日頃の行いがモノをいう
世界のほとんどを統べるシェルディング帝国。そしてその皇太子アドルフの婚約者の地位を持ち、未来の皇后の座を約束された女がこの私、バルシェ公爵令嬢カトレアである。
誰もがうらやむ存在だが、最近、婚約者とのすれ違いを感じている。
お互い忙しい身だから時間が取れないのは仕方がないが、仕事以外で顔を合わさなくなって大分経つ。
手紙のやり取りはもはやなく、花束など以ての外。季節ごとのプレゼントもいつのまにか途絶え、会えば話すがどれも公務に関することばかりだ。仕事は好きだし、仕事熱心な彼も好きだが、やはり寂しい。
そして最悪なことに、カルク公国の聖女が彼にまとわりつき始めた。聖女といっても特別な力を持っているわけでなく、伝承をもとに六十年に一度選ばれる普通の人間だ。そして今回選ばれた女は私と正反対の外見と性格だ。平民出身らしい彼女は礼儀などまったく気にせず、彼の手に無遠慮に触れて腕に絡みつく。
そんな事情でナイーブになっているところに、その女から盛大に喧嘩を吹っ掛けられた。
「ハァ。なんでアンタみたいなのがいるわけ? 真面目で堅物な女が婚約者なんてアドルフさまが可哀そう。私だったら顔を合わすのも嫌だもの」
いつもなら外野の戯言など軽く躱すが、今の私にこの一言はかなり効いた。
ただでさえプライドの高い私によくもまあ喧嘩を売ってきたものだ。
よろしい。ならば私の総力をかけて叩き潰そう。
■
大きな目に一杯涙を浮かべ、聖女リリアは大ホールの中心で叫ぶ。
「グスッグスッ。ほ、本当はずっと黙っていようと思ったんですけど、わ、わたし。カトレア様から酷い扱いを受けているんですっ!!」
彼女の告白にその場は呆然となる。それもそのはず、カトレアはバルシュ公爵令嬢でシェルディンク帝国皇太子の婚約者なのだ。対して聖女リリアは付庸国のカルク公国公太子の婚約者……候補。今回、結婚の許しを得るために帝国にきた次第である。
「もう泣くな、リリア」
ぎゅっと華奢な肩を背後から抱きしめるのは公太子セルザンである。黒髪に神経質そうな切れ長の瞳が印象的な美形だ。
彼はリリアに注ぐ優しい目を今度は剣のように冷え冷えとした冷たいものに変え、大輪の花のような美女、カトレアに向けた。
「公爵令嬢カトレアよ、恥を知れ!! 大方、可憐で可愛いリリアに皆の羨望が集まることに嫉妬したのだろうが残念だったな! リリアの異変を私が気づかないと思っていたのか!!」
セルザンは目に怒りを燃え上がらせ、カトレアを怒鳴りつける。愛する者のために戦う姿は尊いが、周囲の人々は何とも言えない、複雑な顔だった。
なぜなら、バルシュ公爵家はシェルディング帝国、序列第一位の貴族だ。国土の三分の一を領地に持ち、圧倒的な武力と肥沃な大地を有するため、敵に回すと瞬殺待ったなしなのである。自治権を認められている公国とはいえ、吹けば飛ぶようなカルク公国が喧嘩をしてもまず勝ち目はない。
しかし、自信たっぷりなセルザンを見てもしや公爵家に負けず劣らずの最終兵器を持っているのかと皆は期待した。余興的な意味で。
なお、当事者のカトレアは涼しい顔である。
「公太子殿下。お話はよく分かりました。ですが、わたくしは身に覚えはございませんわ」
「悪事を棚に上げ、平然と嘘を吐くとはなんたる傲慢な女だ。こんな女が皇太子妃になるなど恐ろしい!! 皇帝陛下! いますぐこの女を捕縛し皇太子殿下との婚約を破棄なさいませ!!」
セルザンは苦々し気にカトレアを睨んだ後、上座に座る皇帝夫妻に向かって叫んだ。二人は無表情だった。
「なるほどなるほど。これはそうだな、当事者同士で決着を付けるのが良かろう。なあ、皇后よ」
「さようでございますわね。あとはお若い人たちで」
皇帝夫妻はそう言って追いすがるセルザンに笑顔を向け、側近を引き連れて去っていった。
大きな扉が閉まり、残されたセルザンは悔しさを顔に滲ませた。
