせで言ってみたかっただけなのに。あえて突っ込まれると返答に困ってしまいます。全身金属製鎧の顔の無いモンスターだから、魔王様のおっしゃる通りなのですが。
「真夏の直射日光に耐えて魔王城の草むしりはともかく、城壁の苔むしリは大変でしたよ。ガントレットの爪先が緑色になりました」
「コケ?」
鶏のように目を丸くして驚いていらっしゃる。
「さようでございます。漂白剤に数時間両手を突っ込んでいたら簡単に色は落ちましたが」
「やめよ、薬品を直に触るのは。肌が荒れるぞよ」
MSDSは確認しました。安全データシートのことです。MSドスとは違います。冷や汗が出る、古過ぎて。
「お陰でガントレットはピッカピカになりましたが、熱中症にもなりました」
「漂白くらいは日陰でやった方がよいぞよ」
――その手があったか!
「御アドバイスありがとうございます」
もう、遅いのですが……。
「話が大幅に脱線しましたが、それで私は気が付いたのです」
何に気付いたとかは、お聞きにならないでください。御察し下さい。
「何に!」
わーお! さすが魔王様。
「――どうせ騎士は、頑張ったって魔王様にはなれないということにです――」
「――!」
魔王様が驚きの顔を見せる。
表情から……どのあたりに驚かれているのかが分からない。
「ひょっとして、五月病? まだ三月ぞよ」
「……違います」
私のように心身共に鍛え抜かれた騎士は、そんな軟弱な病気に掛からないのです。
「時の流れは早く、三月がいつの間にか四月になっています。ひょっとすると本当に五月になってしまうかもしれない。冷や汗が出る」
っていうか、本当に五月になっている。外ではウグイスがホーホケキョ、ケキョケキョケキョケキョ、ホーホケキョと鳴き乱れている。
「意味が分からんことをブツブツ言うな」
「申し訳ございません」
最近独り言が滅法多くなったのです。
「私には魔法が一切使えません。もし私が魔王になっても、遠くへ移動するためにはかなりの時間を費やしてしまいます」
瞬間移動の魔法が自分では使えないのです。
「バスとか使えばよいではないか」
――バス!
「おやめください」
剣と魔法の世界にバスは……ございません。
「猫バスとかなら可ぞよ」
猫バス! どこかで聞いたことがあるぞ。乗車口がニューっと伸びるやつ……。
「それならありそうですが、駄目です」
ふっかふかのシートに一度は座ってみたいものだが。
「鳩バスとかなら可ぞよ」
鳩バス? ……乗ったことないぞ。空を飛ぶのだろうか。空を飛べば早く目的地に辿り着くことができるのかもしれないが……。
「都内観光ができるバスぞよ」
「おやめください。都内って」
「王都とかぞよ」
「あー。それなら大丈夫です」
この辺りも魔王城があるので王都といえば王都です。ホッとした。
「東京都」
「おやめください。ここは剣と魔法の世界です」
現実逃避しようとして扉を開けたファンタジーの世界にガッツリ聞きなれた地名が出て来ては、ドン引きして現実に引き戻されてしまいます――。
せっかくの土曜日なのに、月曜日の朝の気分にされてしまいます~――!
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