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竜の愛し子と魔法使い  作者: 中村悠
第一章 竜の番 竜王編
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04.黒い靄との思い出




 小さい頃の私は城内の北東に位置する側塔のてっぺんで暮らしていた。正確には隔離されていた。いつもベッドに横たわり窓から見える風景をただぼんやりと眺めて過ごしていた。時折、息苦しくなっては自分の中から湧いてでる力の波に飲み込まれて溺れそうになる。

 でも自分一人が苦しんでいるだけならまだ良かった。

力のコントロールができなかったわたしは、側付きのものたちも巻き込みそうになることもしばしばだった。それでも、わたしに仕えているのは、国内最高級の騎士たちで、幼いわたしを数人がかりで抑え、そして守ってくれた。




 *****




 ある時、わたしがいつものように窓の外を眺めていたら何か突然胸騒ぎのようなものがして、窓の外に黒い霧が立ち込めた。なんだろうと思って凝視していると、霧はこちらに気づいたかのように動きを止め、その後窓の隙間からゆっくりと侵入してきた。そして、全部が侵入しきると、ぱあっと弾けたように霧散し、そしてまた集まっては、ぐるぐると部屋の中をまわりはじめた。

 その様子をじーっと見ているうちに、わたしはいつのまにか気を失ってしまった。

それがわたしと靄の出会いだった。



 その黒い霧というか、モヤモヤしたものはそれから度々現れるようになった。初めは短い時間だけ現れていたが、次第に滞在時間が長くなっていった。現れる時間は不規則で昼間だけでなく早朝の時もあれば真夜中の時もあった。

 丁度その頃から、わたしは力の安定を覚えた。靄と出会ってからの私は何故か少しずつだけれど力の暴走を抑えられるようになった。それはきっともやがいることが心の支になったからだと自分勝手に思った。

 心が安定すると同時に力の使い方も少しずつだけど習得していった。

 家庭教師の先生の言ってることは頭ではわかるのだけれど感覚的に掴めないことがしばしばだったけれど、その話をもやにすると、頭の中にイメージが入り込んできて、体中の力の流れをうまく扱えるようになるのが不思議だった。



 力を抑制出来るようになってわたしは、塔から出ることを許された。


 忘れもしない。

庭をはじめて駆けまわったこと。走るなどしたことのないわたしの足はもつれて、転がって。そんなわたしを靄は微笑み見守ってくれた。わたしの周りには、もやがふわふわと付き添っていた。


 わたしたち二人の喜びに気づいたのだろう。たくさんの妖精や精霊がでてきて、取り囲み祝福してくれた。胸いっぱいに空気を吸い込んで、この世界を改めて感じた。世界は喜びに満ち溢れていることをわたしは知ったのだ。






 *****






 はじめはただの黒い霧だったもやは、次第にかたちを変えることを覚えた。



 はじめは、小さなネズミになった。手のりサイズのもやは可愛くって、顔を寄せると髭があたってくすぐったかったっけ。


「可愛いね。手のひらサイズだ」


「…ちぅ」


 庭のベンチに腰掛けてネズミのもやを手に載せて、すりすり頬ずりしたら、もやは恥ずかしがって飛び降りてしまった。そうしたら近くを通りかかった城の飼い猫に追いかけ回されて。慌ててもやを追っかけたけど、捕まえるのに苦労したっけ。その後、もやは二度とネズミにはならないってげっそりしてた。


 次は小鳥になって肩でさえずってくれた。わたしも一緒に歌ったりして、同じ曲を知っていたのに驚いたんだ。次から次へといろんな歌を歌って楽しかった。


 その次は、もふもふのうさぎになって庭園の迷路でおにごっこ。捕まえた時、めっちゃもふってて思わずぎゅーって抱きしめてしまった。


 それから艶やかな猫になって日向ぼっこ。この時初めて性別を知った。ずっと同性だと思っていたから最初戸惑ってしまった。今でもあの時の衝撃は忘れられない。


 お散歩はいつも犬の姿。その頃は、街に出かけられるようになってたから、時々一緒に歩いてお出かけしたんだ。モフモフが好きなわたしの為に大きい真っ白な犬になってくれるもや。町に行くとみんなが声をかけてくれる。


「ワンちゃん用の新しいおやつができましたよ」


「たった今、肉が焼けましたよ。ワンちゃんと一緒にどうですか」


 もやは人気者だった。中には、


「新しいデザインの首輪ですよ。きっと、とってもお似合いになりますよ」


 と声をかけてくる者もいた。


「首輪…。そうだね。とっても似合いそう」


 首輪と聞いて靄がびくっとしたので、ついからかっちゃったこともあったっけ。

いろんな姿にかわって、わたしを楽しませてくれたっけ。靄のことを思い出すと、心臓を鷲掴みにされたように苦しくなる。




 *****




 忘れもしない十二歳のわたしの誕生日。

 城で開かれたパーティでスイーツを頬張る靄を発見した。靄は人の姿になっていて、でも何故だかすぐに靄だとわかった。テーブルの上に並ぶスイーツをいくつかつまんでは、テーブルの下に隠れて食べてるようだ。


「もや、みっけ!」


 わたしは父上たちの目を盗み、テーブルの下に潜り込む。


「!!…ぐっ…」


 靄はびっくりして、食べていたケーキを喉に詰まらせていた。


「ごめん。ごめんね。驚かせちゃったね」

「……行儀悪いところ、みられちゃったな」



 靄と一緒に食べるスイーツは、この世のものとは思えない程甘いものだった。幸せな時間だった。

「また美味しいの、一緒に食べようね」って約束したのに。だけど、その後、三ヵ月くらい靄には会えなかったっけ。




 十三歳のわたしの誕生日。

 靄はやっぱり人の姿で来てくれて。わたしがにっこり微笑むと小さく手を振ってくれた。でも、遠くからわたしを見つめるだけで、すぐに黒い霧となって消えてしまった。



 十四歳のわたしの誕生日。

 現れた靄はとても美しくて、わたしの心はよくわからない感情に襲われた。眩い姿にクラクラして、もやが素敵だって伝えたくて、でも照れ臭くてダンスを一緒に踊りたいのに誘えなかった。

 結局、意気地の無いわたしはパーティを抜け出し、自分の訳のわからない興奮と焦燥を落ち着かせようと噴水の前に佇んでいた。そのわたしの顔を靄が突然覗き込んだ時、わたしの心臓は破裂するんじゃないかと本気で思った。靄が、ダメダメなわたしを追いかけて来てくれたと思うだけで泣いてしまいそうになるのに。庭の噴水で水遊びしてはしゃぐ靄の姿に胸が締め付けられるように苦しくなって、わたしはその夜、熱を出した。




 その後、わたしがどんなに頼んでも靄は人の姿になってはくれなかった。人の姿だけではない。動物にすら変身してはくれなかった。もふもふしたいと兎の姿をお願いしても、顔を真っ赤にして聞き入れてはくれなかった。



「このままの姿のわたしでは駄目?」


「まさか!どんな姿の靄でも、靄のことが好きだよ」




 人の姿になったのを見たのは、

 その三回だけーーー。











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