「くっ!! どうやって皇帝陛下を篭絡したのか知らんが正義は私たちにある!! ここにいる全員に貴様の悪事を訴えてやる!! 皇太子殿下、婚約者が毒婦であるなどとお辛いでしょうが、真実と向き合って頂きたい。正義のために!!」
セルザンは皇太子アドルフに向けて断言した。
金髪碧眼、美貌の皇太子アドルフはゆっくりと頷く。
「悪人が裁きを受けるのは尤もだね。君たちの言い分を聞こうじゃあないか。カトレアもいいね?」
「構いませんわ」
自信満々のカトレアにセルザンは鼻で笑う。
「ふっ。調子付いていられるのも今のうちだ。まずは殿下、こちらをご覧ください。壊れたブローチです。私がリリアに贈ったものですが、カトレア嬢が人目のない所でこれを奪い、壊したのです」
セルザンはボロボロになったブローチを掲げて言う。土台がぐしゃぐしゃになり、埋め込まれた宝石は欠けている。
「なるほどこれは酷いね」
アドルフの言葉にセルザンは勝ち誇ったように笑う。
「それだけではございません。カトレア嬢はリリアに平手打ちをしたのです。今は化粧で誤魔化しておりますが、リリアの頬には痛々しい痕が残っているのです!!」
「それはそれは大変だ」
アドルフの心のこもっていないコメントにもめげず、セルザンはなおも続ける。
「あまつさえ、リリアのドレスを引き裂いてパーティに出られないように画策したのです!! 殿下、カトレア嬢がいかに悪女かお分かりいただけましたでしょうか?」
「うーんどうだろう」
煮え切らないアドルフの言葉にセルザンは少しだけ嘲笑を浮かべた。
「殿下、婚約者が毒婦などと認めたくない気持ちは分かりますが、どうか真実に向き合って頂きたい。そして悪女に罰を!!」
「まあ落ち着いてよ、セルザン公太子。まずはカトレアの意見も聞いてみないとね。一方だけの話を聞くなんて不公平だろう?」
「それはそうですが、リリアの怪我、破かれた衣服、壊されたブローチの存在は消えませんよ」
セルザンは無駄なあがきだと言わんばかりの口調で答える。アドルフはそれに気を悪くしたふうでもなく、自分の婚約者、カトレアを見る。
「カトレア。やった?」
「いいえ」
「だよね」
アドルフはにっこり笑った。
「カトレアはやってないって。なのでそのリリアって女の自作自演だね」
「いやいやいや!! おかしいでしょう。さっきのやり取りだけでカトレア嬢の悪事がなかったことになるなどとうてい承諾できません!!」
セルザンが異議を唱える。彼の言うことももっともである。しかし、この場に居る誰もが彼に味方できなかった。
周囲の異変を感じつつも、セルザンは興奮しきった仔犬のごとく噛みつかんばかりにカトレアを睨む。もっとも、カトレアは歯牙にもかけていないようで涼しい顔のままである。
「はあ。それじゃあアリバイの確認でもしようか。ブローチが壊されたのはいつ?」
アドルフがリリアに問う。彼女は体を震わせながらポロポロと涙を流した。
「あ、あの。一昨日です。午後にセルザンさまとアドルフさまが大臣たちと会議なさっているときです……。私が一人になった時を見計らって……」
リリアはそう言ってギュッと唇を結ぶ。
セルザンは哀れなリリアを痛々しそうな眼差しで見た。
「すまない。私が一人っきりにしたばかりに……。君は控えの間であの毒婦と二人っきりだったものな」
可憐な少女と正義漢気取りの美形の青年、実に絵になる光景だが、セルザンの言葉を一人の男がさえぎった。筋骨たくましい騎士風の男で品がある美丈夫だ。
「皇太子殿下、発言してもかまいませんか?」
「うん。ぜひ、話してくれ。最年少騎士分隊長ラルフ」
アドルフがにっこり笑って幼馴染の男を名指しで呼ぶ。
「ありがとうございます。皇太子殿下、その時、リリア殿は『皇太子殿下って素敵よね。あんたみたいな厚化粧で気のきつそうな女が婚約者なんてかわいそ』と聞くに堪えない暴言をバルシェ公爵令嬢に発し、『殿下が帰るまでに可愛くしなきゃ。お化粧直ししてくるわ』とその場を離れ、ブローチのやりとりは一切ありませんでした。その後、バルシェ公爵令嬢は法務府に呼ばれているので、バルシェ公爵令嬢とリリア殿がそのあと二人きりになることはありません。当時、私が隣室で待機していたのでよく覚えています」
