第6話 絶体絶命
覚悟を決めた僕は、ライオルに向かって駆け出した。
「ふん!」
思い切り木刀を振り下ろすと、簡単に避けられてしまう。やっぱり、速い。
連続して攻撃を続けるものの、すべてを躱されてしまう。
『先ほどよりも段違いに速いではないか』
「そりゃどーも!」
言いながら、再び攻撃を仕掛ける。
『だが、そんな攻撃は当たらんな』
「くそッ!」
ライオルに攻撃をいくら仕掛けても、すべてを避けられてしまう。幸いなのは、ライオルが攻撃してこないことだろうか。
けれど、僕が一方的に攻撃する時間は終わりを告げた。
『こちらからも行かせてもらうぞ』
速い!
瞬時に僕の後ろに回り込み、前足で僕の体を掻き切ろうと振り下ろす。
そのすべてが見えていた。
確かに速い。速いけれど、見える。先ほどと状況は違うのだ。
「これなら」
後ろにステップして避ける――はずだった。
「ッ!?」
胸にある裂傷と、同じ場所に痛みが走る。
傷を抉られたのだ。
でも、どうして。どうして届いた?
僕は避けたはずだ。後ろに下がれば、当たるはずのない攻撃なはずだ。
「なんだ、いまの」
『教えてやる義理なんてないが、教えてやろう。我は影を操れる。貴様が見ていたのは影だ』
「そういうスキルが、あるのか」
ステータスをチラ見すると、HPが25になっている。
やっぱり、確定でHPを半減させる攻撃だ。
歯を食いしばり、逃げるかどうか、考える。
『来ないのか? 来ないなら、こちらから行かせてもらうぞ』
明らかな挑発――けれど、乗るしかない。
「後悔するなよ」
再び、僕の木刀が空を切る。
やっぱり当たらない。
動きは見えている。ライオルの動きは見えているのだ。なんなら、僕より遅いかも知れないのに。僕はそれだけ速くなったというのに。
当たらなければ、ジリ貧だ。
思わずヤケクソになって木刀を降っていると、思わぬカウンターがきた。
「うおっ」
前足で木刀を打ち払われ、手から離れる。
『そのような攻撃、当たると思ったか』
怒りを感じる。
思わず目を逸らすと、腹部に鈍痛がやってきた。
「うっ……」
視界にいっぱいに広がるライオスの体。突撃したのだ。
「また、確定半減……」
もしかして、半減攻撃しかできないのか?
そうだとしたら、僕は死ぬ心配なく戦える。
淡い希望を抱きながら、後ろにステップする。
真っ直ぐにライオルを見ると、睨み返された。強い殺意を感じた。体が震え、足が竦む。
死ぬ心配がない? 本気か? 何を馬鹿なことを。
例えライオルの攻撃がすべてそうだとしても、ほかの雑魚敵にちょっとしたことで殺されてしまう。
逃げるか。
戦うか。
答えは出ていた。
体を反転する。思い切り踏み込んで、僕は駆け出した。
『逃げるか、臆病者! 我はすべての同胞の危機がわかる! 貴様が我が同胞と相対するとき、それが貴様の命日と知れ!』
ライオルの叫びが、心の奥底に沈んでいく。
まるで楔のように。
思わず、僕は立ち止まった。
ライオルはヒーローだ。
同胞を、仲間を見捨てない。
仲間のためなら、半減攻撃しか出来なくても戦いを挑む。決して自分でトドメを刺すことはできないというのに。
対して、僕はどうだ。
いま、逃げようとしている。勝てないからだ。攻撃が当たらないからだ。
でも、ヒーローは背を向けるのか?
ずっと、ずっとヒーローに憧れていた。
ヒーローは、攻撃が当たらないくらいで逃げるのか?
このライオルは強い。速い。
ほかに生存者がいれば、どうなるか。
まず間違いなくスピードに追いつかず、死んでしまう。僕はたまたまレベルが上がっていて、ポイントも余っていた。
だから、ライオルのスピードについていけるようになった。
だけど、普通はレベルが上がればポイントを振る。
少しずつ強くなっていく。
僕は一気にAGIだけを上げた。必要だったから。
「……逃げられない」
空を見上げる。
朝焼けはとうに過ぎており、青く広々とした空があった。穏やかに雲が流れ、風が吹く。
「ライオル。僕は――逃げない。例えここで死んでも、ライオルを倒して、ほかの人の脅威を少しでも減らす」
振り返り、ライオルを真っ直ぐに見つめた。
『よかろう。ならば――全力でかかってくるが良い』
僕は踏み込んだ。
思い切り前に出て、一瞬でライオルの目の前に出現する。――同時に、木刀を振り下ろした。
でも、このままじゃ避けられるのはわかりきっている。
ライオルは振り下ろし攻撃に対して、比較的右に躱すことが多い。
ライオルが動き出そうとする瞬間に、木刀を横に滑らせた。
『むっ』
カァン!
と、甲高い音を立てて木刀が弾かれる。
「当たった……!」
当たった。ようやくだ。
これでまず一歩前進。
『残念だ』
ライオルが悲しそうな雰囲気を出し、僕の体を吹き飛ばす。
動きが見えなかった。
これまでは手を抜いていたのか。
「くっ」
HPが12になっている。
けれど、攻撃は当たる。当てられるのだ。
もう一度同じようにフェイントを仕掛けつつ攻撃すると、今度は避けられてしまった。
『同じ攻撃が通用すると思っているのか、貴様は』
言いながら、ライオルは僕を吹き飛ばす。
吹き飛ばされる度に50メートルほど離れてしまうけれど、いまの僕にとって50メートルなんて一歩に等しい。
再び――次は別の軌道で木刀を振るう。
けれど、当たらない。
「なんで――ゴフッ」
尻尾から斬撃が飛んできた。
そんなこともできるのか。
胸と腹に深い傷があった。不思議と痛みは感じない。
だけど、もうHPは1になっている。
『まだ、立ち向かうか。我の攻撃は敵ノHPを半分ずつしか削れぬが――残り1ならば仕留められる』
僕は立ち上がって、ライオルを真っ直ぐに見ていた。
風が心地よい。
どうして僕は、こんなに必死なんだろうって。
ちょっと前の僕だったら思ったかもしれない。
だけど、いまなら。
周りに人の気配を感じる。気配感知のレベルを確認すると、5に上がっていた。5に上がると、細かい気配や、人間か、トラかの区別がついた。
何人いるのか数えてみると、30人ほど生きている。けれど町中だというのに、これだけしか生き残っていない。
目の前のライオルの配下がやったのだ。あのトラたちだ。
「僕は、負けるわけにはいかない。負けても、これ以上ほかの人を殺させない」
そして、僕は呟く。
「command:release」
ちょくちょく更新していければと思います……!