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2018年 平成30年、12月──。

 消費が低迷している。大阪市内随一の好立地再開発物件「鶴見ネオタウン」が未だ完売できないなど、住宅関連が厳しい。それでなくとも人口減少の影響もあって日本の空き家率は増加する一方だ。平成26年には全国で空き家はなんと820万戸にも達した。その打開策として最近注目を集めているのが『シェアハウス』である。

 これまで『シェアハウス』と言えば女性が対象の物件だった。平成18年年頃から東京を中心に、他人同士がマンションや一軒家で共に暮らす『シェアハウス』が増え始めた。女性に受けた理由は、一人暮らしではないので第一に防犯面で安心できることである。

 ところが空き家率の高い大阪市内では、事情が違った。空き家を埋める方が先決と、男性専用の『シェアハウス』が雨後の竹の子のごとく市内各所にぞくぞく登場している。

「ま、入居者の職業も年齢もバラバラですけど、みんなをチョー身近なご近所さんと思えば挨拶も気軽にできます。それから共有スペースのリビングをですね、行きつけのバーやと考えたら、最終電車も気にせず飲めて、なかなか楽しいもんです。ねっ!」

 アパレルメーカー勤務29歳の独身男性が、その使い勝手の良さをアピールしている。

「そうやね。最初他人との共同生活は鬱陶しかったです。けど、慣れてくると血縁はないけど、なんか新しい家族ができたみたいで、帰ってくるとなんとなくホッとしますね」

 この男性は電気メーカー勤務で、32歳、バツイチである。


「……ふーん、シェアハウスという手もありぃやな!」

 俺はリモコンを掴むと電源ボタンを押して、テレビを消した。 

 俺もあと数年で還暦である。この先ずっと一人、ジジイのチョンガーでいるのかと思うと、急に心細くなって元気と気力がどんどん抜けていく。

「これから先の事考えたら、安定した収入が入るシェアハウスもありかなぁ……!? あかんあかん、若い姉ちゃんは誰もこんな古臭い一軒家に住みたがらん」

 それに俺は肝心な事を忘れていた。俺の家の土地は借地だったのだ。勝手に改築はできない。おまけに二重貸しになるから、大家がOKを出すはずがない。

「やっぱり宝くじかぁ! ポケットに夢1枚。せやけど、宝くじ当たったら、じゃまくさいシェアハウスの管理人なんか誰が好きこのんでするねん!」

 一人で突っ込んでボケていると、ドアホンが鳴った。俺はどっこらしょとソファから立ち上がると、キッチンの壁に張り付いているもはや骨董品のモニターをのぞいた。白黒のモニター画面いっぱいに、どういうわけか『家庭の省エネ診断エキスパート、山本令子』の顔のどアップが飛び込んできた。俺はドキッととして“警戒心”のスイッチを入れた。

「土曜日の朝っぱらから、何ですか? 『節電チェックシート』やったら、頑張ってつけてまっさかい、安心しとくなはれ!」

 俺は令子の訪問の意図を諮りかねて、つっけんどんな声でモニターに答えた。

「きょうはですね、大川さんにぜひ会っていただきたい人をお連れしてまいりました」

「いや、けっこうです! 別に紹介して欲しい人なんかいません。独身で大丈夫です……」

 俺は嫌な予感がして、きっぱり断ったのだが……。

「早とちりしないで下さい。お見合い話を持ってきたのではありません」

 モニターの令子は笑顔を崩さない。

「お時間は取らせませんから、ちょっと出てきてもらえませんでしょうか?」

「はぁ……」

 俺は曖昧な返事をした。モニターの令子はずっと笑顔を崩さない。また、このとっておきの笑顔に負けた。俺は玄関に向かい、ドアを開けて毒づこうとしたら……。

「いらん電気はちゃーんと消してまっ──!」

 俺は玄関ドアを押し開けたまま、声を呑み込んでしまった。そこには満面の笑みを浮かべた令子のほかに、コンパクトカーのボディに肘をかけ、ピシッとスーツに身を固めたオッサンが立っていた。オッサンは俺と目が合うと会釈した。このオッサン、何者や? はて? 見覚えがあるような、ないようなと考えていると、男が先に挨拶した。

