第11話 如月兄の家で。
私はその後のダンスも、一臣さんのリードで楽しんで踊ることができたほどパーティでリラックスしていた。
「弥生、な?リードが俺ならちゃんと踊れるだろ?」
ダンスが終わってから一臣さんが耳元でそう言った。
「はい。楽しかったです」
足が痛いけど…。
「おふくろがお前のことを褒めまくりながら紹介していたな」
「知っているんですか?」
「聞こえてきたし、それに会う人会う人、可愛らしい奥様だって言ってきたからな。ま、俺に気がある女性陣は嫌味も言ってきたが、次期社長の奥さんになるんだから、くれぐれもそういう気持ちで接してくれと言ったら、みんな顔を引きつらせてた」
「そうなんですか」
「おふくろ、このブランド服のビップだからな。このブランド店にとって緒方財閥は最高級の客なんだよ。それにオープンするビルにも入るしな」
「こういうパーティってよくあるんですか?」
「そうだな。たまにしていて、おふくろはよく出ているみたいだけど、俺はあんまり出ない。面倒だしな」
そうなんだ。
「今後は奥さん同伴のパーティだけ出るようにするよ。まあ、ほとんどがアメリカの場合そうだからな」
「え、じゃあ、毎回ダンスがあるんですか?」
「ある時もあれば、ない時もあれば。ダンスがあれば俺は今まで出なかった。面倒だろ、俺とダンスしたいって女性がもめるのを見ているのも」
「もめたりするんですか?」
「ああ、女同士の争いはマジで怖いぞ」
そ、そうなんだ。
「弥生がいれば、弥生と踊ればいいんだ。気楽だし楽しいからな。これからは参加してもいいな」
「私も一臣さんとだったら踊れるから、大丈夫かもしれないです」
「それにおふくろがいれば、鬼に金棒だな?おふくろを味方につけてよかったな。敵にまわしていたら怖かっただろうなあ」
「え?」
「ぼろくそ言われていたかもしれないだろ?おふくろ怖いからなあ」
ええ?優しいお義母様だって思っていたところなのに。
「お前のこと気に入っていなかった時、いろんな手を使って阻止しようとしていただろ?如月のところにも知らない間に会いに行っていたし。本当に気に入られてよかったな」
そう何度も言われると、今後嫌われたら大変っていう気がしてきた。どうしよう。
ホテルについて、壱弥も眠りにつき、一臣さんとベッドに入ってから聞いてみた。
「お義母様に嫌われないようにするにはどうしたらいいですか?」
真面目な質問だった。でも一臣さんは大笑いをした。
「なんで笑うんですか?」
ちょっとムッとしながら聞くと、
「俺は嫌わない。多分何があってもだ」
と笑いながら答えた。
「一臣さんのことじゃなくて」
「おふくろもだろ?弥生が可愛くてしょうがないみたいだから、嫌われることは一生ないだろ」
「え?で、でも」
「大丈夫だ。今の弥生が嫌われていないんだから、今後もそのままでいればいいだけだ」
そうかな。でも、そういうことにしておこう。
そしてその日、私は疲れていたのか、そのまますぐに眠ってしまった。一臣さんもどうやら、私の横ですぐに寝付いたようだった。だから、機嫌がいいかと思いきや、
「あ~~、くそ。アメリカで弥生のことを抱けない。忙しすぎなんだ。くそ」
と朝から怒っていた。そんなことで怒らないでも…。
「は~~あ。また朝早くから、樋口が来てスケジュールとか言い出すんだよなあ」
そうため息をつきながら、一臣さんはバスルームへと入っていった。
確かに。昨日のパーティで力を消耗したからか、まだ私は疲れている。日本にいる時の仕事の忙しさと、こっちでの疲れは違っている。日頃していないことをしていると、疲れるもんなんだなあ。
朝食を食べていると、樋口さんと細川女史がやってきた。この二人は疲れを全く見せない。私たちよりも早くに起きているだろうに。
「今日のスケジュールですが、夜は空いています。如月様のお宅に訪問されますか?」
「え?如月も空いているのか?」
「昨日聞いてみましたら、空いているようですよ」
「そうか。連日パーティとかで疲れたしな。如月のところに壱も連れて行って、のんびりしてくるか?弥生も兄貴に会うんだ。緊張しないですむだろ?」
「はい」
「じゃあ、樋口、如月に連絡入れておいてくれ」
