5-2
「無事なのね?」
「ああ……それは間違いない」
「ならよかった」
胸の重りが一つ軽くなった。以前下央が与えてくれた情報は、間違ってはいなかったということだ。
茗野の話題から朱夏を離したいのか、今度は途斗が質問を振る。
「朱夏。お前今どこにいるんだ。どこで何してる?」
「別に。普通に暮らしてるよ」
「普通に?」
朱夏の言葉を信じていないことは、その顔を見ればわかった。しかし、朱夏は言わなかった。言ったところで、途斗に反対されることはわかりきっている。
その時、途斗の肩越しに、下央の姿が見えた。別れた時と同じ軽装で、頭に布を巻いたままだ。
下央は途斗の斜め後ろで足を止めると、途斗を見ることなく朱夏に声をかけた。
「知り合いか?」
その声に驚いた様子で、途斗が振り返った。
「いいの。もう行こう」
途斗の横を通り過ぎ、下央に離れることを促すと、途斗の顔が険しくなった。
「朱夏、そいつは誰だ」
朱夏は答えなかった。下央も名乗らなかった。ただ一度、視線をやっただけだ。
「じゃあね、途斗。おばさんたちによろしく」
「待て」
静止を聞かずに背を向けた。
「待て、朱夏。お前今、何してるんだ。一体どこに……まさか……」
しつこく食い下がる途斗に、下央の背を押していた手を下ろし、首だけ振り返った。
「あたしがどこで何をしようが、途斗には関係ないでしょ」
「ある」
「ないよ」
「ある。お前を心配してる人たちを知ってる」
「だから?」
「はぐらかすな!」
大きくなった声に、行き交う人々がこちらを振り返った。
苦々しい顔をした途斗は、一度自分を落ち着かせるように深く息を吐くと、声を抑えて言った。
「利布へ帰れ。朱夏」
「…………」
「今まで何してた? それは本当に、お前がやらなきゃいけないことか?」
聞きながらも途斗は、きっとわかっている。朱夏が何をしているのか。何をしようとしているのか。だからこんなにも怒っているのだ。あの時のように。やはり、朱夏の願いは、途斗には一生わかってもらえない。
だから、朱夏ははっきりと告げた。
「……あたしは、利布には戻らないよ」
それは、完全なる決別宣言だった。
「あたしが戻る場所は――紅里なの」
途斗が小さく、息を飲んだ。
たとえ反宋軍に入れなくても、途斗とは違うやり方で、必ず宋重に復讐する。そして、帰るのだ。紅里に。あの草原に。
朱夏に合わせて足を止めていた下央の背を抜いて、朱夏は歩き出した。
「朱夏! 待て!」
名前を呼ばれたが、足を止めなかった。
「おい!」
しつこい途斗に振り返ると、途斗が朱夏ではなく、下央の腕を掴んでいた。
「お前、朱夏と何を……!」
その光景を見て、じわじわと腹が立ってきた。いや、少し前から立っていた。
朱夏を受け入れなかったのは、途斗のほうなのに。正直に今やっていることを教えたところで、反対しかしないくせに。
引き返すと、途斗の手を下央の腕から引き剥がした。
「朱夏、お前……」
「もう構わないで!」
怒鳴って睨みつけると、目が合った途斗の動きが一瞬、止まった。
その隙に、下央の手を引っ張り、大股でその場を離れる。
もう追ってくる声はなかった。それでも足を緩めなかった。
「……いいのか?」
背後の下央からの問いに、歩きながら「いいの」と答えた。
今ここで途斗と話しても無駄だ。
自分の無事は途斗によって真尾良たちに伝わる。それだけはありがたいと思うが、もしも今後偶然途斗と会うことがあったとしても、自分から声をかけることはないだろう。
途斗とは、違う道を行く。
恩知らずと罵られてもいい。わかり合えないのだから仕方がない。
(あたしはあたしのやり方で、必ず宋重に復讐する)
この時朱夏の中で、その決意は一層固いものとして心に刻まれた。




