乙女は誕生に感謝する
二十話目にして思うのです。
今日こそは、アンナちゃんバースデーを終わらせる!……と(´-ω-`)
「三章始まってから、まだ一日も時間が経過してないからな」
まったくだo(*`ω´*)o
城の者に送ってもらい、私は【ワンコの垂れ耳亭】へと帰って来た。
普段であれば、夕方からの営業が始まっており、私も忙しく動き、店も賑わってくる頃である。
――が、しかし。
現在の【ワンコの垂れ耳亭】は、何とも静かなものである。
それなりの数の気配を感じるので、店を閉めている訳ではなさそうだ。
荒々しい雰囲気もしないので、強盗の線も無いだろう。この数の強盗だと、生かして捕縛が難しそうなので有り難い。
「ただいま」
考えても分からないので、取り敢えず家に入る。
結果――色々あって忘れかけていたが、今日は私の誕生日だったと再認識した。
一階の店舗スペースは、多くのご馳走が並べられ、壁は可愛らしく飾られている。
そして入って一番に目につく、キッチンと客席を仕切るカウンターの上部には、「アンナちゃん おめでとう」の文字。あれは母さまの筆跡である。
恐らく両親は、私のために張り切った。張り切りすぎた。
並ぶご馳走は、どう計算しても四人家族プラス一匹で食べきれる料理じゃない。
パンやサラダ、冷めても美味しい料理だけでこれ程あるのだ。
恐らくキッチンには、温めるだけの状態になっている料理もスタンバイしているのだろう。
そこで活躍するのが、ここに集う【ワンコの垂れ耳亭】常連の騎士達である。
メニュー固定で立食形式だが、お代不要といった所か。
我が家は一日くらいお代を取らずとも、何とかなる程度には繁盛している。
もっとも、これは私の推測であって、正しいかは分からない。
何故ならここにいる全員が、何とも言えない顔でこちらを見ているのである。
悲しんでいるとか、落ち込んでいるといった感じではない。強いて言えば――
「……おい、チビッ子」
「お、ライ中隊長。いらっしゃい」
代表して声をかけてきたのは、クライン中隊長――数年前は小隊長だった男だ。
「お前、アンナマリア……さん、てのは……ホント、です……か?」
「……気持ち悪いな」
何だ、その切れ切れとした話し方は。
あと、慣れていない敬語は使わないで欲しい。鳥肌ものである。
しかし、道理で幽霊を見たような視線を向けられた訳だ。
高々、徒歩で行ける距離の教会で【恩寵の儀】を受けただけでは、これ程時間はかからない。
教会か城か、或いは双方から連絡が入っているのだろう。
誰かを家に寄越すなら、私も同行させて貰いたかった。そうすれば、昼食を食べそびれる事もなかった。
「で、どうなんだ……すか」
何も無理に敬語を使う必要は無いだろうに。訛った感じになってしまっているじゃないか。
「一応聞くが、はぐらかした方が良いか?『アンナは只の可愛い看板娘です~』……みたいに」
「だぁー!!お前、絶っ対アンナマリアさんだろ!何だその意味不明な気の使い方は!?大体、自分で可愛い言うなよ。気持ち悪い」
クラインは頭を抱え、しゃがみ込んでしまった。
取り敢えず、気持ち悪いのはお互い様である。クラインの敬語も相当の破壊力だった。
「――っるせぇな。なに騒いでんのよ!?こちとら教育的指導で忙しいのよ!」
「うげ、クリーナ……」
謁見が終了してから帰宅するまで静かだったので、余計に響いたのだろう。クラインが、戦の女神クリーナに怒られてしまった。
「誰よ、このアタシを呼び捨てにすんの……あ、クラインじゃん。花屋の彼女元気ー?」
「懐かしい話をどうも!あの後見事に振られたよ!!」
モナルーシャ女王にしろクラインにしろ、クリーナに苦手意識を持つ者は多い。
個人的には、クリーナは友好的で付き合いやすい神だと思うのだが。
それにしてもクリーナの記憶力は凄い。
そういえば十年ほど前、この男は彼女云々と浮かれていたのを思い出す。
「だから言ったじゃーん。アレは、アンタの他に四人は男つくってる顔だって」
「ホントに他に四人居たから、笑えねぇつーの!」
そんなアドバイスまでしていたのか。
クリーナはよく愛し子であるアンナマリアの前に現れては、近くにいる適当な人物を捕まえては話し込んでいた。
謁見でも言っていたが、神の世界に居続けるのは暇なのだろう。
それにしても、クラインも苦労をしていたらしい。
折角なのでもう暫く、クリーナに恋のアドバイスを貰えば良いと思う。
私は彼をクリーナに任せ、両親の元へと向かった。
「……アンナちゃん」
「ただいま、母さま。父さま」
両親は何やら不安気な顔をしているが、私はずっと私だった。
【恩寵】と共にアンナマリアが帰って来た訳ではないのだから、帰るべき場所が急に変わったりはしない。
「……あ、アンナちゃーん!!!!」
その気持ちが伝わったのかは分からないが、母さまに抱きつかれ、号泣されてしまった。
私はその背中をそっと叩く。
――と、不意に私の背中にも、小さく負荷がかかる。
首だけで振り向くと、そこにいたのは弟のエルヴィンだった。
「姉さん……はい、どうぞ」
エルヴィンが差し出したのは、父が作ったにしては不格好な、苺の乗ったケーキである。これはもしかして――
「――エルヴィンが作ったのか?」
もっと自信を持って良いと思うのだが、エルヴィンは控えめに頷く。
私と違い、料理の才が有るのは知っていたが、これ程とは――。
「エルくん凄いのよ!泡立てはまだ無理だけど、他の行程はパパに話を聞いただけで、一人で頑張ったのー!!」
どうやら母さまも立ち直ったらしい。依然抱き締められたままではあるが。
しかし、エルヴィンの肯定が控えめだったのは、そういった理由だったのか。
それでもやはり、エルヴィンは自信を持って良いと思う。
私は未だ、上手に卵を割る事ができない。
つまり、メレンゲを作ろうにも、黄身と白身を分けることすら出来ない。
……言ってて少し悲しくなった。
「あ、姐さん帰ってはったんですね。思たより遅かったんで、今日はわっち一人で散歩行って来ました」
家族の団欒を楽しんでいると、妙な話し方の声が届いてきた。
声のする方を見るが、そこには【ワンコの垂れ耳亭】が誇る立ち耳の看板犬、ヴァイスがいるだけだった。
聞き間違いか。
「……ただいま、ヴァイス」
「はいな、お帰り。なー、姐さん帰ったって事は、もうご飯食べてよろしいんですか?わっちもう、お腹ペコペコですぅ」
ふむ、妙だ。
いつも通りヴァイスが「ワン」と鳴くのが聞こえるのだが、それと同時に、同じ声で長文も聞こえる。
これもヴァイスが言っている言葉なのだろうか。
「"わっち"というのは、主に女性の使う一人称だと思ってたんだかな」
「男が"わっち"言うたらダメいう法律なんてあらしませんよ。万一あっても、シュトゥルヴォルフのオスに、人間さんの法律なんか適応されませ……ん?」
……ん?
