08.緑の守り人
ヘレネーの家の前に降り立つと、ヘレネーの父親の他に何故か庭にアドニス長官がいた。
だがそんなことはお構いなしに精霊が寄ってきてユーキを揶揄う。
「また迷子にさせちゃうよ~」
「まいご〜まいご〜」
常日頃賢者の傍にいる精霊達は、精気に満ち溢れいきいきとしている。人の言葉を話せる精霊も多いようだ。
「お前達、いたずらするな。……気を悪くするなよ。君のことが大好きってことだ」
低い声だったが穏やかな声質と落ち着いた物言いに、ヘレネーの父であることが窺える。
「気に入らなかったら、空からだって迷子どころか、この森に入れてさえもらえなかっただろうよ。こんなちっちゃいやつらだって力があるし、たくさん集まればすごいことになる」
静かに話すヘレネーの父は、ユーリの想像していた森の賢者とは違う風貌だった。長身で細身で筋肉質、顔はヘレネーが凛々しくなった様。涼やかな美しい男性だった。
あれおかしいな
俺の想像では、髪の毛もっさり髭はふっさり体はぽっこり
ドワーフが大きくなったイメージだったぞ、なんでだ?
ヘレネーのきこり発言に想像力が引っ張られたユーキは熊のようなイメージを思い描いていた。
だが目の前にいる男性は、穏やかで温厚に見えるがオオカミのような鋭さが隠れているようだった。
「お前たち二人は先にうちの中に入って休んでいなさい。荷解きもあるだろう」
あいさつもそこそこにユーキとヘレネーは家で寛ぐよう促された。
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この日、事前に二人が訪れることは連絡してあった。だが転移魔法で行くと思っていた二人は竜の姿のユーキの背に乗りミミルファの上空へと飛び立ってしまった。
ユーキなら休憩もいらないし、ゆっくり飛んでも昼前には余裕でつくだろうが、賢者をかなり待たせてしまう。
魔導師は、このことをヘレネーの父親に伝えるようアドニスに指示した。
「わざわざ、アドニス様にご連絡いただくとは、御足労をおかけいたしました。
娘の相手を今か今かと気を揉んで待つのも父親の務め。幸せな父親の役目を全う致しましょう」
賢者のその穏やかな物言いと優しい眼差しにアドニスは正直釘付けになった。
いつも仕事で話す賢者様は流石、慧眼の持ち主といわれるだけあって、常に表情は崩さず聡明で冷静だ。なのに今、目の前にいる賢者は父親の顔をした一人の男だった。
二人がやってくるまでには時間はたっぷりある。少しだけ話をしても許されるだろうかと、そのまま、ぽつりぽつりと、アドニスは賢者に尋ねた。
賢者もアドニスの様子から何かを悟った様子で、聞かれるままに答えた。
アドニスは優秀な逸材として早くから登城し、リヴァイの元、執務官として重用されてきた。
小さいころに父親を亡くし母親と二人暮らし故、王都にある第一魔法学校には進まず、家近くの第八魔法学校に進学することになったのだが、その選択が逆に王都に呼ばれることになるとは運命とは因果なものだ。勿論、そのおかげで母親も王都に一緒に住むことになったのだから精霊のお導きもあったのかもしれない。
リヴァイがミミルファ国を離れ竜の国の特任大使となった時、この若さで長に任命されそこからアドニスは独りでやってきたのだ。心の寄る辺の魔導師様に竜王という番が現れ、頼るものもなく本当に独りで。
今まで見せたことのないアドニスの反応に、自分も頑なに賢者の姿勢を崩さなかったことに思い至った。そして、こんな子どもの伝言をアドニスに頼んだ魔導師に敬服する。私もまだまだ精進せねばと賢者は思い、気が付けば「少し話し相手になってくれ。たまには精霊以外と話をしたいと予てより思っていた」と口に出ていた。アドニスの一瞬綻んだ口元に安堵しながら、庭のベンチに腰を下ろす。
そこから当たり障りのない軽い話から遂には重いものまで話し込むと、時のたつのはあっという間で、初めて感じる若々しい魔力が近くまでやってきたのを感知して、空を見上げたのだ。
「アドニス様。今日はわざわざありがとうございました。魔導師様にくれぐれもよろしくお伝えください」
「はい。わたしも仕事の話を離れ、ゆっくりと…、賢者様とお話できてよかったです。では」
「……アドニス様。一言だけ。
私のようなものが執務長官に進言するのは憚られることですが」
「?……どうぞ」
「足元を、ご覧いただけますか。芽を出し陽の光を浴び、天に向かって伸びる花や草木を」
「ええ、生命力に溢れ清々しく美しい」
「アドニス様。断崖絶壁に咲く凛々しい一輪の花に心を奪われるのは至極当然。ですが、身の回りの草木に雑草と呼ばれる草花に心休まることも、生きていればあるのです。心の変化には逆らわず、素直に受け入れて欲しいと願っています」
「……ありがとうございます。では」
アドニスが呪文を唱えると瞬く間に消えたが、その場所をじっとみつめる賢者に家の窓からヘレネーが声を掛ける。
「父さん!お茶にしましょう!」
あんな生き生きとした声で娘から呼ばれるのは久しぶりだなと顔が綻ぶ。
家から流れ出てくる二人の魔力に心地良さを感じて、賢者はほっと息を吐いた。