真面目で堅物のラルフが淡々とした口調で証言する。
「う、嘘です!! きっとその男はカトレア嬢と通じていて私を陥れようとしているんです!! アドルフさま。どうか、私を信じて下さい!!」
リリアは目をウルウルさせて叫び、セルザンはリリアの肩を抱きながらアドルフに訴えた。
「皇太子殿下!! リリアは純粋で優しい女性です。あの毒婦は男を惑わし、今もなお陥れようとしているのです!!」
「それじゃあ、ドレスが切り裂かれたというのはいつ?」
アドルフは動揺することもなく、朝食のメニューを尋ねる時のような軽さで聞いた。
「昨日の夜です……! せっかくセルザンさまが用意して下さったのに、衣装部屋に行くとドレスが切り刻まれていたんです!!」
「あれは実に酷いものでした。予備を購入していたから良かったものの、それがなければリリアはこの場所に来ることができなかったのです……!!」
セルザンは眉間にしわを寄せ、愛しい彼女を守れなかった自分を責めるように悔しそうな声を絞り出す。
「でもカトレアがしたっていう物的証拠はないんだよね? 誰かが忍び込んだら君たちの警備担当が騒ぐわけだし」
「……未来の皇后の訪れを一介の警備ごときが拒否なんかできないです」
リリアはくすんくすんと嘆く。
「皇太子殿下。この毒婦は権力を振りかざし道理を曲げ、賓客の衣装を切り刻んだのです!! シェルディング帝国の警護は万全、蟻の一匹すら侵入できません。それができるのは、警護の兵が下がらざるを得ない存在であり、リリアを敵視する人物……すなわちあの毒婦です!!」
セルザンは自信満々で答えた。
「皇太子殿下、発言のお許しを頂けますでしょうか?」
落ち着いた中性的な声が響く。声の主は内務府次席に身を置く天才、ケイリー卿だ。皇太子の乳兄弟でもある。理知的な顔に眼鏡をかけ、細身のすらっとした美形だ。
「いいよ。どんどんやっちゃって」
アドルフの許可を受けてケイリーは形の良い唇を動かした。
「昨晩からバルシェ公爵令嬢は内務府でモンスターが大量発生したログ地方の対処の件を我々と詰めておりました。距離的にも時間的にも犯行は無理があるかと思います」
「徹夜だったんだよね。二人ともお疲れ様」
アドルフは乳兄弟と婚約者にねぎらいの言葉と共に優しい目を向ける。
「ちょ、ちょっと待ってください!! さっきの人みたいにこの人もカトレアさまに騙されているだけです!!! しかも、夜を一緒に過ごしたと言ってますよ!! 浮気ですよね!!」
リリアが叫ぶ。
「その通りです!! この毒婦は言葉巧みに殿下の周囲を味方につけ、無実の人間を陥れようとしているのです!!」
セルザンが声を大にしていったが、アドルフは揺さぶられない。
「カトレアたちが取り組んでいるのは重要案件だし、二人きりだったわけじゃない。それに大量の成果物も筆跡付きでちゃーんと存在するし、一刻を争う事態だったのにノンキに賓客のいる南の宮殿まで行けるわけないよ」
先ほどまで穏やかだったアドルフの顔が少しだけ冷ややかになる。
「……!!」
リリアは言葉を詰まらせて体を震わせている。
セルザンは気づかわし気に婚約者を見た。彼の心はリリアを労わる心と恐るべき毒婦カトレアに対する怒りで一杯だった。
「皇太子殿下! リリアはその毒婦に暴力を振るわれているのですよ!! 可哀そうにこんなに怯えて……あなたには人の心と言うものがないのですか!!」
「どっちかというと、論破されて悔しくて震えているように見えるけど……で、カトレアに平手打ちされたってのはいつ?」
アドルフは二人のお涙頂戴に揺り動かされることなく尋ねた。
「え、えっとえっと。セルザンさまとアドルフさまが……昨日の午後に執務室に入られたときです!! 私が一人きりの時にカトレア様がいきなり頬をぶったんです!!」