「はい」
午前中から、今日は一臣さんと一緒だ。それだけでも、元気が出てきた。やっぱり私の原動力って一臣さんなんだなあ。
アメリカ支社での合同会議というのに出席した。支社長と他、管理職の人が何人か来ていた。海外事業部の人も何人かいて、またそこには広尾さんの姿もあった。
一臣さんだけでなく、お義父さまもいた。社長の顔で威厳たっぷり。みんな緊張している様子だった。あの広尾さんですらいつもと違っていたし、一臣さんのそばにいつもなら引っ付いてくるのに、そんなこともしなかった。
お義父様の前だと態度が変わるのか。それとも、一臣さんが私を溺愛しているのを知って、近寄る気も失せたのか。
と思っていたら、どうやらどちらもだったようだ。
会議が終わると、お義父様は支社長と一緒にさっさと会議室を出ていき、少し残っていた私と一臣さんのもとに広尾さんが近づいてきた。
「一臣様、今日の会議ではあまり発言がなかったようですが」
「俺か?そりゃ、口だしするようなこともなかったしな。支社長がしっかりしているし、俺が意見するようなこと何もなかっただろ?」
「ええ、そうですが…」
ちらっと私を広尾さんが見て、
「こんな時もご一緒なんですね」
とちょっと嫌味っぽく言ってきた。
「弥生は俺の秘書でもあるからな。仕事の補佐もしてもらっている」
「そうですか…」
なんだろう。何か文句でもあるのかしら。
「海外事業部でも噂はありますが、本当なんですねえ」
「俺が弥生を溺愛しているってことか?」
「仲がいいっていう噂です」
「この前も言っただろう。その噂は本当だとちゃんと周りに言っておけよ」
「そんなこと言いたくありませんけど。奥さんや子どもを溺愛してデレデレしている一臣様を認めたくないですし」
「は?」
あ、一臣さん、眉間に皴。
「がっかりですわ。私は一臣さんに認められたくて、仕事も女性も磨き上げてきたのに」
「俺に?仕事が優秀なのは認めている。それは今でも期待している。アメリカでもがんばれよ」
「そうですね。こうなったら、もっと出世します。では」
広尾さんは少し冷めた表情でそう言うと、さっさと会議室を出て行った。
「俺のことは諦めたか」
「そのようですね。鼻の下伸ばしていたら、これからも誰も寄ってこなくなるんじゃないですか」
知らぬ間に横に現れた樋口さんがそう言った。
「なるほどな。じゃあ、これからも弥生を溺愛していたらいいってことだな?樋口」
うわ。今の嫌味だったかと思うんだけど、一臣さんにはわかってないみたい。
「そうですね。仲睦ましくされていたら、それだけでよろしいんじゃないですか。変な対策とか練らないでも」
「もう、そんなことは考えていない。第一、どこにでも俺と弥生は仲がいいと噂が流れているようだからな」
「さようで」
最後に樋口さんは優しく私を見た。あ、いつもの樋口さんだ。特に嫌味を言ったわけじゃないんだな。
その日の夜、壱弥を連れて如月兄の家に訪れた。お義姉様も、姪っ子たちもとても喜んで歓迎してくれた。特に姪っ子は、一臣さんを気に入っているので、すぐにニコニコ顔で一臣さんに話しかけていた。
「壱弥~~~~。ちょっと見ないうちにでかくなったな。弥生、抱っこさせてくれ」
「はい。壱君は覚えているかな?」
兄の腕の中で壱弥は、特に戸惑うこともなく、人見知りすることもなく、あたりをキョロキョロ見回している。最近、人見知りもしなくなったし、新しい場所も興味を示すようで、探検したくてうずうずしているみたいだ。
いっとき、あんなに人見知りしたのに。やっぱり、託児所で慣れたのかな。
お義姉様は、料理が上手だ。今日もすごいご馳走が並んでいる。
私はどちらかと言えば、家庭料理。それも和食が得意だけれど、お義姉様は、洋食も中華もイタリアンも得意で、なんでも作る。料理学校に行っていただけのことはある。
「お義姉様はすごいです。料理もできるし、英語もペラペラだし」
そう食後に出てきたデザートを食べながらそう言うと、
「弥生ちゃんも料理がとても上手じゃない。ね?如月さん」
と、優しい笑顔でお義姉様が兄に話しかけた。
「うん、そうだな。弥生の場合は和食が得意だけどな。上条家の実家は、父や祖父が和食が好きだから、和食中心だったしな」
