第10話 お義母様の優しさ
翌日の午前中。またもや私と京子さんは、ブティックへと足を運んだ。どこも名の知れているブランドの店ばかり。
気後れしている私と違って、京子さんは堂々としている。もちろん、いつものおくゆかしさはあるんだけど、私みたいに挙動不審じゃない。
「弥生さん、もっと堂々としていたらいいのよ。私たちのほうが客なの。それもVIPですよ?」
今日はお義母様も一緒。隣でそんなことを言われた。
「あ、は、はい」
そう言われても、慣れない場所だからしょうがない。だいたい、堂々とっていうのは、どんな態度でいたらいいのか。
お義母様を見習おうと思って観察してみたが、無理そうだ。何しろ私は英語ができない。愛想笑いしかできない。
もしかして、私ってアメリカだとまったく役立たずなんじゃ?あ、ちょっとへこんできた。
お昼はお義父様も加わり、家族水入らずの時間となった。それも和食のレストランで、かなり嬉しい。
「アメリカにくるとなぜか、和食が食べたくなるんだよね」
このお店はお義父様の行きつけの店らしい。そこまで高級感はないものの、どうやら有名店らしく、ハリウッドスターも来ちゃうとか...。
そして、そんなお店でも私たちはVIPルーム。だけど、今日は秘書の方々もいない、お義父様、お義母様、一臣さん、龍二さん、京子さん、そして私。本当に身内だけ。
京子さんを見ると、ほんのちょっと緊張している様子。
「弥生さん、ここのお料理もおいしいですよ」
「はい。楽しみです!」
そう思わず元気に言うと、龍二さんが、
「弥生は食べるのが本当に好きだよな。花より団子だな」
とちょっと馬鹿にした。
ムッ。
「美味しいものを食べるのが好きなんです。悪いですか?」
言い返してみた。するとなぜか、京子さんが驚いたように私を見た。
ん?なんで驚いたのかな?
「別に悪くはないけど、あんまりぶくぶく太って兄貴に嫌われないようにな」
「ははははは」
「ははははは」
うわ。笑い声はもった。一臣さんと同時にお義父様まで笑った。
「なんだよ、親父」
一緒に笑ったお義父様を一臣さんが睨んでる。
「いや、ぶくぶく太ったところで、一臣が弥生ちゃんを嫌うとは思えなくてつい...」
「ふん!弥生はぶくぶく太ったりしない。その辺もちゃんと俺が調整するから大丈夫だ。まあ、嫌ったりはしないけどな」
調整?えっと、それってどういうこと?
「ほほほほ。本当に面白いわねえ」
お義母様まで笑ってる。えっと~~、お屋敷だと食べる時に私語も厳禁くらいな雰囲気もあるのに。アメリカだからとか?
「京子さんは無理しないでもいいですよ?普段から食が細いのに頑張って食べようとしないでも」
お義母様がそう言うと、京子さんは申し訳なさそうな顔をして「はい」とうなずいた。
「そうだぞ、京子さん。こいつに合わせていたらえらいことになる。弥生が大食漢ってだけで、普通の女はこんなに食わないから安心しろ」
「大食漢って、そんなに食べないですっ」
そうむくれて言うと、またお義父様とお義母様が笑った。龍二さんもプッと噴き出している。
「それから京子ちゃん、そんなにかしこまらないでもいいからね。何しろここにいるのはみんな家族だ。かしこまる必要なんてないんだから」
「は、はい」
「なんですか、その京子ちゃんっていうのは」
龍二さんがお義父様にむっとしながら聞いた。
「なんだよ、いいじゃないか。娘なんだからちゃんづけしたって。なあ?弥生ちゃん」
「ふふふ。あなたは娘も本当は欲しかったのよね」
「そうだぞ。だけどこんなに可愛い娘ができたんだ。これからも仲良くしてくれ。こんな老いぼれだけど、はははは」
「老いぼれだなんてそんな…」
京子さんはそこまで言うと、なぜか顔を赤くして、
「嬉しいです。こちらこそよろしくお願いします」
とほほ笑んだ。
それからも和やかにみんなで笑いながら、昼の時間は過ぎていった。
午後は少し時間が空いたので、一臣さんと私はホテルに帰り、壱弥を連れてショッピングに行くことにした。もちろんSPさん付きで。それもいかつい黒人さん。ボブさんとあと二人もついてきた。
私たちとはちょっと間をあけて歩いているものの、けっこう目立つ。でも、案外周りの人はじろじろと見たりしない。目立っていると思うんだけどなあ。
「壱、見慣れないところでも、喜んでるな」
「そうですね。さっきからキョロキョロしながら見ているけど、目が輝いています」
ベビーカーに乗った壱弥は身を乗り出して周りを見ている。
それからベビー用品や、ベビー服の店に入ったりした。ベビー服は買わなかったが、おもちゃを壱弥が気に入ったから買うことになった。
「ベビー服はカランのほうがいいな。可愛いし肌にも優しいのが揃っている」
「あ、カランも販売開始したんですよね!」
「ああ。アメリカのビルにも入る予定だ」
「楽しみですね!」
確かに、壱弥はカランのベビー服やタオルを使っているけど、肌に優しくって吸収性もいいから、赤ちゃんにはぴったりなんだよね。
デザインはシンプルだけど、色合いが優しくて可愛い。値段はちょっと高めだけど、いい素材を使っているからか、けっこう販売当初から売れ行きがいい。まあ、それなりに派手に広告もしていたから、飛びついたママさんたちも多いみたいだ。
何しろテレビCMには、売れっ子俳優と女優さんが起用されていたし、雑誌にもたくさん広告載せていたしなあ。
買い物を済ませ、ホテルに戻りカフェでお茶をした。壱弥の面倒を見てもらうため、日野さんとモアナさんも呼んだが、先に紅茶をさっさと飲んでから、私が壱弥の面倒を見て二人にゆっくりをお茶をしてもらった。
「日野さんもモアナさんも、こっちに来てからずっと壱弥の面倒を見るだけで、どこにも行けなくてすみません」
「いいえ、そんな!今日は少しだけホテルの周りを散歩したり買い物したりしました。モアナちゃんが英語話せるから安心して出かけたんです」
「そうなんですね、良かった」
「でも、ニューヨーク、どこに行けばいいかもわからないし、特に行きたいところもないので、壱弥様のお守をしているほうが楽しいですから、気を使われないでくださいね」
日野さん!なんだか大人な発言。さすがだ。メイドの鏡だ。
壱弥は私の腕の中で、すやすやと寝てしまい、しばらくの間カフェでみんなでのんびりできた。
夜は、大手ブランドのパーティに呼ばれ、お義父様、お義母様、一臣さん、私とでパーティ会場に向かった。龍二さんと京子さんは別のパーティに出席するらしい。
アマンダさんが通訳についてきてくれて、安心は安心だが、周りはみんな外人さん。やっぱり緊張してしまう。それも、どうやらダンスもあるとか。一応それなりのドレスも着たけど、ヒール高いし、着慣れないドレスだし、落ち着かない!
