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竜の愛し子と魔法使い  作者: 中村悠
第一章 竜の番 竜王編
17/108

17.恋人同士の名前呼び




「それはそうと。先程気になったのですが、ユーリ様はご自分のこと、俺っておっしゃるんですね。小さい時から一緒に過ごして参りましたのに、ちっとも知りませんでした」


 そう言ってもやはちょっと拗ねているようだ。


「聞き流してくれてれば良かったのに」とユーリはもやに聞こえないよう小声で呟いてみたものの、


「さっきのは、ちょっと動揺して素が出たんだよ。プライベートでは、俺って結構言ってる。ユーキとかと話すときは改まってないし。でも、もう言わない、成人したしね。品が悪くてガッカリさせたかな」


「がっかりなんてことはありません。ただ、わたしの前では素顔を見せてくれているとばかり思っていました」


 心なしか口をとんがらせ拗ねているもやが可愛くて、仕方ないなと溜息をついてみる。


「もやの前では背伸びしていたんだよ。なんでも知っている君に子どもだと思われたくない、追いつきたいって。格好悪いだろ」


 そう言って目を伏せて大きく息を吐く俺の頬を不意に柔らかい温もりが襲う。




「……誰も見ていないなら、触れても良いんですよね」


勝ち誇ったように俺を見つめるもやの手があったかい。もやが小声で

「俺って言うユーリもかっこいいよ」って。


 



……俺、萌死ぬ。






「ねえ、もや」


 俺が、もとい、わたしが、声を絞り出すと、もやは慌てたように手を引っ込めてあたふたしだした。もやもわたしのために背伸びをしてくれたんだ。そのことに気付き気持ちがほっこりとする。


「わたしは、君の名を呼んで良いのかな」


 切ない気持ちを乗せてしまったようで、聞こえた自分の声にユーリ自身が驚いてしまった。自分の気持ちを隠せないなんて、全然お子ちゃまじゃないか。こんなんじゃもやを困らせてしまう。


「あ、いや…今のは」


「大丈夫ですよ」


 わたしの心の機微をすぐに読み取ってもやは、優しく微笑んでくれる。


「竜の国の方にミミルファの魔法がそのまま適用されるとは思いませんし、ミミルファに於いてもただ名を言うだけではそれほど効力はないのではないかと考えています。感情や意味、意志を持たせた時、効果は発揮されるのです。そうでないとわたしは国民の名を呼ぶことができなくなりますもの。なので私は、自分の感情が非常に揺らいでて負の感情がある時は不用意に人の名を呼ばないようにはしています」


「なるほど」


「それに国民が魔導師の真名を知ったって、力がなければ名なんて意味のないものなんですよ。意思を持って名を呼ぶとき、相手を押さえつけるのにもある程度の力がいるのです。相手の力が大きければ大きいほど巨大な魔力が。だからきっと私たちは契約なんて囚われないくらいに対等にやっていけるはずです」




 呼び方さえ気を付ければ名前を呼んでも構わないと知ってユーリは少し安心した。それと、もやでも気持ちが揺らぐことがあると知って、少しホッとしたわたしはやっぱり幼い。


「ただし、今までの慣例に従ってわたしが魔導師でいる間はわたしの名を他の人には決して教えないでくださいね。わたしの名を呼んで良いのは、ふたりきりの時だけですよ」


 すると突然、


「ネイティア……」


 心の奥まで痺れるような甘い声で囁くユーリ。



「うっ…くっ、いまのはぁ、駄目なやつです」


「あっごめん。呼んで良いとわかった途端、衝動が抑えられなくて。2人きりだから、呼んで良いのかと思ったんだけどやっぱり駄目だった?」


「だーかーらー、さっき言いましたように意味を持たせないでください」


「えっ、意味なんて、何も含めていなかったんだけどな。ただ呼んでみたかっただけなのに困らせてしまうなんて本当にごめんね。きっと愛情がこぼれちゃったんだな。どうしよう。こんな状態ではきっと、俺は夜にしか君の名を呼べない」



「……っユーリ様!よ、夜のほうが無理かと思われますがっ」


 もやの頭から、ぷすーっと湯気が出たような気がした。それほどまでにもやの顔は真っ赤だった。


 俺はいじめっ子体質だったのかな?もやが困ってるとなんか可愛い。でも、報復してやろうとひそかに闘志を燃やしている様子のもやもたまらなくいい。この際、自分がSでもMでもどちらでも構わないな。相手がもやなら、いかようにも対応できるという変な自信がある。


「ということは、心配しなくても名前を呼ばないということですね!」


 もやは耳まで真っ赤になって震えながらも負けずに言い返してきた。だけどわたしは平然と答えてやった。



「そうだね。魔法の力を借りてもやを痺れさせるのは本意でないからな。わたしの想いは、真っ直ぐな形で君に届けたいと思っている。わたしの本気を知って欲しい」


「……っ」


「……もや」

 魔法の力はないけれど、愛情を込めて、わたしの愛する人という意味を持たせて、君を守るという意志を持って呼んだ。


「………………」


 もやは美しい青い瞳を見開いた後、こぼれるように涙を落とした。







 *****







 ユーリは、わかっていない。ちーっともわかっていないんだから。わたしがユーリにふさわしい人になろうとどんなに努力してきたのか。ユーリは、無邪気で素直で好奇心の固まりで、寂しがり屋だった。だけど、いつの間にか持ち前の誠実さに、努力や向上心、リーダーシップや責任感なんてものまでプラスされて、幼かったユーリがどんどん成長していく様にわたしは焦燥感を覚えた。

ユーリはまさしく王になるべくして生まれてきたのだと、今ならわかる。だけど、幼いわたしの目に映るユーリは、すごいスピードでどんどん離れていくみたいで、わたしは怖かった。なのに、ユーリがわたしの為に背伸びしてたなんて、そんな些細なことが本当に嬉しい。



 しかも。



 あんな艶っぽい声で名前を呼ばれたら。ユーリはただ名前を呼んだだけだって言ったけど、それなのに、なんなの、あの破壊力!でも、その後もっと驚いたの。

「もや」って呼ばれたわたしの心は、ぎゅーっと鷲掴みにされたような、だけどその後ぽかぽかと暖かくなって、そのいっちばんあったかい所はどくどく脈を打っているように苦しくて。なのにわたしは、ふわふわふわふわした気分。一体わたしはどうしちゃったんだろうと思ったら、自然に涙が溢れてきた。


 ユーリとわたしの中では、もやという名前はもう事実なんだと知った。











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