赤子は精神修行する
ここから二章となります。
アンナちゃんの成長を、生温かい目で見守って頂けると幸いです(*´-`)
今日も今日とて、下の階から楽しそうな声が聞こえる。
定食屋【ワンコの垂れ耳亭】は一階が店舗、二階が私達親子が暮らす住居となっている。
赤子の私にアンナと名がつき、翌日に戦勝報告とアンナマリアの死が公表されてから数ヶ月。
最初こそアンナマリアの訃報に心を痛めていた両親だったが、今では以前のように仲良く定食屋を切り盛りしている。
もっとも、母は小まめに様子を見に二階へ上がって来てくれるし、私の祖母にあたる女性も店を手伝ってくれている様だ。
赤子である私の役目は、営業を終えて二人揃って会いに来てくれた時のお出迎え。
そして、仕事中はなるべく邪魔をしないようにする事。
とはいえ、これが中々に難しい事である。
赤子というのは、私の想像以上に繊細で敏感だ。
空腹や粗相の後は勿論、ちょっとした物音や刺激でも、私の意思とは無関係に泣き出してしまう。
先日、仕事終わりに父が私を抱っこしてくれたのだが、僅かに伸びた髭が私の頬に当たっただけで泣いてしまった。
さらに、申し訳ないと思った私の心情を表すのも「泣く」という方法だったため、両親をとても心配させてしまった。
せっかく忙しい中、私を大切に育ててくれているのだ。これはよろしくない。
そう感じた私は、精神面を鍛え直す事にした。
要は、心が乱れるから泣いてしまうのだ。
目を閉じ、届いてくる音を聞き分ける。
風が窓を揺らす音、父が料理を作る音、客が談笑する声――。
改めて聞いてみると、なんと穏やかな事か。
アンナマリアだった頃のように、僅かな物音は不穏な事態の前触れではないのだ。
そう考えると、心を落ち着ける事に次第に慣れていった。
こうして、数日後には泣く回数を劇的に減らすことに成功したのだが――
「……アンナちゃん?最近あんまり泣かないね?しんどいのかな?熱は無いみたいだけど、お医者様に――」
――大人しくなりすぎたようで、再び両親を心配させてしまう結果となった。
現在は、もう一つの感情表現である「笑う」を練習中である。
まったく、赤子というのは、何ともままならないものだ――。
【ある日の精神修行】
(周りに流されず、心穏やかに……)
……トントントン……
(相変わらず、父の包丁さばきはリズミカルだ。)
……ジュー………
(音とともに、香ばしい香りが漂ってくる。)
「ウメー!」
「……ふぇぇぇぇん!!(……私だって食べたいぞ!)」
修行はまだ始まったばかりである…。