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6.脱出させてもらいます!

「悪いが逃すわけにはいかないぞ。おまえも、もちろんミーティアも!」


 二人の一連のやり取りにさらにイラつきが(つの)ったらしく、ラインハルトが吠える。


「それは、僕とやり合うには向いていないよ」


 青年は少しうんざりした顔つきで、ラインハルトのもつ剣を指差して言った。


「無用な争いは避けたいんだ。僕たちがここから逃げるのを見逃してもらえないかな」


「ふざけるな! そういわれて見逃す奴がどこにいる。こちらにも引けない理由がある。逃げたいなら、私を倒してから行くことだな」


「——仕方がない。僕は一応忠告したからね……っと!」


 ラインハルトは青年が言い終わるのを待たず、剣を大きく振りかぶって攻撃をしかけた。


 振り下ろされる剣を間一髪で避けた青年は、そのまましゃがんで地面に手をつく。


「はぁ、思った以上に気が短いんだね」


 青年がため息をつきつつ土を撫でると、途端に庭の花たちが(うなず)くようにザワリと揺れた。

 はじめは極々小さかった(ざわ)めきは、花から花へと次々に伝播し、瞬く間に庭全体を覆い尽くす大きなうねりとなる。

 


 ズルズルッ、ズルズルッ


 何かを引きずるような音がする。

 驚いて背後を見ると、それは卵を取り囲んでいた薔薇たちだった。



(……動いてる?!)


 

 刺々(とげとげ)しい蔓は、蛇行しながら高速で地を這って進む。

 目指すのは言うまでもなく、“ラインハルト”だ。


 逃げようのない俊敏さで、獲物を取り囲んだ薔薇たちは、ぐいっと蛇のように鎌首をもたげ、それから一気に襲いかかった。



「うわあああぁぁっ!」



 (わめ)きながら、ラインハルトは身を引こうとする。

 だが、蛇たちはそれを許さない。もつれる革靴をかすめ取り、そこから躊躇(ちゅうちょ)することなく上へ上へと巻き付いた挙句、ギチギチと力いっぱい締めあげた。

 

 腕に覚えがあるラインハルトといえど、これでは為す(すべ)がない。



 カラン……!


 程なくして、剣は虚しく地面に転がった。






「……すごい!」


 ミーティアは思わず歓声をあげた。


 城の図書室で書物を片っ端から読み込んできたが、これほどの力をもつ魔術師の記述は記憶にない。


 書物で知る限り、古の魔術師たちの仕事は、失せ物の探索など生活に密着した(ささ)やかなものだった。


 この青年は、それとは次元が違う。


 強力な魔術を発動させた当の本人は「おや、ここの薔薇たちは、僕のいうことをよく聞いてくれる」と歌うように言い、地面につけて汚れた手を念入りに払っている。

 ずいぶんと余裕を感じさせる態度だ。



 (つる)が喉にまで至ったラインハルトは、苦しげにぜいぜいと(あえ)ぐ。だが勝気な彼は、降伏をするつもりはないようだ。


「ほらね。僕のいう意味がわかったろう?」


 青年が(さと)すように語りかけるが、それを無視して何とか体から花たちを()がそうと、必死でもがいている。




「ラインハルト様、あまり動くと薔薇のとげが——」


 そこまで言いかけたミーティアは、自身の下にわずかな音を感じ咄嗟に足を引いた。



「!!!」



 信じられないことに、青年が出てきたあの卵の破片が動いている。

 破片たちは、集合し、引っ付き合い、自らの形を修復しているように見えた。



(なにこれ……生きているみたい)



 背筋に冷ややかなものが走る。


 突然押し黙ったミーティアを不思議そうにみた青年も、それに気づくと直ぐに表情を険しいものに変えた。

 

「しまった。少々のんびりしすぎたようだ」


 焦ったように呟き、手のひらを天井に向けて、指先にぐっと力を込める。


 途端にそれまで無風だった庭の内部に風が巻き起こり、ミーティアの髪やドレスはフワリと浮き立った。




 風は急激に勢いを増し、あっという間に嵐のような激しさに変わる。


 はじめは(きし)みながら耐えていたガラス天井も、その凄まじい風圧に(あらが)い続けられはしなかった。

 一面に稲光のようなヒビが生じたあと、耳を(つんざ)くような衝撃音とともに、ガラガラッと崩れ落ちてくる。



「きゃっ!」



 悲鳴をあげるミーティアを、青年は片手でぐっと引き寄せ、同時に反対の手を頭上にかざす。


 生みだされた風は、雨傘のようだ。


 巨大なガラスの破片がいくつも落ちてきたが、風の傘は二人を守り、それらを弾き飛ばしていく。



 一方、身を守る手段のないラインハルトは、下を向き必死に耐えるばかりだ。

 直撃すら避けたものの、幾つか鋭利な破片があたったと見えて、頬に痛々しい切り傷ができているのがわかる。





 ——徐々に、ガラスの落下がおさまってきた。




「じゃあ、そろそろ……」


「ごめんなさい! ちょっとだけ待ってください」


 口を開く青年に、ミーティアは一旦断りをいれた。


 大急ぎでラインハルトのもとに向かい、頬の傷に自分のハンカチを押し当てて血と汚れを(ぬぐ)う。そして、薔薇の拘束の隙間から僅かに出ていた手にそれを握らせた。


 ランハルトの目は大きく見開かれ、何か言いたそうに口が開かれる。



「あ……」



 でも、それには気付かないふりをして、すぐに青年のもとへと駆け戻った。


 



