毒蛇と魔女
ある街の外れの森に、美しい鱗の毒蛇がいた。
蛇は、人間が大嫌いだった。
「おやおや、良い毒の蛇がいるね。お前なら、立派な薬の材料になるだろう」
ある日蛇を見つけた魔女が、口を開いてそう言った。
蛇は魔女が怖く、だがしかし、それ以上に気になることがあった。
「………何の薬を作るつもりだ」
「おや。意外なことを言う蛇だね」
魔女は驚いたようにそう言った。
「もちろん、毒で作るのだから毒薬さ。人間の王を、それで殺すのさ」
「殺してどうする。喰うのか」
「食べやしないよ。あたしがそいつ………王に成り変わるのさ」
「成り変わってどうする」
「ふん、蛇にはわからない話さ」
魔女は馬鹿にしたように笑った。
蛇も、自分が賢いつもりはないので黙っていた。
「それを知ってどうする? あたしがお前を世を救うような万能薬を作るとでも言ったら、お前は黙って死ぬというのか」
「世とは何だ。救えるのか」
「今の世は、救えないものさ。救う価値もない。そもそも世とは、人のものだ。あたしもお前も、自然も星も関係無い」
「では俺も、救いはしない。だが滅ぼすというのなら、死んでやっても良い」
「ほぅ………?」
「俺は人が嫌いだ。だから、人のものを壊すというのなら、価値はある」
「酔狂だ。あたしが嘘つきなら、どうする」
「構わない。俺が人を壊すと信じて俺が死ねば、俺の矜持は保たれるのだから」
しばらく、蛇と魔女は睨み合った。
最初に目を逸らしたのは、魔女だった。
「そうかお前、人が嫌いか」
「ああ、大嫌いだ」
「そうかそうか。ならば、こうしてやろう」
くつくつと笑って魔女が蛇へ手を広げると、蛇の身体が輝き、気付くと蛇は人の子へと変わっていた。
「ククククククッ………どうだ、なかなか。似合うじゃないか」
「何をする!! 戻せ!!」
「そう言うな。やがて戻る。それに、毒と鱗は残してやったのだぞ」
「冒涜だ! 俺は蛇だぞ!!」
「ああ、お前は蛇だな。蛇に生まれたんだからな。さて、いつ心まで人に変わるか、楽しませて貰おう」
そう言って、魔女は消えた。
☀ ☀ ☀
蛇は衰弱していた。
勝手が分からず、何日も食べていないことが原因だった。
「俺は、人の身体で死ぬのか………?」
それは、蛇にとって何にも変えがたい屈辱だった。
そのとき。
「………おい! 人が倒れている!」
「大丈夫か! しっかりしろ!」
何人も現れた人を前に、蛇は思う。
(……逃げることは、容易い。だが、こいつらを見ていれば、助かることができるかもしれない)
初めは確かに、そう考えていた。
しかししばらく介抱たれたあと、考えは変わっていた。
つまり、人は思うほど悪くないと考えたのである。
そこで蛇は、尋ねてみた。
「事故に遭って、食べる術がないんだ。どうすれば良いだろうか」
「それは大変だ。あっ、お前、綺麗な皮を持ってるじゃないか」
それは、蛇の鱗だった。
「………これか?」
「ああ。それを売れば、しばらく金には困らないよ」
そう言って、笑っていた。
蛇には理解できなかった。
(俺の鱗を、売る………? そうするほどに、金とは価値があるのか?)
だがやってみて、蛇は理解した。
確かに金とは便利だった。
(……なるほど、金とは役に立つ。けれど所詮、道具だろう?)
道具のために誇りを失うなど、馬鹿げている。
そう笑っていられたのは、いつの間にか鱗が尽きるまでだった。
鱗が尽き、金を得る手段を失うと、蛇は豹変した。
(水が無い、食料が無い、そして………)
飢えから救ったあの、友と呼べるまでになった間柄の人間達は、手のひらを返したように消えていった。
もともと気付いていた鱗が目当てで助けたのだと、後で知った。
(苦しい……悲しい…………そして、自分が憎い。なぜ俺は、こんなことになったのだろう)
そう考えていたとき、ふと、いつかの魔女が現れた。
魔女は変わらず、いや、人を知ったからこそ分かる、意地の悪そうな顔だった。
「良い表情になったもんだ。お前はやがて、蛇に戻るよ」
「頃合いだ。ちょうど金が、尽きたのだから」
身体が光り、蛇になる。
その蛇は、元の美しい鱗の蛇ではなかった。
「どういうことだ!!」
「おかしな問いだね。鱗はお前が売ったんだろう」
「でなければ、生きられなかったんだ!」
「そう、そこが人の悲しいところだ。逆らわず、美しく散れば見れるものを」
彼は、魔女を睨み付けた。
その目には、憎悪が宿っていた。
「どうしたんだい。人を殺すためなら、お前を殺しても良い約束だろう」
「黙れ! 俺の毒で、お前も道連れにしてやる!!」
「おや、そうか。それも良い」
魔女は抵抗しなかった。
彼は驚く。
「どうした? あたしを殺すんだろう?」
「…………なぜお前は、王になりたい?」
「あたしかい? 簡単さ、復讐だよ」
彼は、落胆した。
なぜか、ひどくがっかりしたのだ。
もう、迷わなかった。
☀ ☀ ☀
魔女の死体を見つめながら、一人、佇んでいた。
魔女の言葉が、また聞こえた。
『善なら、生かす。悪なら、殺す。正義とは、本当に利己的なものだ……人間とは本当に、簡単なものだ………』
その後、彼はたった一度だけ、自らの毒を使ったとか。