「やぁ、久しぶり!」

 男はニッと作り笑いを浮かべている。しかし、わざわざ来てやったという態度が露骨であった。男は俺を値踏みするかのように、俺の全身を目で撫で回した。俺はその目にちょっと威圧感を覚えながらも、男の顔を呆けた顔で少しの間見つめて……。

「黒田?」

 人を見下すようなその目が語っていた。男は小中学校時代の同級生、黒田崇だった。

「大川さんに改めてご紹介するまでもないと思いますが、OSAKAダブルキーパー北河内地区本部長で、我ら大東支部の黒田リーダーです」

 黒田は立候補を決めた政治屋のごとく右手をグッと差し出した。俺は虚を突かれ、蛇に睨まれた蛙、なぜかドギマギ、思わずその手を握り返してしまった。

 どうして? 俺は数十年ぶりに再会した黒田来訪の真意を測りかねていた。

「お互いオッサンになったもんなぁ。女のコは忘れんのに、あんたの顔、すぐに思い浮かばんかったわ! 令子さんと同伴というのも何やら意味深やけど……」

 今度は俺が、黒田の目を好奇心満々の目で覗き返した。

「いや、別に深い意味はないんや。ちょっと、相談が……」

「相談? 俺に、なんで……!?」

 やはりなにか魂胆があるようだ。俺は警戒レベルを一気に引き上げた! 黒田が大きく一歩踏み出し令子の前に躍り出ると、俺の目を見据えて呪文のように語り始めた。

「大阪の復権を賭け、現市長が平成29年12月に『OSAKAダブル条例』を施行してから、1年が経過した。あっという間の1年やったけど、ようやく大阪が動き始めた。現市長は任期3年目を迎えて知事とも協力して、もっとダイナミックに……、まだオフレコではあるけれど、その波がわが街『大東』に……」

 俺には黒田の言わんとしている事がさっぱりわからない……。   

    ?                 ?

 『OSAKAダブル条例』の浸透により大阪市民、府民の間で大阪改革への関心が日増しに高まってきた。この機運に乗じ、この意識の高まりをもっともっと大きな塊に膨らますには……。そのためにはなんとしても大阪がひとつにまとまり、オール大阪体制で望むことが必要である。

 現市長の理想は、大正の末から昭和の初めに『大大阪』の全盛を実現させた第7代大阪市長、関一であった。彼は御堂筋の拡幅、市営バスの開始、地下鉄の開通、大阪城天守閣の再建復興を成し遂げた。この時代、大阪は東京を抑え、人口比でも日本一であった。

 あの黄金の日々をもう一度! この大阪をもういっぺん“洗濯”するには? 

 現市長は、決意を固めていた。結果、究極の決断、政権公約である、この秋予定していた大阪都の是非を問う住民投票を封印した。危険な賭けではあるが、もう一度ダブル選で大阪府市民の確実な信認をとってから……と、2年後まで先延ばした!

 やっぱり真に大阪を変革するには『大大大阪都』の復活&躍進を目指すのみ! 

 大阪がまとまるためにもやっぱりもういっぺん大阪都構想の実現が必須なんや。せやけどそれは単なる二重行政の解消みたいなチャッチィもんやったらあかん。もちろん大阪市だけでもアカン! 府も巻き込んで、日本中から注目を集め、大阪人はやっぱり凄い! “フランス革命”もビックリの強烈な民衆パワーや! と、日本中に思わさなあかん。

 そや、前市長の時代から都構想に反対しとる京大教授の提唱する“今風大大阪構想”も取り込んでしもたろ! リニアの大阪名古屋同時開業に西日本新幹線ネットワーク計画、もういっぺん万博いらっしゃい! それからIR総合型リゾートの誘致にUSJワールド計画。前市長が提唱しとった都市型環状線高速道路、淀川左岸線延伸部の工事……。あっ、忘れとった。この工事だけは決まっとった……。

