幼女の二つ名とストーカー
【よくある質問】
Q.この物語のモデルとなった時代や地域を教えて下さい。
A.作者のなんちゃって知識の寄せ集めです。チャンプルー文化です。
「すまない、御主人。オレンジを三つ頼む」
「あいよ」
【ワンコの垂れ耳亭】の昼の営業が終わり、日が傾き始めた頃。
アンナは、近所の青果店にお使いに出ていた。
これは店で提供するものではなく、母さま用だ。
最近の母さまは、衝動的にオレンジが食べたくなる事が増えた。
妊婦というのは、無性に何かを食べたくなる時がままあるものだそうだ。
ちなみに私がお腹に居たときは、何の変哲もない皿が食べられる気がしたらしい。何故だ。
「お宅、【定食屋】のアンナちゃんだったな」
「ああ」
私と同じ年頃の女子は、「アンナ」や「マリア」といった名前の子が大勢いる。
どちらも、私が生まれた頃に名を轟かせていた、麗しの女性騎士にあやかって付けられた名前だそうだ。……誰だそれは。
兎にも角にも、同じ名前ばかりでは何かと不便である。
王族や貴族の様に、家名が有るわけでもないのだから。
そのため、両親の仕事や住んでいる地域を名前の前に付けて、それぞれを呼び分ける。
言うなれば、今の私の二つ名である。
残念ながら、【定食屋の娘】のアンナであって、私の料理の腕が格段に上がった訳ではない。
「元気な子が生まれると良いな。はい、オマケ」
「ありがとう」
青果店の主人は、オレンジの他に、桃を布袋に入れてくれた。
買った品よりも高価なオマケだが、この国で桃は、生命の象徴とされている。
主人なりの安産祈願なのだろう。
主人の粋な計らいのおかげで、私もまだ見ぬ弟妹に会う日が楽しみになった。
◇◆◇
――さて。
いち早く家に帰りたい所ではあるが、青果店を出た直後から、何やら視線を感じる。
もっとも、殺気のような悪意あるものではない。
むしろ、「助けてください~」とか「自分、可哀想なんです~」といった、情けない感じだ。
別に、視線の主に聞いた訳ではない。単なる私の勘だ。
何故なら、私に視線を寄越していたのは、子犬なのだから。
子犬は前足で自分のお腹を擦りながら、布袋を羨ましげに見上げてくる。
まるで「良い臭いがしますね。一つ私に下さいな」とでも言わんばかりの仕草と目線だ。
なんとも人間臭い子犬である。
しかし布袋には、母さまご所望のオレンジと、青果店の主人からの厚意で貰った桃が入っているのみである。
おいそれと渡せるものではない。
「すまない。中の物を譲るわけにはいかないんだ」
後ろ髪を引かれつつも、子犬を撒くために遠回りをしながら帰路についた。
――のだが、
「きゃうっ!」
「何っ!?」
件の子犬は、【ワンコの垂れ耳亭】の入り口で私を待ち構えていた。
道中、つけられている気配はなかった。
一体なぜ――
「クーン」
子犬は後ろ足で立ち上がり、腰に前足をあて自慢気に鼻をひくつかせる。
本当に犬か疑わしい奴であるが、分かりやすくて助かる。
つまり、ここから青果店に向かうまでに付いた私の臭いを辿ったのか。
悔しいが、今回は私の完敗である。
家に入り、両親に子犬の件を相談した。
結果、ヴァイスと名付けられた子犬は、【ワンコの垂れ耳亭】の立ち耳の看板犬として、家族の一員となった。
食事を扱う店に犬がいるという事を心配したが、両親とお客の寛大な対応で杞憂に終わっている。
今日もヴァイスは、彼に与えられたベッドで、腹を上にし、掛け布団を綺麗に被って昼寝をしている。
本当に、本当に犬なんだろうか……。
【よくある質問2】
Q.ヴァイスの十八番芸は何ですか?
A.薄焼き卵の上に乗せられたケチャップライスを、器用に包む芸です。アンナちゃんにも出来ない高等技術です。