リリアが頬を押さえながら大粒の涙を溢す。しかし、ここで待ったが入るがそれはセルザンからだった。
「ん? 昨日の午後ならあの毒婦は共に執務室に入って灌漑工事について意見討論をしていたから違うのではないか?」
「あ……そ、そうですね。勘違いかも……」
リリアは焦りながら答えた。さすがのセルザンもこれには疑問を抱く。皇太子の婚約者に勘違いで罪を糾弾するなど言語道断だ。
「リリア、よく思い出してくれ。ここでしっかりとあの毒婦を糾弾しなければならないんだ。さあ、いつだ?」
「え…と、昨日の朝」
リリアが答えると、間髪を容れずに違う声が入った。
「皇太子殿下、発言をお許しいただけますか」と。
その後は同じことの繰り返しだ。リリアの証言を誰かが崩していき、リリアを見る周囲の目は実に冷ややかなものとなっていた。セルザンはリリアを庇うように立つが、その表情から戸惑いが見える。
「セルザン公太子。リリアとやらの言葉はどうも信用に欠けるね。婚約者を守りたい気持ちはよくわかるけど、その女性の本質を見抜けないようでは公国の未来を任せられないよ」
アドルフは笑っているが、青い目は冷え冷えとしていた。
セルザンは何も答えなかった。というよりも答えられなかった。狼狽しきったセルザンにリリアは大きな目を徐々に吊り上げていく。
「な、なによ!! 皆してなんでその女を庇うのよ!! 私は聖女よ!! それに私の方が可愛いんだから!! なんで私を信じないのよ!!」
完全に化けの皮がはがれたリリアは怒りを爆発させて怒鳴った。華奢な身体から信じられないほどの大音量である。
「なんでって……事の良し悪しは事象によって決定されるし、聖女だろうが何だろうが、可愛い可愛くないで決まるものではないってだけだよ。それに、君の理論で判断してもカトレアの方が可愛くて美人だしさ。君、鏡持っていないの?」
アドルフが悪気なく煽る。見た目は優男だが、デリカシーがないのが彼の欠点だった。
リリアはアドルフの言葉で完全に沈黙した。口をぽかんと開け、目を大きく見開く。見た目の可愛さで司祭をだまくらかし、周囲を篭絡してセルザンを手に入れた彼女にとってアドルフの言葉はどんな名刀よりも切れ味が鋭かった。
「あ、君も納得してくれた? それなら良かった。それにしても、カトレアは働きすぎだよねえ。君の証言のおかげでよくわかったよ。どうりで最近カトレアと話ができていないなあと思った。お礼に君たちの結婚は許してあげる。ただ、公太子の座は君の弟にしてくれるよう皇帝陛下に進言するけどね」
セルザンは真っ青な顔になり、その場で膝を突く。
アドルフはにこやかな顔でセルザンに廃嫡の決定を告げたあと、カトレアに微笑みかける。
「カトレア! 君の無実は勝ち取ったよ! もちろん、この場に居る誰もが彼らの言うことなんか信じちゃあいないけどね!」
アドルフは晴れやかな笑顔で勝利宣言をした。周囲からは誰からともなく拍手が送られ、それが大きな音となってホールにこだまする。
また、ラルフとケイリーが進み出てカトレアに頭を下げた。
「カトレア嬢、リリア殿の無礼から守れず申し訳ありませんでした」
悔し気に顰められた顔からどれほど心を痛めているかがわかる。彼の立場で未来の公太子妃にその場で反論することはできなかったからだ。
「私からも謝罪を。リリアに聖女の資質がないことは明白。あのような者を宮殿に立ち入らせてしまったのは我々臣下の落ち度です」
ケイリーが深々と頭を下げる。
カトレアは笑顔でその謝罪を受け入れたが、笑顔の裏で内心戸惑っていた。というのは、リリアをコテンパンに叩き潰すために準備を進めていたからだ。
リリアに虐待された侍女、陥れられて修道院に入れられたセルザンの元婚約者、さんざん利用され金を吸い上げられた商人、聖女選抜で陥れられた候補者たち……リリアの悪事の証人を別室で待機させていたのだが、悲しいことに全く出番がなかった。
カトレアの苦労は水の泡となったのだ。
その後、原告二人が抜け殻になったことで即席裁判は幕を閉じ、パーティが再開された。
