5.魔術師の目覚め(2)
突然の問いかけになんと返していいかわからなくて、ミーティアはただこくりと頷いた。
本当は淑女らしく、気の利いたことを一言二言いえればよかったのだが、何かと混乱している今の状況ではとても無理というものだ。
それでも青年は満足そうに微笑み、ミーティアの耳元に口を寄せ、ラインハルトには聞こえないくらい小さな声で囁いてきた。
「大丈夫かい? 僕が手を貸そうか?」
驚いてその顔を見ると、青年は「どう?」というように首を少しかしげてみせる。
肩先近くまである絹糸のように滑らかな白金色の髪が、彼の動きにあわせてサラサラと音をたてて揺れた。
青年の長いまつ毛に縁取られた灰青色の瞳は、引き込まれるような蠱惑的な雰囲気を放っている。
その目にまっすぐ見つめられて、ミーティアは恥ずかしいような、懐かしいような、今まで感じたことのない気持ちになって思わず視線を外しうつむいた。
この美しい青年は何者なのだろう。
今ではもう見かけないような古めかしいデザインのマントを羽織っているが、見たところ年齢は自分とそう変わらないような気がする。おそらく17、18歳といったところだろうか。
ラインハルトも、女性であれば誰しも夢中になるほどの美形なのだが、この青年の前ではその輝きも霞んでしまう。
同じ年頃の男性にあまり縁がないミーティアであっても、この青年の美しさの異端さはすぐにわかった。
「そんな……聞いてないぞ……まさか生きているなんて……。だとしたら、話は全然……これは、私一人では……」
うわ言のようにラインハルトがつぶやく。
かなり動揺しているのか、手がぶるぶると震えて、剣を構えているのもやっとという様相だ。
その様子をみた青年は小さく息を吐くと、やや芝居がかった大げさな動きで疾う疾うに移動し、ミーティアを背に庇うようにしてラインハルトと向かい合った。
――だが、それが何故かラインハルトの癇に障ったらしい。露骨に不快感をあらわにし、青年をにらみつける。
「……どういうつもりだ」
「いや? 別に。ああ、そうか。君がやたら大きな声で喚いていた奴か。
少し前から君たちの声が聞こえていたけど、レディにその口の利き方はあまり感心しないね」
「ハッ、これは“私”と”彼女”との問題だ。部外者にどうこう言われる筋合いはないな」
「——へぇ」
なにやら、一瞬のうちに二人の間に緊張感が走る。 ピリピリと空気が張り詰める音が聞こえるようだ。
「——まあ、いい。……おまえ、アレからでてきただろう」
ラインハルトが、卵の残骸を指さす。
「……」
「信じがたいが……おまえが、あの“ 叛逆の魔術師 ”なのか?」
青年は質問に答えるつもりはないようだ。肯定も否定もせず、ただ冷ややかに見つめ返している。
魔術師——かつてはそう呼ばれる人たちがこの国にもいた。しかし、次第にその数は減り、現在この国に魔術師は一人もいないとされている。
この人は、本当に魔術師なのかしら?
ミーティアは、こっそりと青年の横顔を見た。
浮世離れした美しさも、古めかしいマントを着ているのも、「魔術師だから」といわれれば何だか腑に落ちるような気もする。
「ん?」
こちらはあくまで盗み見ていたつもりだが、存外に青年は鋭いらしい。こちらの視線に気づき、顔を覗き込んでくる。
(か、か、顔がよい……!)
顔一つでかなり動揺させられたが、ともかく、この青年は少なくともラインハルト側の人間ではなさそうだ。どちらかというと、あちらに向けて、かなり挑発的な雰囲気を醸し出している。
一方で自分には心配して声をかけてくれた。味方、とまではいかなくても力になってくれる気持ちがあるに違いない。
自分はどちらかといえば世間知らずだし、男性に関しては、あんなに尽くしたラインハルトでさえああなのだから、見る目がないと自分でもよくわかっている。
でも、どうもこの青年については、一目会った時からどこかですでに会っていたような懐かしさがあって、自分でも戸惑うばかりだ。
(おかしいわよね。こんなきれいな人、一度見たら忘れるはずないのに。そもそも、王家の庭の卵から出てくるような知り合いなんているはずはないけれど)
「おい!」
沈黙にしびれをきらしたラインハルトが、剣先を青年に向けて威嚇する。
「無視をするな。私が聞いていることに答えろ! ミーティア、君は早くこちらに来い。そいつから離れるんだ」
急に話の矛先を向けられ、ミーティアはびくっと肩を震わせた。
(いけない、忘れていたわ。ラインハルト様は、私をここに追ってきていたんだったわ)
様子をみるに、今にもこちらに切りつけてきそうな殺気を放っている。
(どうしよう? このままだと、私もこの人も——あ……でも)
ミーティアは青年の言葉を思い出し、心に灯がともるのを感じた。
(そうよ、この人は初めからはっきり『手を貸そうか』って言ってくれていたわ。なぜ、すぐ気がつかなかったのかしら。私がこの庭を目指していた理由そのものじゃない! きっとこのことよ!)
——ミーティアは、この出会ったばかりの青年に賭けてみることにした。
(よしっ!)
目の前に立つ青年のマントの裾をぎゅっと掴み、声をふりしぼる。
「——お願いします!! 私を助けてください!!!!」
青年は一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐに自分の申し出への答えだと気づいたようだった。
「この僕にお任せください、レディ」
そういうと彼は、流れるような動きでミーティアの手をとり、その甲に軽くキスをして悪戯っぽく笑ったのだった。
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