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また、繰り返す

作者: 某人間

 

 すべてが取り除かれた場所、そこには「無」が存在する。

 無は何も生み出さない。有るものだって結局は還ることしかできない。

――――――――――――――――――――――――

 それはあまりにも突拍子もない痛みだった。

 電車に乗っていた私はなんの脈絡もなくズキズキと波打つような頭痛に見舞われたのだ。

 理不尽な頭痛に耐えきれず、とりあえず次の駅で降りることに決めたものの、次の駅までにあと2分はかかる。とりあえず座っていた席から立ち上がり、着いたらすぐに降りられるようにドアの前に立った。

 それは、これまでに感じたことのない痛みだった。これまでの人生で何度か頭をぶつけて物理的な痛みを感じたことはあったが、とくになんの原因もなく突然こんな痛みを感じたのは初めてのことだった。

 頭を押さえながら、考える。もう少しで次の駅につく。すぐに降りよう。電車から降りたら治まってくれるような頭痛だとは思えないが。

 走行中の電車が発する音が、揺れる車内が、近くに立っている香水のにおいがきつめの女性が煩わしい。

 最悪の気分だった。なにか悪いことをしたバチが当たったのだろうか。思い当たる節はあまりないが。そんなことを考えていると、前の方から光が差し込んできて、次の駅が見えてきた。最悪な状況には変わりないが、少しだけ安堵する。降りたらとりあえず座って休んでみよう。今は、この電車から降りられるということだけが救いだった。

 電車が徐々にスピードを落とし始め、窓から見えていた黒い景色が列になってスマホをいじっている人々に変わる。やがて電車が止まり、音と共にドアが開いた。

 私はすぐにでもこの不快な空間から抜け出そうと、ドアが開くと同時に電車の外に出た。


 それから10分後私は駅を出ていた。外の空気が吸いたくなったのだ。電車から降りた私はしばらくの間ホームの椅子に座っていたが、頭痛は少しも治まる気配はなく、むしろどんどんその痛みが増しているように感じられた。

 途中下車した駅はいつもは通過するだけで、駅の外の景色も見たことがないものだった。外は大粒の雨が降り注いでいた。

 私は、痛みを和らげようと氷で冷やすことを思いついた。氷が売っている場所、コンビニを探そうと、折り畳み傘を取り出して重い足取りで歩き始めた。

 私の家の最寄駅は、コンビニの隣にコンビニがあるほどのコンビニ激戦地区であることもあり、少し歩けばすぐに青色か7の数字かFamilyの文字が目に入ってくるだろうと思っていたが、私の意思に反してその駅の周辺にはそのどれも存在しないようだった。おかしな話だ。私の最寄駅の無数のコンビニの一つをこの駅に建てればもっと売り上げも伸びるだろうに。なにより私がいまこうやって彷徨わずに済んだのに。

 スマホを取り出し、コンビニか業務用スーパーを探そうとしたが、その瞬間それまでも最高潮だった痛みが、それに輪をかけて痛みが増し、私を襲った。私はその場で叫び出しそうになった。あまりの痛みに、今度は吐き気がこみ上げてくる。今や私は泣きそうだった。どうせ頭を冷やすなら雨でいい。私は折り畳み傘を閉じ、トイレを探そうと歩き始めた。


 近くの公園で嘔吐した私は、それでもまだ頭痛がおさまらないことに絶望した。それと同時に怒りがこみ上げてくる。どうして自分ばかりこんな目に合うのか。原因もわからない。どうすればいい。遠くで鳴くカラスの声が鬱陶しい。近くの団地から雨音に混じって聞こえてくるピアノの音が腹立たしい。

 

 公園には誰もいない。滑り台やブランコの下には水溜りができている。

 思考は痛みに遮られ、暗い感情だけが脳内に渦巻く。

 

 なにも感じなってしまえば、苦しむこともない。


 立ち尽くした私は考えることをやめ、やがて、その痛みを受け入れ始めた。

 考えなくなった私の脳内には不確かな感覚だけが残留していた。


 頭が痛い。ピアノのおとがうるさい。公園では子供たちが遊んでいる。カラスの鳴き声がうるさい。雨が体をぬらす、肌寒い。

 今は夕方で、紅い夕焼けの光が差し込む公園で自分は一人残され、子供たちは何処かへ行ってしまう。肌寒い。

 仲間外れは寂しい。ピアノがうざい。カラスはもう鳴いていない。頭が灼けるように熱い。おいていかないで。雨が降り続ける。ピアノの声がうるさい。みずたまりにあめがあたってぴちゃんぴちゃんというおとがする。カラスは死んだ。あたまがいたい。ピアノの音はもう聞こえない。頭が割れた。もう寒くない。

 

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


 公園で一人の人間が叫んでいる。雨はより一層強くなり、世界は水に溶けていく。

 

―――――――――――――――――――――――― その日ある街で六人の人が された。通り魔だった。その事件は夕方のニュースで取り上げられたが、どうせ一ヶ月もすれば皆忘れてしまう。


 通り魔は当時発狂しており、事件を起こした日のことは全く覚えていないと言う。理性なき人間がおこした殺人はその人間の潜在意識によるものなのだろうか、それとも神の意思とでも言うべきなのだろうか。

 確かなのは、自我のなくなった人間には何かが潜んでいるという事実だけだ。


 雨は乾いて空に昇り、また繰り返す。

 人もまたそうであろう。


 



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