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竜の愛し子と魔法使い  作者: 中村悠
第六章 友人Aの場合
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04.外交官アクローレン




 王城の通路に控え、その方の登場を待つ。この時間が堪らなく幸せだった。

扉から現れたその女性は、こちらに視線も送ることなく資料に視線を落としたまま歩みを止めない。付き従う研究員達に的確に指示を出しながら、研究所に設けられたゲストルーム兼会議室へと向かう。フェンネラ様が入所して以来、周辺国との共同研究が盛んになりいくつか設けられた。今日使用するのは「炎の間」。

今回お見せする魔道具が設置型と大きいので、お客様を我が国に招くことになっている。


「新しい魔道具のデータとサンプルが、」

「フェンネラ様!お言葉を遮り申し訳ございません。竜の国から参加される人数を急遽増やしたいと打診されました。すぐのご返答を」


「構わないわ。対応は任せます」



 こうしてフェンネラ様のお姿を近くで拝見し、会話もできる。素晴らしい職場環境だ。外交官としてだけではなく研究内容についても深く理解できるアクローレンは、こういった内容の会談等に重用される。事前に渡された開発資料から、プレゼンに使う会場選びや配置、万が一に備えたあらゆる準備。もちろん研究者達も備えてはいるが、それはあくまで研究者目線であって、きめ細やかな配慮とは違う。外交官は交渉が最大限うまくいくように最上のおもてなしと演出にまで気を配る。アクローレンはその仕事に愉しみを見出していた。


 だが、邪な想いが一番にあることはわかっている。むしろその為に外交官になったのだ。女神がより一層輝く場を作り、自分がそれを見守る。それが自分の使命であり幸せだと思っていた。





 近年近隣諸国と国交が活発化して、外交官は人手が全く足りていない。そのうえ、アクローレンは能力からも多用されすぐ近くにある邸に毎日帰る事も適わず、王城の一室を仮眠室に借り上げ、昼夜問わず眠れるときに眠るという不規則不健康な生活を送っている。そのうち只の仮眠室だったものが、アクローレンの私物に覆われ始め、仮眠室とは名ばかりのアクローレンの私室ができあがってしまった。


 王城なので部屋の管理は城でされているためにいつも清潔に保たれており、アクローレンは不便も感じない。執務の合間を縫って研究所の最新の論文にも目を通す。疑問が生じれば研究所まで赴き、理解するまで説明を受ける。

そのお陰で、研究員と文官の連携も迅速に取れるようになったため、新しい魔道具に関する輸出品の手続きが今までより格段にスピードアップした。


 だが、アクローレンの疲労は確実に蓄積した。遣り甲斐だけでは肉体は動かない。疲れた体を仮眠室の寝台に投げ出すと大きく息を吐き目を瞑った。吐ききると今度は息をおおきく吸い込んで、呼吸を整える。精神をリラックスさせるためにアクローレンが取り入れている呼吸法だ。いつもの睡眠導入の行為に今日は何かが違うと感じた。


 鼻先をくすぐる爽やかな香りに心が安らいだような気分になる。なんだか懐かしい花の香りに重い目蓋をどうにか開けた。かすむ視界に移りこむ白い可憐な花に、ああ、庭に咲いていた花だったなとなんだか温もりに包まれた気になった。

そうしてアクローレンは深い眠りについたのだった。


 目を覚ますと部屋は真っ暗な闇に覆われていて、自分が思いのほか長く睡眠をとってしまったことに愕然とした。今まではどうしようもない焦燥感に眠りを妨げられ、深く眠ることを許されなかった。

ベッド横に飾られた小花は窓から差し込む月の明かりに照らされ青白く光っていた。

すっきりクリアになった脳で思考を巡らした後、体を起こし執務室へと向かう。明日は自宅に戻ってゆっくりと休むのもいいかもしれない、そう思いながら。



 結局、すぐには家に帰れるようにはならず、戻るまでに数日を要した。その間、仮眠室には可憐な花が飾られ続け、アクローレンの心を癒したのだ。



******



 久しぶりの我が家に戻ると、母が涙を流さんばかりに喜んだ。

「貴方の目覚ましい活躍は知ってるわ。だけど」と体を気遣ってほしい、周りをもっと信じて頼りなさいと助言までされた。母に諭されたのは子どものころ以来だったので、体だけは大きくなっただけのような自分に苦笑してしまった。

「庭で少し、のんびりしたい」と話すと母は顔を輝かせ「それがいいわ」と侍女にお茶や菓子類を庭に準備するように言った。

「王城で、セティにあった?」と母に聞かれたが、「いいや」とだけ答えた。セティはもうすぐ学院を卒業する。同い年のイーロンが近年稀にみる秀才だと、王城内でイーロン待望の声が高い。

もしフェンネラ様が貴族学院に進学されていたのなら、稀代の天才と言われただろうなと想像し思わず笑んだ。




 庭に出ると椅子に座り足を延ばしくつろぐ。庭と言っても小さなものだ。

視界に収まるだけの可愛い庭。生垣の向こうはセティの屋敷の庭で、一見広く見えるが借景だ。

見慣れた景色と懐かしい香りに日々の疲れが癒される気がした。包まれる安心感に自宅というものは悪くないとやわらかな日差しの中、アクローレンはうとうと微睡んだ。




 



 人の話す声に目が覚めた。最近は王城の仮眠室で一人っきりの短く浅い睡眠が日常で、話し声で起きる環境は学生の頃の様だなと寝起きの頭でぼんやりと考える。

教室での居眠りやアクローレンの家での泊り会を思い出して口元が緩む。

漏れ聞こえてくるその声も楽しそうで、幸せそうで、聞いているこちらまでじんわりと温かくなった。ぼそぼそと低く聞こえる声は母で、高めの笑い声はセティだろうか。体を起こし、声の聞こえる方へ歩いていく。

隣家との繋がりの扉はわずかに開け放たれていて、互いに行き来できるようになっている。幼少期、セティとアクローレンが遊ぶために両家で設置してくれた門だった。


 この門はこんなに低かったかと、子ども時代開閉に苦労していた自分を思い出し、笑みがこぼれる。セティに会いに行くのを楽しみにしていた自分の感情まで一気に引き出してきた扉を押して、勝手知ったるセティの家の庭に足を踏み入れた。そこで見る幸せな光景に胸を抉られることになるとも知らないで。







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