「弥生さん、こちらに」
お義母様に呼ばれた。そして、それからはお義母様がみんなに私を紹介してくれた。でも、私はにこりと笑ってお辞儀をするだけ。情けない。
お義母様は、英語でべらべらと何か話している。みんなが私を見てほほ笑むから、それに私はただただほほ笑み返すだけ。
隣にアマンダさんもいて、少し私に通訳をしてくれる。でもどうやら、全部を訳してくれていないようだ。もしや、私が傷つかないよう気を使って、全部訳さないようにしているのかなあ。
一通り挨拶が終わると、お義母様は私と部屋の隅にある椅子に腰かけ、ウェイターを呼んだ。そして、飲み物を手にして、
「疲れたでしょう?少し休みましょうか」
と言ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
実は足が慣れないパンプスで痛かった。
「アマンダも休んだら?」
「ありがとうございます。奥様」
へえ。アマンダさん、さすがにお義母様には敬語なんだな。
「それにしても、くすくす」
ん?なんでお義母様笑い出したの?私があまりにも英語も話せず、ダメダメだったから呆れた?
「弥生さんはみんなに気に入られていたわねえ」
「へ?!」
あ、あまりの言葉にへんな声出ちゃった!
「弥生は、あ、いえ、弥生様はお人形のように可愛らしいし、笑顔もお辞儀も可愛らしくてみんなが喜んでいましたね」
アマンダさんの言葉にも目が丸くなってしまった。えっと、今、本当のことを言った?実はみんなに馬鹿にされていたけど、私が傷つかないよう嘘ついてない?
「ですが、奥様の紹介の仕方もよかったと思います」
「そりゃ、自慢の嫁ですよ。ほめまくるに決まっているでしょう」
「は?!」
あ、やばい。また変な声が出ちゃった!
「弥生、わかってなかった?奥様はずっとみんなに弥生がどんなに素敵で可愛らしくて、一臣が溺愛しているかを話していたのよ?」
「えええ?」
溺愛?そこまで?
「みんなが、弥生だったら頷けるって、そう言ってたわ。あ、すみません。弥生様でした」
「ふふふ。アマンダも弥生さんのことが気に入っているのねえ」
「弥生様を気に入らない人なんていないでしょう。あ、いるとしたら、一臣様を狙っているいけすかない女たち…。あ、すみません、奥様。余計なことを…」
「それが心配だったんですけどね、どうやら一臣もべったりとひっついて、弥生さんのことを守っていたようですし。今日も見ていると、寄ってくる女性をものの見事に冷たくあしらっているようですし」
「え?そうだったんですか?」
自分のことで精いっぱいで一臣さんのことまで見れなかった。
「大丈夫ですよ、弥生さん。ほら、一応あの人もいるしね」
指さすほうを見ると、お義父様が見えた。一臣さんの近くにいる。
「お義父様も、女性が寄ってこないようにしてくれているんですか?」
「いいえ。あの人そういうことには無頓着だから。ただ、さすがに社長の目の前でいちゃつく勇気のある人はいませんから」
そうなんだ。へえ。知らなかった。
「一応、外では威厳がある雰囲気を醸し出していますから」
そういえば、会社で見せるちょっと怖い雰囲気のお義父様だ。あ、そうか。あれは社長の時の顔なんだ。一臣さんも社員がいると変わるけど、お義父様も変わるのね。
「お義母様、ありがとうございました」
「何がですか?」
「私のこと褒めてくださって。すごくうれしいです。あ、でも、全然わかっていなかったのは、申し訳ないです」
ぺこっと頭を下げると、またくすくすと笑われた。
「私はね、弥生さん、お世辞とか苦手なんです。本当のことを言ったまでで、そんなにお礼を言われる筋合いもないんですよ」
「え、は、はい」
「それにね、自慢できるぐらいの嫁が来たって喜んでいるんですから」
う、うれしい!うれしすぎて泣きそう!
「くす。目が涙目ね。それ、うれしいからかしら」
「はい!」
「ああ、それね。一臣が可愛いがっているところはそこなのね。くすくす」
また笑われた。アマンダさんまで笑ってる。
でも、本当にその日はうれしかった。お義母様の優しさにも触れられ、緊張していたパーティも一気に気持ちがほぐれた。




