ぼくの前世は猫でした
胸くそかもしれません。
残酷かもしれません。
ぼくの前世は猫でした。
愛しいご主人サマが壊れていくのを見ていくしかできなかったグズなぼくは、その来世で彼女を幸せにしてみせると“カミサマ”に誓ったのさ。
ミャー
あ、ご主人サマが呼んでる。
呼んでないけど呼んでる。
俯いて、流しはしまいと涙をためこむ彼女にぼくは寄り添う。
ほら、“ソンナモノ”はぼくの体で拭きなよ。ぼくのあったかい体温ですぐに乾かしてあげるから。
部屋にはぼくと彼女だけ。
ぼくにエサをくれる同じ服を着た連中がパタパタ動きまわる音も最近じゃしない。
それから数日、彼女は死んだ。
ぼくは走った。
彼女からいつもしていたアイツの匂いをたどって走り回った。
彼女は死んだ。
ぼくの目の前で。
知らない人間たちがやってきて、彼女の顔に袋を被せた。
そうして彼女を連れて行った。
彼女は嫌がる素振りもなく歩いた。ぼくが足元にすり寄ってもなにも言わなくて、嫌な予感は止まらないのに彼女の足も止まらなくて。
彼女は死んだ。
いつかぼくをカゴに入れて連れて行ってくれたあの広場で。
長かった髪をざっくり切られて、あの日なかった台の上で、たくさんの人の前で彼女は死んだんだ。
ぼくは走った。
アイツのいる場所を見つけた。
いつもアイツの隣には彼女が居たはずなのに、微笑むアイツの隣に彼女は居なくて。
ぼくは跳んだ。
“オマエはグズね”と言っていた彼女が見たら驚くような跳躍。
ぼくは本気出せばこれくらいなんてことはないのに。
狙うはノド。
アイツらがぼくの存在に驚く間にぼくはすでにアイツの喉元に噛り付いた。
赤いあかい血がたくさん飛び散って不愉快だった。あまりに飛び出して耳に入ったからなお一層不愉快でぼくはイライラした。
でも、ぼくは離さない。
慌てて引き離しにかかるアイツが手こずるぐらいにはぼくは粘った。
アイツは死ななかった。
とても残念だ。
アイツを殺すにはぼくの牙はあまりに短く、そして顎も弱かったらしい。
はじめに飛び出した血はいまやつらつらと流れる程度でアイツも首筋を抑えてはいるが倒れそうにはなかった。
知らない女が慌ててハンカチを取り出し、アイツの首筋に当てる。
そこでぼくは悟った。
ああ、コイツは死なないんだ。
あの子は死んだのに、コイツは死ななかった。殺せなかった。ぼくがあまりに小さく弱かったから。
アイツのことを好きだったあの子は死んだのに、コイツは平然と違うメスを横に置いている。
アイツと婚約したと飛び跳ねながら喜んだ彼女は死んだのに、彼女を殺すように命令したコイツは死ななかった。
アイツとデートする度に着る服を悩んでぼくに相談していたあの子は死んだのに、あの子の服を褒めていたコイツは死ななかった。
あの子は“違う、わたしじゃない”と何度もなんどもうわ言のように言っていた。なのにあの子は死んだ。
カミサマ、ぼくにはわからないんだよ。
彼女は違うと言ったのに、なぜ死んだのか。ぼくはいつも見てたよ。彼女がいつもカゴに入れて連れて行ってくれたから。
彼女はなにもしてないのになんで殺されたの?
なんでアイツは怒ってたの?
なんで、うそつくの?
うそついてるのは向こうなのになんでなの?
彼女はぼくにたくさんの愛をくれたよ。
ぼくが来てから彼女はぼくに夢中だったのに。なのに、いつしか“最高の親友”に成り下がっていたのさ。
アイツのことが好きだから。
それでもぼくは彼女を愛した。
彼女はそれを友愛で返してくれた。
それで十分だった。
世界はとても優しくて、あたたかい。
だからぼくはカミサマにお願いしたんだ。
「やぁ、愛しいご主人さま。」
「ミャー」
ぼくはご主人さまを幸せにする。
またも「ミャー」と鳴くご主人さまを人なでしてからぼくは首筋に傷のあるネズミを、一匹殺した。
邪魔ものはもういない。