場に活気が戻り、皆が思い思いに楽しんでいる最中、アドルフはカトレアの腕を掴んでテラスに連れ出した。
二人きりになった後で、アドルフはカトレアを抱きしめた。
「カトレア、とんだことに巻き込まれたね。でも、もう大丈夫だよ。何があっても僕が守るからね」
「それはとても嬉しいですわ」
実際、身を守る爪も牙も持ち合わせているのだが、カトレアは黙っていることにした。苦心して用意した準備がすべてパァになったが、アドルフの心は今もカトレアにあると知り、胸がいっぱいになったのだ。
しかし、アドルフはカトレアの期待を裏切る。
「君に負担をかけて本当にごめんね。ロクに休めなかっただろう? ケイリーたちに言って調整させるから、ゆっくり休んでね」
アドルフの言葉はカトレアへの優しさに溢れている。だが、カトレアが欲しいのはそれではない。彼が自分を信じてくれたことは嬉しいが、理解してくれていないことに少し怒りを感じる。
「……それが責務ですから苦労に思ったことはありません。休みも結構です。ただ、アドルフさまからの手紙が欲しいのです」
アドルフは言われて初めて気が付いたらしく、「あ!」と声を上げた。そして気まずそうに頭をかく。
「ご、ごめん……。忙しすぎて忘れてた。いや、送ろう送ろうとは思ってたんだけど……」
カトレアはにっこり笑う。
「まあそうですかオホホホ」
「あははは……ご、ごめん」
二人の笑い声が響き、ホールにいる人たちにもその声が届く。そして彼らは思うのだ。
『ああ、今日もまた仲の良い二人だ』と。
後日、メッセンジャーが二人の間を何十回も行き来することになる。もちろん花束とプレゼントも。
また、公国は汚職神官と偽聖女、公太子交代のニュースでもちきりになった。カトレアが用意した証人たちは控えの場で意気投合し、団結して皇帝に訴えたため、リリアの悪事が暴かれて芋づる式にその信奉者たちも捕まることになったのだ。
こうして、一連の騒ぎは終わった。
カトレアの多忙さは皆の知るところになり、官吏たちが気を利かせてスケジュールを調整してくれた。そのため、カトレアはまとまった休みが取れることになり、アドルフと楽しいお茶会を楽しむことができた。
爽やかな風、暖かな日の光。焼きたてのスコーンに香り高い紅茶。
実に素晴らしい午後である。
カトレアが幸せを満喫していると、アドルフが思い出したように疑問を呈した。
「そういえば、なぜリリアって女は君を陥れようとしたんだろうね。最初は僕の弱みを握ろうとしていたのに、いきなり冤罪をでっちあげるから驚いたよ」
カトレアはアドルフの言葉に一瞬時が止まった。
そしてじわじわと状況が飲み込めてくる。
アドルフはリリアの好意にまったく気が付いていないらしい。手を触れるのも、腕を絡ませるのも、弱みを握るためだと誤解している。つまり、そのせいでどれだけカトレアが思い悩んだのかも理解していない。
そういえば、この人はとてつもなく鈍感だった。神童で名が通り、博士や大臣に褒められ続けて育った彼は心の機微にとても疎いのだ。さらに言えばデリカシーもない。カトレアは過去の胸の痛みまで思い出して腹のあたりが熱くなる。
「あれ? カトレアどうしたの?」
アドルフは人の気も知らないで呑気に語り掛けてくる。
サラサラの金髪、澄んだ青い目。柔らかい印象を受ける顔立ち。どれもこれも大好きだが、今だけはぶん殴りたい衝動にかられた。
「殿下、少々用事を思い出しましたので失礼します」
「え? なんで? どうしたの? 何を怒っているの?!」
いきなり席を立つカトレアにアドルフは慌てふためくが、カトレアの足は止まらない。アドルフは困り果てて周囲の侍女に尋ねるが冷ややかな視線を向けられるのみ。普段、アドルフの鈍感さとカトレアの気苦労を知っているため、風当たりは強かった。
後日、心の友、ラルフとケイリーが仲立ちをしてカトレアとの仲がようやく修復した。とても懲りたアドルフは日頃の行いが大事だと痛感したのである。