殺人事件を起こした、元有名小説家の贖罪 ~第四章~
第四章
山菜採りから戻った後、藤田はすぐに自分の部屋の方へ戻っていった。
足早に二階へ上がり、乱暴に雪見障子を開いて中に入ると、バタンと強く閉める。
「藤田さん、どうしたんでしょうか…」
お幸が心配そうに、二階を見つめる。
「お幸、何か失礼なことをしたのかい?ひどく機嫌が悪そうだけど。」
女将が尋ねる。
「そんなつもりはないんですけど… ただ…、私が職業を尋ねてから急に表情が曇って…」
「あんまり、お客さんのことを詮索しなさんな。」
「すみません…」
「でも、藤田さんが泊まりに来てもう一週間以上経ちますけど、自分の話を全然してくれないでしょう?だから、ついつい気になって…」
「そんなに気になるのかい?」
「はい…」
女将は、少し首をひねりながら考え込んだ後、お幸に自分の考えを話す。
「私が思うに、藤田さんは何か重い過去を背負って、ここに泊まりに来たんじゃないかい?」
「重い過去?例えば、どんなですか?」
「さあ、詳しいことは本人に聞かないとね。」
女将は神妙な顔で続ける。
「でも、お幸。こちらから聞くような無粋な真似はよしなさい。もしその時が来たら、自分から話してくれることもあるだろうさ。」
「分かりました。」
そう言いつつも、女将も藤田のことが気がかりだった。
ここに泊まる男は大抵二日も経てば、お幸にすっかり気を許し自慢話やらなんやらを、べらべら話し始めるのだが、藤田は一向に話そうとしない。
これまでも気難しい客なら何人も泊めてきたが、そのような客とでさえ、お幸は持ち前の人当たりの良さと愛嬌で、宿を出るころには互いに笑顔で会話するようになっているのだ。それだけお幸の人柄はこの宿の雰囲気を良いものにしてくれている。
しかし藤田に限っては、お幸にも全くと言っていいほど心を開こうとしない。自分の殻に閉じこもっているように感じるのだ。女将は、藤田はかなり深い悩みを抱えているに違いないと心の中で思っていた。お幸には聞くなと言ったが、多少は事情を知りたい気持ちもあった。
いつもは夕食を3人で食べているが、今日の様子ではそれも難しそうなので、お幸に運ばせることにした。
「お幸、藤田さんの部屋に夕食を持って行っておいで。その時にちゃんと謝っておくんだよ。」
「分かりました。」
お幸は、先ほど女将が作った料理を2階に運んでいく。
お幸が上手く藤田の怒りを収められるか気がかりだったため、女将も二階に上がりその様子を窺うことにしたのであった。
<次回に続く>