殺人事件を起こした、元有名小説家の贖罪 ~第三章~
第三章
藤田はお幸と共に、山菜を採りに出かけた。
「この辺りには、ワラビやゼンマイがたくさん生えているんですよ。」
「そうですか。」
「ほら、あそこに!」
お幸が指差す方に注意を向けると、斜面の中程にワラビが青々と茂っていた。
草鞋を履いた若い娘は嬉しそうに、顔をほころばせる。
ここは結構な傾斜があり、足を滑らせると、かすり傷では済まない。
2人は、ゆっくりと慎重に斜面を下っていく。
そうして、ワラビの生えている斜面の中腹に辿り着くと、お幸は背負ってきた籠を下ろす。
「自分たちが食べられる量だけ採って、無くなったらまた採りに来るのが決まりなんですよ。」
「そうですか。ここら辺にはそんなに人もいないでしょうから、多少は多めに採っても構いはしないと思いますが。」
「駄目ですよ!山の恵みを無駄にしないためにも、決まりは守らないと!」
お幸は顔を赤らめて怒る。
「軽い冗談ですよ。」
こんな些細なことに顔を紅潮させて怒るとは、面倒な娘だ。
藤田はそう思いながら、お幸が持ってきた籠の中にワラビを入れていく。
籠の3分の1程度の量を取ったところで、お幸が手を止め、
「もう十分採れたので、宿に帰りましょうか。」と一言。
藤田は何も言わず、黙ってそれに従う。また何か余計なことを言って、怒られるのが面倒なのだ。
帰路の途中、お幸にいくつか質問をされた。
どの質問にも、当たり障りのない答えを返す。
しかし、お幸に自分の職業を尋ねられた時、返答に困ってしまう。
脳裏には、自分の輝かしい小説家としての経歴と共に、あの事件のことが浮かび、彼の心に深く暗い影を落とすのであった。
<次回に続く>