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戦乙女の帰還  作者: 鷺草
乙女の家族事情
12/44

幼女の家族が揃うとき


この世界に、自動車の類いはありません。

そのため、アンナママは本陣痛が来る前から入院して、出産に備えとります。


なお、二章は次回で最後です。

何気に今回じゃないのです(´-ω-`)





母さまのお腹が随分と目立つようになり、しばらく店に立たない事になった。

それでも、今日も今日とて【ワンコの垂れ耳亭】は、大きな賑わいに包まれている。


ヴァイスが我が家の一員になって暫く、私の家族だけでなく、お客にも彼の存在が浸透していった。

衛生面で物申してくる人も居らず、客足も遠退いた気配はない。

というよりも――


「おっ、アンナ。大きくなったなー」

「アンナちゃん、食後のデザートおねがい」

「ヴァイスくん、こんばんはー」

「ん、ヴァイス。注いでくれんのか。おっとっと……」

「なぁ、ヴァイス。聞いてくれよー!」

「ヴァイスくん、お勘定おねがーい!」


むしろ以前に増して、客足が伸びた気がする。

彼はまだ子犬ながらも、お客を席へと案内し、お客のグラスが空いたのを確認すると然り気無く追加に向かい、泣き上戸に陥ったお客を宥めつつ水を勧める等、本当に身を粉にして働いてくれている。


やはり、犬なのか大変気になる所だが、両親やお客によると、「(よそ)(よそ)ヴァイス(うち)ヴァイス(うち)」なんだそうだ。

果たして、こんな時に使う言葉だっただろうか。


ちなみに勘定だけは、手伝いで来てくれている祖母の担当なので、ヴァイスに言われても対応しかねる。


嬉しい悲鳴をあげる最中に、私は五歳の誕生日を迎えた――。


◇◆◇


その日は、定食屋の営業を休止して、朝から病院に詰めていた。


私が五歳を迎えてすぐに、母さまの出産の気配が色濃くなってきていた。

二週間ほど前から入院し、私と父さまは朝一番と昼の営業終わりに、母さまの見舞いに向かう日々を送っていた。

今日も朝一で母さまに会いに来たのだが、いつもと様子が違った。


本格的に陣痛が始まり、いよいよ出産のようだ。


父さまは母さまに付き添って病室に残ったが、私は後から駆け付けてくれた祖母と、病室の前で待つ事となった。

自ずと【ワンコの垂れ耳亭】の留守番は、立ち耳の看板犬(ヴァイス)に一任された。

治安は良いし、何よりヴァイスである。彼なら何とかするだろう。

私も、少しずつ彼の存在に慣れてきた。


明後日の方向に意識が向いていたが、扉を挟んだ病室の向こうからは、苦しそうな声が時折聞こえる。

私は不安になったが、祖母は落ち着いていた。


曰く、「母とは強いものだ」と。

曰く、「私が生まれている事で、出産にかかる時間が大幅に短縮されるのだ」と。


私の誕生が、母さまの負担軽減に繋がっているのは何よりだが、 出産が女性にとって非常に体力を消耗するという事実に変わりはない。


私は、アンナマリアとして教会で暮らしていた時以来、久々に神に祈りを捧げた――。


◇◆◇


――泣き声が聞こえた気がして、目を開ける。


あれからどれ程経ったのか。私は祈っている内に、知らず知らず眠っていたようだ。

意識がはっきりしてくると、やはり気のせいではなく、しっかりとした泣き声が扉の向こう側から聞こえてきた。


「アンナ、おいで」


扉が開き、父さまが私を病室に招き入れてくれた。

ベッドの上では母さまが、胸元でパタパタ動くものを大事そうに抱えていた。泣き声もそこから聞こえてくる。


「アンナちゃんの弟だよー」


ベッドの脇まで行った私に、母さまは彼を紹介してくれた。


まだ開いていない目も、元気よく泣く口も、何かを探すようにパタパタと動く手も、何もかもが小さい。

たかだか五年程先に生まれた私と比べても、物凄く小さいのである。


「……可愛い」


私が彼と対面して初めて感じたのはこの事だった。

男の子()だと紹介されたが、可愛いものは可愛いのだ。


私は改めて母さまを見上げる。

汗に濡れた前髪をおでこに付けたまま、こちらに笑顔を返してくれる。


私はこの日の母さまの美しさを、生涯忘れることはなかった――。


◇◆◇


こうして私は、両親と子犬のヴァイス、新しく家族となった弟のエルヴィンの四人と一匹で、騒がしくも楽しい幼少期を過ごした。


そしてもうすぐ、私は十歳の誕生日を迎える。


十歳と言えばこの世界では、神々の力の一端である【恩寵】を賜る、最も重要な歳である。

結局、アンナマリアの件は言えず仕舞いだったが、【恩寵】を賜れば話さなければならない気がする。


その転機が私に何をもたらすのかは、今のところ神のみが知っているのだろう――。





【本日休業のお知らせ】


「…あれ、ワン公。今日は店、やってねぇのか?」


「きゃふっ、きゃふっ、くーん。きゃふっ、きゃふっ、くーん……」

(ヴァイスは腹を上に寝転び、お腹に前足をあて、独特の呼吸法を繰り返している)


「……あぁ、やっと生まれんのか。しゃーねぇ、また来るわ」


(後ろ足で立ち上がって礼をし、客が見えなくなるまで前足を振って見送った。本日、38回目である)



お留守番もヴァイスにお任せあれ。

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