 とにかくこれら全部いっぺんに実現しようとしたら、日本中の金全部かき集めてきても足らん! 単なる夢物語やと、鼻で笑われるかもしれんけど、イチビってこれくらいの大風呂敷広げな、誰も関心を持たんやろ。それはそれとして、できることからコツコツやっていったええねん! あのイチローも言うてる。

『小さなことをコツコツ積み重ねる事が、とんでも無いことを実現する!』

 こんな現市長の心境の変化を見逃さず、したり顔でほくそ笑んでいたのが前市長である。現市長の意を酌んだ前市長は勝手に広報マンを決め込むと、在阪各局の報道番組にどんどん出演して、スケールアップさせた大阪都構想再挑戦をまたまた声高に叫びだした。

「現市長が提唱する『大大大阪都』の躍進を推進するには、何が何でも大阪都構想である。ただし、大阪都構想の原点に戻り、ONE大阪の実現を目指す。大都市地域特別区設置法では大阪市に隣接する堺、豊中、吹田市など府内10市も特別区に参加することが可能である。だからこの際一気にスケールアップして、東京都並に……」

 この前市長の発言に対し、マスコミが一斉に騒ぎ出した。

「スワッ! 前市長による“院政”やぁ!? 裏で糸引かれる、現市長……!」

「知事も“関白”の座を狙ってる!? 知事、朝一で大阪市の隣接都市巡行!?」

「堺で『大大大阪都構想』紛糾する!」

 もっとも堺市だけは、前市長の影がチラつくだけで鋭敏に反応した。あの乱世の時代、中世の戦国時代にあって、信長にさえ楯突いた堺衆の気概が未だに根付いている。堺はこれからもずっと政令指定都市のままである! と、堺市長が公言してはばからない。

 だが、名指しされた他の隣接各都市は前市長の発言の意味を解しかねて静観していた。というのも【ヨシハシマゲドン】=『大大大阪都構想』が大阪再生復活の起爆剤となる! いや、かも? と、どの首長も内心では思ってはいるものの、未だ大阪都構想への夢醒めやらぬ前市長の妄執に過ぎないようにも映り、意志を決めかねていた。

 そんな中にあって、『大大大阪都構想』に唯一、高い関心と好奇心を示したのが、大阪市の東隣、鶴見区に相接する俺の住む街、大東市である。

 大東市は人口12万人のちっぽけな衛星都市のひとつに過ぎない。JR学研線で大阪駅まで20分という至近距離にありながら、人口流出数が府内ワースト1という問題都市でもある。大東市の中核産業であった三洋電機が消滅、京セラ大東事業所の縮小により税収も減った。危機感を抱いた市長はその打開策として、妊婦健康調査公費負担額を従来の2倍にし、子供の医療費助成をこれまでの小学生から中学生にまで拡大した。こうした支援策を打ち出し若者、子育て世代を呼び込み定住を目指しているが、思うような成果を上げられていない。

 だから、大東市長は内心焦っていた。これまでこれといった実績があるわけでもなく、未だ市長の名前すら知らない大東市民もけっこういる。このままでは市長自らが埋没するゥ〜! 

 な〜んか、ええ手がないかぁ!?

 と、大東市長が必死に思案橋していたかどうかは、知る由もないが、ハタと閃いた。

「大大大阪都の3つの“大”は1に大阪市、2に大阪府、3つ目が、わが街、大東市やぁ!」

 大東市長は得意顔で鼻を鳴らすと、現市長に電話した。

「そら、大歓迎です! 大東市が『大大大阪都構想』に参加表明第1号都市です」

 現市長は素直に諸手を挙げて、協力を約束した。同舟相救う、渡りに船とはこういう事!

