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紅里の風  作者: 泉 五月
第一章
28/55

5-2

 

「無事なのね?」

「ああ……それは間違いない」

「ならよかった」


 胸の重りが一つ軽くなった。以前下央かおうが与えてくれた情報は、間違ってはいなかったということだ。

 茗野めいのの話題から朱夏を離したいのか、今度は途斗ととが質問を振る。


朱夏しゅか。お前今どこにいるんだ。どこで何してる?」

「別に。普通に暮らしてるよ」

「普通に?」


 朱夏の言葉を信じていないことは、その顔を見ればわかった。しかし、朱夏は言わなかった。言ったところで、途斗に反対されることはわかりきっている。

 その時、途斗の肩越しに、下央かおうの姿が見えた。別れた時と同じ軽装で、頭に布を巻いたままだ。

 下央は途斗の斜め後ろで足を止めると、途斗を見ることなく朱夏に声をかけた。


「知り合いか?」


 その声に驚いた様子で、途斗ととが振り返った。


「いいの。もう行こう」


 途斗の横を通り過ぎ、下央かおうに離れることを促すと、途斗の顔が険しくなった。


朱夏しゅか、そいつは誰だ」


 朱夏は答えなかった。下央も名乗らなかった。ただ一度、視線をやっただけだ。


「じゃあね、途斗とと。おばさんたちによろしく」

「待て」


 静止を聞かずに背を向けた。


「待て、朱夏。お前今、何してるんだ。一体どこに……まさか……」


 しつこく食い下がる途斗ととに、下央かおうの背を押していた手を下ろし、首だけ振り返った。


「あたしがどこで何をしようが、途斗には関係ないでしょ」

「ある」

「ないよ」

「ある。お前を心配してる人たちを知ってる」

「だから?」

「はぐらかすな!」


 大きくなった声に、行き交う人々がこちらを振り返った。

 苦々しい顔をした途斗は、一度自分を落ち着かせるように深く息を吐くと、声を抑えて言った。


利布りぶへ帰れ。朱夏しゅか

「…………」

「今まで何してた? それは本当に、お前がやらなきゃいけないことか?」


 聞きながらも途斗ととは、きっとわかっている。朱夏が何をしているのか。何をしようとしているのか。だからこんなにも怒っているのだ。あの時のように。やはり、朱夏の願いは、途斗には一生わかってもらえない。

 だから、朱夏ははっきりと告げた。


「……あたしは、利布りぶには戻らないよ」


 それは、完全なる決別宣言だった。


「あたしが戻る場所は――紅里こうりなの」


 途斗ととが小さく、息を飲んだ。

 たとえ反宋はんそう軍に入れなくても、途斗とは違うやり方で、必ず宋重に復讐する。そして、帰るのだ。紅里に。あの草原に。

 朱夏に合わせて足を止めていた下央の背を抜いて、朱夏は歩き出した。


「朱夏! 待て!」


 名前を呼ばれたが、足を止めなかった。


「おい!」


 しつこい途斗ととに振り返ると、途斗が朱夏ではなく、下央かおうの腕を掴んでいた。


「お前、朱夏と何を……!」


 その光景を見て、じわじわと腹が立ってきた。いや、少し前から立っていた。

 朱夏を受け入れなかったのは、途斗のほうなのに。正直に今やっていることを教えたところで、反対しかしないくせに。

 引き返すと、途斗の手を下央の腕から引き剥がした。


「朱夏、お前……」

「もう構わないで!」


 怒鳴って睨みつけると、目が合った途斗ととの動きが一瞬、止まった。

 その隙に、下央かおうの手を引っ張り、大股でその場を離れる。

 もう追ってくる声はなかった。それでも足を緩めなかった。


「……いいのか?」


 背後の下央からの問いに、歩きながら「いいの」と答えた。

 今ここで途斗ととと話しても無駄だ。

 自分の無事は途斗によって真尾良まおらたちに伝わる。それだけはありがたいと思うが、もしも今後偶然途斗と会うことがあったとしても、自分から声をかけることはないだろう。

 途斗とは、違う道を行く。

 恩知らずと罵られてもいい。わかり合えないのだから仕方がない。


(あたしはあたしのやり方で、必ず宋重に復讐する)


 この時朱夏の中で、その決意は一層固いものとして心に刻まれた。



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