1.婚約破棄される覚えはないけれど
「ミーティア・シルフ・モディスゲート! 今この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
城の大広間に集まった人々の前で、王太子ラインハルトが自身との婚約破棄を高らかに宣言するのを、ミーティアはうんざりしながら見つめていた。
(やっぱり、また“ここ”からなのね)
「そなたは私の婚約者という立場にもかかわらず、妃教育の数々を疎んじ、あまつさえ王室付教師であるリーナを侮辱するかのような言動を繰り返してきた。
周囲の者、さらにリーナ本人からの証言により、これは疑いようもない事実である。また、そなたが人目を盗んで、城に出入りする男と繰り返し二人きりで会っていたことも、我々は把握している。さらに——」
ラインハルトが朗々と述べている不遜な行為の数々。事実であれば悪女の誹りを免れない、酷い内容である。
だが、ミーティアにはどれ一つ身に覚えがない。
リーナの講義にはいつも真摯に取り組み、必要な知識や技能を身につけるべく血のにじむような努力を続けてきた。疎んじるなんて、とんでもない話だ。
また、男性と二人きりで会っていたというのも、あえて心当たりを言うならばハーディのことだろうか。
庭師であるハーディとは、城の外庭を散歩している際に行き会うことが多く、好きな花の話などをするうちに自然と仲良くなった。今では城内唯一の心を許せる友人だ。
ただ彼と話すときには、いつも自分の側使えの者達が近くにいたはず。これが逢瀬のように見えたとは、正直考えにくい。
(本当にわからないことだらけだわ。もしかしたらラインハルト様は、私との婚約を破棄したいだけなのかも。だって私は——)
様々に思いを巡らせている間に、婚約破棄の理由を告げる長々としたスピーチは、やっと最後にいたった。
「これらの許しがたい事由により、そなたの身はこれから城の地下に移され、王室の判断を待つことになる!」
「——はい。仰せのままに」
ミーティアは、不服を申し立てたい気持ちを押し殺し、かわりに文句のつけようのないほど完璧なお辞儀をしてみせた。
そして同時にドレスの下で、周囲に気取られないようにゆっくりと靴を脱ぐ。
これからすることに、高いヒールの靴なんてものは『邪魔』なだけだ。