「——気は済んだかい。もう、君を連れ去っても大丈夫かな?」


 様子を見守っていた青年は、ややキザっぽい台詞で確かめてくる。あくまで穏やかな口調だったが————実際のところ、ひどく()いていたらしい。


「時間がないんだ。少し無作法な真似をするけど許してほしい」


 と、返事を聞くのもそこそこに、体を横向きに抱きあげてきた。



 バランスを崩してひっくり返りそうになり、ミーティアは思わず青年の首にしがみ付く。



(なっ…………! 思わずつかまっちゃったけど、大丈夫かしら? はしたなくない?)



 困惑しているうちに、二人の体は風によって、どんどん押し上げられていった。


 周囲を守るようにつむじ風が生じ、極彩色の花びらがそれにのって舞い上がる。

 天井からは、遮るものを失った日光が大量に差し込み、ガラスの破片の反射と相まって、まともに目が開けられないほどの眩さだ。

 


「ま、まて……」


 掠れた声で叫んだラインハルトだったが、さすがに打つ手がないと感じたらしい。


 あきらめたように(かぶり)を振るのが、視界の端にみえた。







「あ、あの……これからどちらへ?」


「いったん、僕の住まいに行こうと思っているんだけどいいかな? それともどこか行きたいところがある?」


「いえ、私はとくに————」


 青年の横顔を見ながらボーッと会話していたミーティアだったが、うっかり下をみて、自分たちのいる高さに気づき愕然(がくぜん)とする。


(え、ちょっと待って!! 高い、高すぎるわ……!)


 いつのまにか二人は、ガラスが割れた天井部分を抜け、城の外へと出ていた。


「す、すいません……私、自分でも知らなかったのですが——高いところが……すっごく苦手なようです……!」


 青年はきょとんとしたあと、にこりと微笑んだ。


「それなら、しばらく目をつぶっておくといい。これからもう少し高いところまで行って、強い風に乗らなきゃならないんだ」


(これより高いところですって?! 無理! 絶対に無理!!)


 とても目を開けていたら耐えられそうにない。ここはお言葉に甘えることにしよう。

 ギュッと目をつぶると、幾らか、本当に幾らかだが恐怖は和らいだ。


 ひゅうひゅうと風を切る音が耳をかすめる。


 そういえば、この人の名前をまだ聞いていなかったな……あとからちゃんと聞いて、お礼を言って——


 高さのことを思い出さないように、必死であれこれと考えているうちに、(まぶた)がだんだん重くなってきた。


(前に寝たのはいつだっけ……もうずいぶん昔のような気がするわ……)


「かなり疲れているみたいだね。いいよ、しばらく寝ておいで」


 青年の声が甘く響く。


 その心安らぐ声色に、ミーティアは安心して深い眠りにおちることにした。




◇◇



 その場に残されたラインハルトは、悔しそうに二人が消えていった空を睨んでいたが、薔薇の拘束が解けると、すぐに身を(ひるがえ)して庭の端へと急いだ。


 石造りの壁に伝うツタをかき分けると、そこには例の8つの花萼(はなふさ)のクレマティスの模様がある。

 それをやや乱暴に押すと、模様が動き始めるのも待ちきれない様子で性急に壁の中へと入った。




 肖像画がかかる廊下にでたラインハルトを見つけ、すぐに兵士が近寄ってくる。


「ああ、殿下! 今までどこに。えっ、そのお顔は!? お怪我をされているじゃありませんか! おい、誰か! 救護班を!!」


「大げさに騒ぐな。かすり傷だ。それより——」


 ラインハルトは、兵士が話すのを制していう。


「騎士団長のグリースに、追尾に優れた人材を集めろと伝えろ。——————これから『狩り』をはじめる」




 兵士は王太子からの勅命(ちょくめい)に慌てた様子で、パタパタと駆けて行った。


 その後ろ姿を見送ったラインハルトは、握っていたミーティアのハンカチを見つめ、一瞬上を向いたあと、それを丁寧に折りたたんでポケットにしまう。


 そして足早に、どこかへと向かったのだ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。不定期な投稿で恐縮ですが、引き続きよろしくお願いいたします。


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