お茶をすすりながら兄が答えた。
「一臣さんは、弥生ちゃんの手料理を食べたりするんですか?如月さんが言うには、とっても美味しい料理を作ってくれるコックさんがいて、弥生ちゃんが作ることはあまりないって聞いたけど」
「いや、何回も弥生の手料理は食べています。旨いですね。腕は確かです」
一臣さんも食後に出たコーヒーを飲み、ほっと一息ついている。
「いっとき、如月さんが心配していたようなことがなくて、本当によかったわ。ね、弥生ちゃん」
「え?心配って?」
「オミが弥生を大事にしてくれるかどうかってことだよ。どうやら女遊びもしていないようだし、本当に心を入れ替えてくれてよかったよ」
「心を入れ替えたって...」
はあっと一臣さんはため息をつくと、
「まあ、確かに女遊びが盛んなときもあった。若気のいたりっていうやつだ」
とばつの悪そうな顔をした。
「でも今はすっかり家庭に収まったっていう感じだな。壱弥を抱っこしているのもさまになってきたし」
「子どもは本当に可愛いからな」
「ははは。オミは子煩悩なんだな」
「如月もだろ?」
「ああ、俺も子どもが可愛い」
そんなことを話して、笑っている兄と一臣さん。犬猿の仲だ…と思っていた時期もあったのに、わからないもんだよね。ほんと…。
壱弥はハイテンションで姪っ子たちと遊んでいたが、途中電池が切れたかのようにおとなしくなり、知らない間に寝てしまっていた。そんな壱弥を抱っこして、私たちは如月兄の家をあとにした。
「弥生、嬉しそうだったな」
帰りの車の中、一臣さんが優しい顔でそう言った。
「はい。兄たちに会えてとっても嬉しいです。お義姉様のことも大好きだから」
「良妻賢母ってやつだよなあ。まさに」
「はい。お料理もすごいごちそうでしたよね。お義姉様にはかなわないです」
「弥生は弥生で、家庭的な美味しいものを作るじゃないか。弥生の料理も俺は好きだ」
うわ!嬉しい!!!
「いや、俺にとっては何でも弥生が一番になってしまうんだけどな」
「……」
嬉しいけど、最近、そんなことをしゃあしゃあと言える一臣さんが、ちょっと怖い。
時々、もしかしてからかってる?冗談で言ってる?と顔をまじまじと見てみるんだけど、どう見ても真面目な顔だ。本心を言っているようだ。いったいいつから、こんなに私のこと溺愛しちゃうようになったんだろう?
結婚してから?子ども生まれてから?ああ、でも結婚する前にも、どんなに愛するかわからないから覚悟しておけって言っていたっけ。
ホテルについて、壱弥をそっとベビーベッドに置いたが、なぜかパチッと目を開けた。
「なんだよ。寝ていりゃいいのに。しょうがない。風呂にいれるか」
一臣さんが壱弥をお風呂に入れてくれて、壱弥はすっかりご機嫌になった様子。
「私もお風呂入ってきます」
ゆっくりとお風呂に入って出ていくと、
「弥生、壱のやつ、すっかり目が覚めたみたいで、寝そうにない」
と壱弥とは逆で一臣さんの機嫌が悪かった。
「そうですね…。でも、まだ10時半だし、壱君に付き合っても大丈夫な時間です。あ、一臣さん、疲れているんだったら寝てください」
「何を言ってるんだよ。オミの家を早めに出られたから、今日こそは弥生を抱けると思っていたんだぞ。くそ!壱も寝ていたから、期待していたのに。期待した分がっかりだ」
「…い、壱君の前でそういうこと言わないでください」
もう~~~~。信じられない。
「壱にまだわかるわけないだろう。壱、早く寝ろ。そんなに寝ていないだろ?とっとと寝ろ!」
「うきゃきゃ」
一臣さんの腕の中で、声を上げて笑い出した。ああ、これはやばいテンションだ。寝そうもない。
「ぱ~ぱ~」
ほら、遊べって催促もしてる。
「は~~~あ、じゃあ、絵本だ。絵本を読んでやる」
おもちゃと一緒に昨日買ってきた英語の絵本を一臣さんは読みだした。壱弥は絵本を食い入るように見て、真剣に聞いている。真新しい絵本で、興味深々なのかもしれない。
それにしても英語が流暢だなあ。もし、あの絵本をせがまれても、私は読めないだろうなあ。
そんなことを感じつつ、私は申し訳ないけど、絵本を読んでいる一臣さんと見ているだけでも満足だった。