    ×                            ×

「私達の街、大東市も大阪都構想が実現すれば大きく生まれ変わります」

 令子が唐突に言った。

「大阪の課題はさらなる都市としての競争力強化です。ここにきて私達の大東市も近い将来合併により、人口30万人規模の中核都市に生まれ変わる可能性が出てきました」

「それがまさに『大大大阪都構想』! わしらが大東の中心になって、最前線を突っ走る!」

 黒田の話はますます荒唐無稽になってきた。言っている意味はまったく不明だが、とりあえず熱意だけはこもっている。

『問題山積みで落ち目、鼻糞みたいなこんな大東と引っ付きたいわぁ! とお隣さんが真剣に考えよるやろか? それより肝心な事こいつら忘れとる! まずは住民投票せなあかん! しかも今度は大阪市だけでなく我々みたいな隣接都市住民も巻き込んで……』

 俺は勝手に邪推し、呆れた目で黒田を見た。

「というても大東が今から主導権を握っとかんと、隣の大きな市に組み込まれて埋没してしまう! せやからなんか今から賑わいを創ってやな、大東を活性化させて、パワーアップさせとかんと……」

 黒田の目はますます血気を帯びてきた!

「ええか、大川、そこで、おまえの力がいるんや! どうかおまえの力を貸してくれ!」

「ハァー!?」

 俺は面食らった。黒田とは実に数十年ぶりに再会したばかりである。それが、突然、この俺に何を言い出すことやら……。

「無理、無理、おまえ、俺を買い被りすぎや。俺は貧乏人やし、なんせ仕事もない。今は食うていくために“缶拾い”で手いっぱいや!」

「……?」

 黒田は一瞬、俺の言葉にキョトンとしたが……、

「大川、俺はおまえのギャグ聞きに来たんやない。冗談はええねん。俺が今日こうして寄せてもろたんは、大東のためにおまえにも協力して欲しいんや! 玲子ちゃんから聞いたんやが、おまえの仕事、イベントらしいな」

 黒田は話を急に方向転換すると、同時にまたわけのわからん事を言いだした。

「……イベントいうたって、ずっとペダルこぎ続けとかなすぐに転けてしまう自転車操業の会社やってるだけです! 景気がいっこうに良うならんから、暇でひまで……」 

 俺は警戒レベルをさらに上げた。特別な理由もないのに先入観だけで黒田との関わりをなるべく避けよと、俺の中で防衛システムが過剰に作用しだした。

「そうかぁ、ということは大川は時間がたっぷりあって、融通がきくちゅう事やな?」

「──!?」

 黒田の言わんとしている事が、ますますわからなくなってきた。

「そろそろ本題に入るわ。実は大東でイベントがしたいねん。『大大大阪都構想』に向けて、大東市民が一丸となってやなぁ……。これはあくまでダブル選に勝利してからのことになるけど、2年後に予定されている府市合同の住民投票に向けて、今からハッキリとした地固めをしておきたいんや!」

「ということは……(『やっぱり、おまえ立候補を考えとるんや』)」

 あとの言葉を、俺は呑み込んだ。

『誰がこんな大阪市の隣に引っ付いてるデンボみたいなどうしようもないちっこい市に関心を持つねん。そんなん、無理無理!』

 俺は醒めた目で黒田を見つめていたが、黙っていた。

「おまえにダブルキーパーに入れとは言わん! せやけど俺らダブルキーパーは全面協力する。これだけは必ず約束する」

 黒田はどうだとばかり、俺の目をまっすぐ見据えている。

「……てな事、急に言われてもやなぁ……」

 俺にもようやく謎が解けてきた。そういうことか? こいつらが『大大大阪都構想』に熱心なのは、ダブルキーパーだからである。【OSAKAダブル条例】発令と共に誕生したボランティア組織【OSAKAダブルキーパー】は、あっという間に市民権を得、『府市ふし合わせ』とさえ言われた大阪府と市の垣根をあっさり飛び越えて大阪中にアメーバーのごとく浸透し、まちがいなく大阪変動の原動力のひとつとなっている。

 俺は戸惑っていた。俺に関心がないと言えば嘘になる。それに黒田が大東でイベントをやろうと言う気になった本当の理由が知りたい。

「ま、おまえも大東の人間や。いっぺん、大東のために汗かいてみるのもええやろ。ただし、ただしやで! 大川! 問題は金がない! そういうこっちゃ!」

 黒田は俺の頭の中を見通したかのように、そう言い放つとコンパクトカーの助手席に乗り込んだ。令子は俺にペコリと頭を下げると、後を追うように慌てて運転席に滑りこんだ。 


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