13.原因解明とハッピーエンド
「もや、会いたかった!」
「わたしもです」
二人は、ユーリの私室にある長椅子に並んで腰掛けている、手を握りあって。部屋の中には、国王と王妃、それに宰相が同席しているが、ユーリには全く目に入らないようだ。もやを熱く見つめながら、握りしめる手をそっと持ち上げて、もやの細く長い指先にユーリはそっと口づける。もやの頰がぱあっと赤くなってもユーリは怯む様子もなく、まっすぐ見つめながらさらに愛の言葉を囁きかけた時、
「ん、んんっんほんっ」と国王が咳き込む声がユーリにも聞こえた。
「……姿が見えなくなった時は、どうしようかと思ったけれど、間に合って本当に良かった。だけど、どうし…」
「ユーリ様っ!あのっ…」
ユーリが話すのを遮って小声で、もやが耳元に語りかけた。
「その前にっ、はじめにお話しておきたいことがあるのですが」
「何だろ。聞かせてくれないかな?」
「わたしのことは、もやと呼んでいただけますか?詳しい理由は後ほどいたします」
ミミルファ国の魔導師は、小さな声で躊躇いがちに言った。
「わかった。何か理由があるんだね。もやが姿を見せなかったことも何か関係あるのかな?」
「多分、きっと」
ユーリは、その様子を見てにっこりと微笑み頷いた。そして、みんなの方に向き直ると
「父上、母上、彼女が私の番。もやです」
と、ようやく紹介した。もやは堂々とした様子でそれに応える。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。ミミルファ国で魔導師を務めております、もやと申します」
「もや様。本日はユーリの成人の儀にありがとうございました。本来ならこちらから、正式にご招待せねばならぬ所を」
「いえ、元はといえば、わたしが消えてしまったことが原因です。ご心配をお掛け致しまして本当に申し訳ございませんでした」
もやが詫びの言葉を述べると国王は言った。
「もや様。一国の大魔導士で在らせらるあなた様に礼を欠く不躾な質問を申し上げること、お許しください。先ほどの巨大樹や精霊の様子から、もや様に悪意がないことは理解しております。が、ユーリの張った結界をいとも容易く侵入するもや様のお力は脅威と言わざるを得ないのです。失礼ですが、もや様は今までどちらにおられたのでしょう?」
「わたしがいままでどこにいたかと申し上げるなら、ユーリ様の中、でしょうか」
そう言って、ふふふっと笑った後もやは、ユーリをまっすぐにみつめた。
「あの日、ユーリ様はわたしの名を呼び、わたしは、ユーリ様のおそばにいることを約束しました。先程、ユーリ様が玉に誓われましたように、ね」
「ああ、誓った途端に金色の美しい光が放たれた。わたし自身は力が玉に吸い込まれたような感覚があったな」
「わたしも同じような感覚があり、そして実際に吸い込まれたのでしょう。今回ユーリ様にも同じようなことが起こったと考えます。ただ、私がユーリ様に応えたことで宝玉の婚姻の儀はその時点で大方結ばれたと」
「今回消えはせず吸い込まれるような感覚だけで済んだのはそういうことか……」
「ええ。たぶん。それに、ユーリ様のお力の大きさによるものとわたしが実体であったことにも影響があったかとも考えられます」
「力の大きさでいうなら、もやだってかなり大きいと感じるけれどね。こうしてただいるだけで伝わってくるというか、溢れ出ているのがわかる……。それにわたしの結界を破ったのなら、わたしより大きいはずだ」
少し考えるような仕草をして、もやが言った。
「わたしは結界を破ってはいないと思います」
「もやが破らなければ、一体誰の仕業で侵入したと言うのか」
「それは……。ユーリ様かと」
「は?」
「ユーリ様がわたしをお導きくださったと、わたしは考えております」
「?」
「わたしが今日ここに現れた方法と同じなのですよ、きっと」
そう言ってもやは掌を広げると、どこからともなく玉を取り出した。
「この宝玉を初めて見たのは、わたしが五歳になる前でした。空中にふわふわ浮かんでいたので手を伸ばしたら、宝玉の中に吸い込まれてしまい、気づいたらユーリ様の前にわたしは浮かんでおりました。ユーリ様は、わたしを初めて見た後、倒れられたようですけれど、わたしもその後寝込んでしまって」
「この宝玉がもやを吸い込んでいたのか?」
「ええ。幼き頃からいつもわたしのまわりに浮かんでおりましたので、時間のある時は触れてこちらに来ていたのです。でも、慣れるまでの間は、こちらの国に来た後はいつも寝込んでしまっていたんですよね」
「かなり力を消費するということだろうか」
「ええ。慣れてしまえば靄の状態でいる分には平気でしたけど。ただ形のあるものに変身するとその後はやっぱり伏せっていました。あの時、こちらで人の姿を形どったまま<契約>をしたので魔力が少なくなっていた私は球の中に吸い込まれてしまったのだと思います」
「……わたしが、無意識のうちにもやの名を呼び、誓った為か」
「ユーリ様が私の真名を呼び現れるよう願ってくださらなかったら、もしかしたらずっと、玉の中に閉じ込められていたかもしれませんね。ふふっ」
「この宝玉は、<竜の瞳>と呼ばれるものだ」
「竜の瞳………名前だけは。確か竜王が番と交わし合うものだと。竜の国のことはあまり存じ上げませんのでそれくらいしか知らないのですが」
「この竜瞳を、私は両の掌に一つずつ握りしめながら生を受けたのだ。そしてこれは城の宝物庫で厳重に保管されていた。だが、まさか勝手に移動するとはね」
宝玉はミミルファ国に、あるべき所に行ったのだ。全ては竜王の番、竜王の儀式によるものだったと理解し、謎は解けた。国王夫妻は大きく頷き、もやを歓迎する言葉を述べた。
わたしともやに立ちはだかる壁はもうない。
「これで、もやに害意がないと皆にわかっただろう」
竜王であるユーリは嬉々としながらも威厳溢れる動作で周りを見回した後、もやに向き直り相好を崩して言った。
「じゃあ、後は婚礼に向けてすぐに準備しなきゃ、だね!」
不意に竜王らしからぬ可愛いユーリの物言いに指先まで赤くなりながら、もやは答えた。
「……ええ、ですが、我が国ではわたしが成人するまでには、あと三年ほどありますよ」
「!!!ほんとだ……」