「……姐さん、ひょっとして、わっちの言うてる事分かるんですか?」
「お前、魔獣だったのか」
「あ、そっち!?」
ヴァイスの言った「シュトゥルヴォルフ」というのは、狼の魔獣の一種である。
しかし、最後に目撃が確認されたのはもう何百年も前の事で、現在では絶滅したとされ、図鑑の中だけの存在である。
「やめてぇ。わっちはか弱い狼ですねんー。躾の行き届いたええ子ですぅ。お願いですー、追い出さんといて~!」
ヴァイスは後ろ足を流して座り、私にしなだれかかる。
かれこれ五年以上一緒にいるが、やはり犬――いや、狼か疑わしい奴である。
それに、私は彼をどうこうするつもりは無い。
本来なら、街に入り込んだ魔獣は討伐対象だが、勿論例外もある。
しかし、今日はもう日が暮れてしまっているため、この案件は明日へ持ち越す事にする。
今の私には、もっと優先すべき事がある。
最初は何とも言えない雰囲気だったが、今ではいつもの【ワンコの垂れ耳亭】の空気に戻っている。
クリーナは、騎士のお姉様方と恋愛関係の話に花を咲かせている。
クラインはやけ酒を始めたらしい。ぜひとも自力で帰れる程度に制限しておいてもらいたい。
いつの間にか現れたレギリオは、ヴァイスとステーキの大食い対決を開始している。
似た風景はアンナマリアの頃にも見ていたはずだが、あの頃とは違い、私はこの場を楽しんでいる。
再び騎士となる気持ちは今も変わらないが、この日常がずっと続いて欲しいというのも、今の私の素直な気持ちである――。
◇◆◇
「――そっか。本当にアンナマリアさんだったんだ」
「あぁ」
パーティーというには、各自が好き勝手しすぎていた立食式の食事会が終了してから、私は改めて両親と向き合っていた。
既にお客は帰り、エルヴィンとヴァイスは眠っている。
教会と城、やはり両方から報せは届いていたそうだが、私からは何も言えていなかった。
そのため、夜も遅いが二人に時間を貰ったのである。
「いつからって聞いても良い?」
「私が最初に覚えているのは、"アンナ"の名前を貰った時かな」
「あー……」
二人して気まずそうな顔になる。
そういえばあの時、アンナマリアについて高い評価を頂いたんだったか。
「出産祝い、結局渡せなかったな。ごめん」
「いや、自分の子から貰うのはちょっと違うと思うんだけど。でも、覚えててくれたんだ」
勿論、覚えている。
私自身、生まれ変わってすぐにこんな難問を抱え込むことになるとは、思ってもいなかったのだから。
それよりも、私が伝えたかったのは全く別の事である。
「……ずっと黙っていて、申し訳なかった。私の為に、二人に心配や苦労をかけていたのは気付いていた。本当に申し訳ない」
二人に頭を下げて、謝罪の言葉を述べる。
これはずっと、アンナマリアが言いたかった言葉である。
対して、アンナはと言えば――
「それでも、私はこの家で過ごせることが何よりも嬉しい。私を育ててくれて――産んでくれて、ありがとう」
言い終わると同時に、母さま恒例のハグに遭遇した。
本日三度目であるが、何だかんだ私も、母さまに抱き締められるのは心地よいので、素直に受け入れる。
――と、今回は父さまも参加を表明した。これはこれで悪くない。
予定していた事も終え、ようやく長かった私の誕生日も終わりを迎えた。
明日からは、再び騎士の道を歩むための活動も始めるつもりだ。
この家の子であることに変わりはないが、きっと私の日常は、これまでとは変わることになるのだろう――。
ア「ルヴィの作ってくれたケーキが、貴重すぎて食べられん……」
クラ「いや、食ってやれよ。めっちゃソワソワしながら様子窺ってんじゃねーか」
アンナちゃんはアンナママに似てきたと感じる今日この頃。




